最終話
部屋の隅に置かれたスピーカーからは、録音されたドラムの音が、そしてすぐ隣からは、アイツの、藤崎の鳴らすベースの音が聞こえてくる。
先輩が顔を出してから数日後。俺達は、今日もいつものように軽音部の練習に励んでいる。
あの後先輩は、藤崎にも色々指導していた。元々二人は同じベース担当なのだから、先輩だって俺でなく藤崎に教える方が自然だ。
とはいえ、少し教わったからといって、急に上手くなるわけでもない。藤崎の演奏は、まだまだ拙くて、未熟なものだ。だけど……
(楽しそうだな)
必死でベースを弾くその姿は、真剣ながらも生き生きとしていて、時折見せる笑顔を可愛いと思った。きっと演奏することを、心から楽しんでいるんだろう。
なら、俺はどうだろう。
あの日、先輩から言われた言葉を思い出す。
『興味や楽しさがあることに、自分で気づいてないだけなんじゃないのか?』
結局、これに返事をすることはできなかった。その前に藤崎が帰ってきて、話が中断してしまったから。そして何より、まだ答えを見つけられていなかったから。
だけどそれから、何度も頭の中でも繰り返し考えた。音楽に対する興味や楽しさ。それが、果たしてこ自分の中にあるのかを。
そんな記憶が頭を過る中、曲の途中の、難しい部分へと差し掛かる。
先輩との演奏でも、何度か失敗したのがこの箇所だ。だからこそ、もう失敗したくない。そう思い、この数日特に力を入れて練習していた。
指先に神経を集中させ、何度も繰り返し覚えさせた動きをなぞる。今度は、上手くいった。
(よし!)
大きな失敗をしなかっただけで喜ぶくらいの未熟な演奏。だけど、練習した成果が形になって現れるのは嬉しい。
隣を見ると、藤崎もまた、難所をミスなくクリアできた嬉しさからか、わかりやすく笑顔を見せる。
元々、藤崎目当てで始めた音楽だ。彼女とこうして同じような気持ちを共有できるのは、嬉しくないはずがない。
これが、音楽そのものに対する興味や楽しさと言っていいかはわからない。だけどすぐ近くに、気持ちを高ぶらせる何かは、確かにあった。
楽しいか楽くないかで言ったら、それはきっと……
曲が終わり、息をついたところで、藤崎が言ってきた。
「ねえ三島。少し前から、上手くなってる気がしないって悩んでたけど、今はどう?」
少しだけ、心配そうに訪ねてくる藤崎。そういえばコイツは俺のことをそんな風に思っていたんだったな。それで、先輩に相談までしてくれた。
実際は、ギターを始めた理由について、興味を持てないまま音楽をやることについて悩んでたんだけどな。
「悩みなら、もうなんとかなったよ」
気がつけば、自然とそんな言葉が出てきた。
「ほんと? なんとかなったって、上手くなりそうな手応えがあったとか?」
「いいや。だいたい、そう簡単に上手くなれるわけねーだろ。ようやく、少しは音楽が楽しいって思えただけだよ」
「えっ、なにそれ? っていうか、今さら?」
本当の悩みなんて知らない藤崎は、訳がわからずキョトンとしている。
ああ。本当に、今さらだ。色々悩んで、先輩にああ言われて、それからさらに数日考えて、ギターが楽しいと認めるだけで、それだけの時間が必要だった。
我ながら、拗らせてすぎだなと思う。けれど一度認めてしまうと、意外なくらいにすんなり受け入れられた。
「よくわからないけど、もう悩みはなくなったってこと?」
「ああ、そうなるな」
「うーん。なら、いいかな。でも、これからも悩むことがあったら、私にも相談してほしいな。私じゃ頼りないかもしれないけど、たった二人の部員だもん。力になりたいよ」
決して事情を察したわけではないだろうけど、俺の答えを聞いて、藤崎はホッと笑顔を見せる。先輩も、藤崎から相談されたって言ってたし、きっと見えないところでもっと心配していたんだろうな。
そう思うと、少しだけ申し訳なく思えて、だけど同時に、嬉しいとも思ってしまった。好きなやつが自分のことをこれだけ考えてくれていたんだから当然だ。
(不純な動機は、今も健在だな)
さんざん回り道をしたけれど、今は音楽をやってて楽しいと、ハッキリ言える。
だけどそれはそれとして、藤崎と近づきたい、仲良くなりたいって気持ちは、むしろどんどん大きくなっているかもしれない。
もっとも、そんな俺の恋心は、相変わらず実る気配を見せないままだ。藤崎の気持ちは、相変わらず先輩に向いている。さらに言うと、俺の気持ちになんてカケラも、これっぽっちも気づいていない。
これを何とかするのは、抱えていた罪悪感を払拭するより、ずっとずっと難しいことだろう。そう思うと、なんだか気分も憂鬱に……いやいや、ここで落ち込んでどうするんだよ!
「どうしたの? なんだかこの世の終わりみたいた顔してたけど、もしかしてまだ何か悩みでもあるの?」
「な、何でもねーよ。いや、悩んでるって言えば悩んでるけど、これは、えーと……必要な時が来たら話すから、それまで待ってろ。いつか絶対言うから!」
「わ、わかった……」
危ない危ない。いい加減、このすぐに顔に出る癖はどうにかしないとな。
だけど、藤崎に言った言葉に嘘はない。この悩みは、いずれ打ち明けることになるだろう。もちろんその時は、告白も一緒だ。
だけど今は、まだその時じゃない。これから少しずつ時間をかけて、心の距離を縮めていく。全てはそれからだ。
幸い、たった二人の軽音部。チャンスはいくらでもある……はずだ。多分。
俺が望む関係になるまで、いったいどれくらいかかるかはわからない。もしかすると、永遠に叶わないかもしれない。
だけど、ずっと抱いてきた罪悪感がなくなり、音楽が好きだと言える今の俺なら、藤崎と一緒のこの時間を、より深く長く楽しんでいけるような気がした。
※あとがき
最後まで読んでくださってありがとうございます。このシリーズに馴染みのある方ならもはや説明不要なくらいの片思いのベテラン、啓太の話でした。
これの少し前に、三角関係のもう片方とのゴールインみたいな話をやったので、今度は啓太に花を持たせてやろうと思ったですが、上手く話を進められずに、なんとも中途半端な終わりになってしまいました。
そして何より、ラブや胸キュンを入れられなかった。もっと精進せねば(-_-;)
それと書き終わってから気づいたのですが、以前書いたこの話が、まんま本作の後日談になっています。
未読の方はよろしければどうぞ。
『少年は歌詞に想いを綴る』
サヨナラ、小さな罪 無月兄(無月夢) @tukuyomimutuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます