#6
——深い深い、夜の底。船がはるか遠くに見える。
これでいい。小夜に掛かった『自己嫌悪の呪い』は全て解けた。後は『夜を吐く呪い』だけだ。それも、僕がこのまま溺れ死ねば解決する。
周りには、夜に沈んだ小夜の家や、小夜と出会った山の裾野が見える。こんな夜なら、死ぬのも悪くはない。
そう思った時。
微かにピアノの旋律が響く。ショパンの
♪海のような夜空 貴方は一人じゃない
僕の頭に響いてきたのは、小夜の声。高くて綺麗なあの声だ。
♪星々に満月 皆が貴方を守る
僕の周りの星々が、満月が光り輝く。
♪どんな場所でだって 精一杯生きた貴方
僕は今まで頑張った。君の呪いを解くために、この人間界で魔術の勉強をしてきた。それでもあの呪いは強固すぎる。僕が死ななければ……。
♪貴方が死んで終わり?とんでもない!笑い飛そう!
その時。僕の頭の天辺から出てきたのは、黒い煙。恐らく小夜からも出ている煙が夜を覆い尽くした後。収束して確固たる姿になる。それは茨。指切りをした二本の小指のように絡まった黒い茨が、この夜の水面を突き抜け、遥か大空へ。恐らく、宇宙まで届いている筈。茨に付いた黒薔薇から放たれ続けるノイズ音は、一瞬聞くだけで体が震えに震える。意識を保つのがやっとの状態。
こんなもの、祓えるわけ……。
♪さあ歌おうよ!
響いたのは、小夜の気高い声。それが悪魔の音を一瞬跳ね除ける。
♪どんな時でも
小夜の声に応じるように、月や星々がヴァイオリンのような音色で歌う。
♪レモンを食べて
小夜の声と月と星々の音が、黒薔薇の音をわずかに押し返す。しかし、黒薔薇の音圧に今にも押しつぶされそうだ。
♪皆で歌えば
だからこそ。僕が歌うんだ!この野太い声は、何のために鍛えてきたんだ?小夜を救うためだ!
♪ファイトを持てる
気泡をブクブクと出さないように、夜に声が響き渡るように歌う。それに応じて、山が声を張り上げてくれた。それは地響きのように響く、ティンパニの振動音。
♪空を仰いで
僕たち二人の声に呼応し、雲がトランペットのような風を吹かせる。僕が沈んでいる夜空も轟き、バァーンとシンバルを叩いたような波音を立てる。
♪ラララララララ
皆の合奏が、黒薔薇の爆音を押し返す。
♪幸せの歌
段々と枯れ果てていく、黒い茨。
♪さあ、歌いましょ!
終いには砂のように崩れ、完全に消え去った。
♪ドレミファソラシドソド!
歌い終わった時。僕が沈んでいた夜は、スーッと消えて無くなった。すると、夜の上に浮かんでいた船と小夜が、青空から落ちてくる。上手い具合に船から飛び降りていた小夜をキャッチ。丁度、お姫様抱っこのような形に。
「ありがとう、イリシオン。」
「いや、お礼を言うのは僕だよ、君のおかげで助か——」
ドォオオオン!
船が落ちる音が響く。
「ビックリしたあ!」
「ふふっ。」
「笑うなよ!」
「ふふふふふっ。」
「……ねえ、イリシオン。」
「なんだい。」
「一曲、歌ってくれるかしら。」
「……いいよ。」
スーッと深呼吸をした後。僕は歌い出した。
小さな夜の夜想曲 ポテトマト @potetomato
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