第52話

島に移動してから3日経った。依然としてシェリルはアイザの膝を枕に眠ったまま。少しの不安と、このままシェリルが目を覚まさないままなのも悪くはないと、海に沈む夕日を見ながらアイザは思った。


「せっかくシェリルの役に立とうと頑張っているのに、シェリルが目を覚まさないんじゃ意味無いよ・・・ふふっ。」


アイザは無垢な子供のように眠るシェリルの頬を撫でる。世界に混乱が起きている事も、沢山の人が殺されているのもアイザは知っていた。

だが、そんな事はどうでもよかった。世界中の人間よりも、シェリルだけが生きていて欲しい。そう思いながらアイザはシェリルの寝顔を眺めていた。

すると、長らく眠っていたシェリルが目を覚ました。シェリルはボヤケタ視界で周囲を見渡し、頭を動かして上を見上げるとアイザの姿が鮮明に映る。


「・・・アイザ?」


「・・・おはよう。」


「ああ・・・そうだ、ネムレス!!!」


久しく見れていなかったアイザの姿にシェリルは笑顔を浮かべたが、脳裏にネムレスの事がよぎり、跳び起きた。


「・・・ここ、どこだ?」


意識がハッキリとした今、シェリルは自分が立っているこの場所の不可解さに困惑した。


(意識を失う前まではどこかの町か村にいたはず・・・だがここはどう見ても島だ。それに私達以外の生き物の気配が全くしない。)


ふと足元を見ると、自身のポケットから落ちたであろうライターが落ちており、それを拾い上げようと右手を伸ばす。そこでシェリルは、自身の右手の火傷痕が無くなっている事に気付いた。


「火傷の痕が無い・・・。」


シェリルは異能の力で黒い炎を出そうとするが、まるでそんなものは無かったかのように異能の感覚が無くなっている。


「力が無くなった・・・面倒だな。」


「良かったじゃない。力が無くなって。」


背筋にゾクッと来る声色でアイザに後ろから話しかけられた。振り返ると、アイザは微笑んではいるが、その瞳に光は無かった。


「良くは無いな。異能の力が無ければネムレスを殺せない!実感したよ、どれだけ殴ろうが蹴ろうが斬ろうが、奴は新しい力を宿して復活する・・・殺すには、あの炎が必要だ!」


「どうしてそこまでネムレスにこだわるの?」


「気に喰わないからさ!それに私は一度奴に殺された!殺し返すまでは奴の事が頭から離れない!」


「・・・ネムレスが死ねば、シェリルはもう戦わない?」


「そうもいかないさ。変異体や異能の力を宿して悪さする連中が世界で溢れかえっている。私が死ぬか、奴ら全員を根絶やしにするまでは、私の戦いは終わらない!」


「そう・・・なら、私と、私達に協力して!」


「協力?何をだ?」


「シェリルに会って欲しい人がいるの。」


そう言って、アイザはシェリルの手を引き、タイムラインを地面に刺してファルミリオがいる空間へと移動する。

広大に広がる湖を取り囲むように密集する木々がある世界。その世界に足を踏み入れたシェリルは、湖の中から今までのどの化け物よりも強大な力を持つ何かの気配を感じ取った。

湖の水が中心に集まっていき、集まった水が人の姿を形成し、ファルミリオが現れる。


「随分時間が掛かったようですね、アイザ。それにまた新しい客人ですか。」


「ファルミリオ、この人は―――」


「シェリル・・・そうですね?」


「え?え、ええ。そうです・・・。」


シシャ達にはルールで自分達の領域から離れる事は出来ない。以前ネムレスの拠点に出向いた時があったが、あれは例外で、本来ファルミリオはこの空間から出る事は禁じられている。

にも関わらず、ファルミリオはシェリルを知っていた。


「はじめまして、シェリル。私の名はファルミリオ。あなたの育ての親が戦ったシシャの一人です。」


「レオやブラッドが苦戦したと聞いたが・・・なるほど、今目の前に立って納得した。あんたらシシャは人間がどうこう出来る存在じゃないって事を。」


「意外と冷静なのですね?喰ってかかるのだと思っていましたが。」


「今は剣も力も無い。素手であんたに勝てそうにも無いしな。」


「異能の力を無くしましたね?」


「ああ、突然な。あんたなら分かるんじゃないか?人に異能の力を与えたシシャと同じなんだろ?」


「我々にもそれぞれの個というものがあります。ですが、異能に関してなら少しは教えてあげられますよ。」


「なら教えてくれ。私には異能の力が―――」


「必要ない!!!」


シェリルとファルミリオの会話に割って入るように大声を上げるアイザ。シェリルの視界からファルミリオを遮るようにアイザはシェリルの前に立つ。


「私がシェリルをここに呼んだのは、異能の力なんてものを戻す為なんかじゃない!」


「じゃあ、何故こんな所に連れてきた!さっきも言ったが、ネムレスと戦う為には異能の力がいるんだよ!」


「そんなの無くたってシェリルは勝つよ!」


「勝てなかったから必要なんだよ!」


「うるさい!次は必ず勝つよ!」


二人の言い争いは徐々にヒートアップしていき、おでことおでこで押し合いながらいがみ合っていた。その様子を見ていたファルミリオは思わず笑みをこぼした。


「ふふふ、仲がよろしいんですね。アイザ、少しシェリルと二人で話をさせてもらえませんか?」


「・・・分かりました。」


「ありがとう。それではシェリル、こちらへ。」


「ああ。ちょっと待ってな、アイザ。」


シェリルはふてくされているアイザの頭をポンと手で叩いてから躊躇無く湖の上を歩いていき、ファルミリオの前に立つ。

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ルミナスの花 夢乃間 @jhon_

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