ふくぼんっ!~ちょっと素直になれなかっただけなのに~
くろねこどらごん
とある覆盆のおはなし
「ねぇ、
ある日の昼休み、ひとりのんびりと弁当をつついていた時のことである。
いつの間にか俺の席に寄ってきたクラスの女子に、そんなことを聞かれていた。
「え、なんだよ間宮。ぶしつけに…」
「いや、いつも一緒にいるからさ。幼馴染とはいっても、ちょっと仲良すぎかなって。なら付き合ってるんじゃないかと思うのって、普通じゃん?」
内心の動揺を隠しながら答えると、質問をぶつけてきた張本人にしてクラスメイトである
ショートカットの似合ういつも元気な子ではあったが、人の恋愛事情にこうも臆することなく踏み込めるとは。
どうやら彼女はなかなかに肝が太いらしい。
普段俺が話す女子といえば、それこそ話題に出てきた幼馴染くらいなのだが、女の子はこれくらいの恋愛話は普通に聞けるものなのだろうか。
それともこれは間宮が陽キャであるゆえか。どうにも判断が難しいところだ。
とはいえここは教室で、周りにはクラスメイトがそこかしこで談笑してる最中である。
ぶっちゃけまともに答えるのは恥ずかしすぎた。恋バナなんてものは、俺はちょっとハードルが高いらしい
「それは―――」
「ちょっと春菜、コイツのことからかわないでよ」
とりあえずなんとか誤魔化そう。そう決意した直後、強い口調でこちらに割り込んでくる声が耳へと飛び込んでくる。
同時に滑らかに揺れる金色の髪が、俺の視界を遮った。
「あ、智香。来たんだ」
間宮の発言を聞くまでもなく、それを見た瞬間、俺の心臓はドクンと大きな音を立てた。
その日本人離れした髪色は、ついさっきまでこの場にいなかった、ある意味この話題におけるもうひとりの中心人物の特徴でもあったからだ。
「智香…」
引き寄せるように、俺は自然と顔を上げていく。そしてそこには俺の幼馴染である、
「フン…そりゃ来ざるを得ないでしょ。あのね、
美少女といって十二分に差し支えない整った顔。だが今は呆れが滲んでおり、ないないとでも言うかのように首を振ると、二つ括りのツインテールが左右に揺れる。
小さい頃から変わらない、見覚えがありすぎるほどずっと見てきた髪型だ。
性格もさほど変わっておらず、生意気なところがあるのが玉に瑕だが、それでも学年で一番の美少女の名を欲しいがままにしているあたり、智香の美形ぶりは飛び抜けていた。
「おい智香、さすがにそこまで言わなくても…」
「こっちにまで話聞こえてきて恥ずかしかったんですけど。そういうのやめてよね、変に誤解されちゃうじゃない」
俺の言葉など聞こえてないのか、あるいは無視しているのか。
とにもかくにもスルーされ、彼女は気の強そうな瞳をさらに釣り上げて、自身の友人へと詰め寄っていく。
端正な顔を赤く染め上げていたが、それが怒りか恥ずかしさによるものかは、俺には判断できなかった。
「え、でも」
「でもじゃないし!いい?こいつはね…」
だけどもそれだけは智香も戸惑うことなく宣言する。
そこに躊躇はなかった。周りに、そして自分にも言い聞かせるような強い口調で一気にまくし立てのだ。
「家が隣なだけの、ただの幼馴染なんだから!」
教室にいる生徒全員に聞かせるように、智香はハッキリと言い放つ。
俺と自分の関係は、単なる幼馴染そのものであると。それ以上でもそれ以下でもないのだと。
さらにトドメとばかりに俺に指差しまでする念の入れようである。
追い打ちそのものではあるが、その言葉を聞いて、俺は胸がちくりと痛んだ。
(そこまで否定しなくても…)
心の中で息を吐く。客観的に見れば、確かにその対応は間違いなく正解だ。
本人に気がないなら、噂の種になり兼ねない根も葉もない与太話なんざさっさと否定して潰すに限る。
周りのクラスメイトもこちらを興味深そうに様子を伺っていたのだが、智香の宣言を耳にして得心がいったのか、多くが早くも目をそらし、別の話題に切り替えていた。
この様子では仮に噂になったところで、せいぜい今日一日持つかどうかと見ていいだろう。完全に智香の狙い通りに事は進んだといっていいはずだ。
一方俺といえば、まぁそうだろうなと気のない対応をできればよかったのだろうが、そうはいかなかった。
俺は智香のように、彼女のことをただの幼馴染と言い切ることができない事情があったからだ。
(俺は智香のこと、好きだったりするんだけどな)
誰に聞かせるわけでもなく、自分の気持ちを胸中で自嘲するように呟いていく。
事情といっても、そこにはただただシンプルなある感情があるだけだ。
ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染に対して、俺は昔から淡い恋心というやつを、ずっと募らせていたというだけの話だから。
それでも積み重ねてきたものは大きくて。くじけそうになりながら、俺は小さく嘆息した。
(これって完全に脈なしの片思いってやつじゃん…告る前に玉砕かよ…)
こうもあからさまに断言されては、どうしようもないだろう。
なんとなく脈はなさそうだと察してはいたけど、これは完全に無理そうだ。
プライドの高い智香が、わざわざみんなの前でキッパリと言い放った事実が重くのしかかってくる。
彼女が今後自らの考えを訂正するのは考えにくいことは、幼馴染としての長年の経験からよくわかっているつもりだ。
下手に希望にすがりついたところで、可能性がなければただただ虚しい結果に終わるだろうことも、わかっていた。
(なんも言えないうちに失恋か。泣きたいな、マジで…)
小さい頃抱いた初恋そのままに、ずっとこいつの傍にいたわけだけど、叶わない気持ちを持ち続けるのは正直つらいものがある。
可能性という希望は砕け散り、望みのない恋心だけが今は置き去りになろうとしている。
せめて他の男のように告白できていれば、まだ違ったのかもしれないけれど…周りに誰もいなければ、蹲って泣き出したい気持ちだった。
「へー、そうなんだ」
「そうよ、だから健也とはね…」
意気消沈する俺に気付くことなく、それでも彼女達の話は続いていたのだが、ここに来て事態はさらに混迷を極めることになる。
「じゃあさ、私が三嶋くんとデートに行ってもいい?」
間宮が突然、そんなことを口にしたからだ。青天の霹靂とは、まさにこのことだろう。
「えっ…」
「ハ…ハァァッ!?」
突然の、そして予想外のデートのお誘い。
ただでさえ混乱していた頭が今度は急停止してしまい、思わず絶句してしまったのも無理はないと思う。
智香が声を荒らげたのは謎だけど、その時の俺は相次ぐ急展開を前に、そこまで頭が回らなかった。
もうついていけない事態の連続だ。
「ちょっと智香、声大きいって」
「あ、ごめ…いや、でも!いきなりなに言ってんの春菜!」
たしなめられたというのに、すぐさま声を荒げる智香。
無論周囲の視線は俺たちに集まり、再度注目の的となる。
別に俺が悪いことをしたわけではないのだが、なんとなく居心地が悪い。
できることといえば、曖昧に笑いながらなんでもないと手を振ることくらいだ。
彼らは空気を読んでくれたのか、俺たちから目を離してくれたのだが、クラスメイトからの視線も徐々に可哀想なものを見る目に変わっている気がするのは俺の気のせいだろうか。
「私、結構前から三嶋くんのこと気になってたんだよね。付き合ってないなら、誘うくらいいいでしょ?」
「うっ…そ、それは…」
そんな俺の気苦労にも気づかずに、ふたりの会話はどんどんヒートアップを続けていた。
間宮の問を受け、智香が不安げに俺をチラリと見てくる。
いやお前、ついさっき俺のことなど眼中にないも同然の発言をしたばかりだろ。
そんな目を向けられても正直困る。
とはいえ未だ俺にとっては片思いの相手の前であることには変わりはないため、この場はひとまず断ろうかとしたのだが、間宮は思った以上に強引だった。
「えっと間宮。その、俺は」
「ねぇ、いいでしょ三嶋くん。今度の休みにでも映画館に行こうよ。観たい映画が今やってるんだ!」
滅茶苦茶グイグイくるというか、実際物理的にも距離を狭め、自分の顔を近づけてくる。
なんという陽キャパワーだろうか。これに太刀打ちできる気がまるでしない。
自然と俺の視線も上向いてしまい、気付けば間宮と目と目がバッチリ合ってしまった。
「う…」
「ねぇねぇ、いいでしょ?」
アーモンド型のクリクリした瞳が、俺を捉えて離さない。
こうなるともうなすがままで、俺に取れるアクションはもはや皆無に近かった。
「いや、でも―――」
それでもなんとかしなければと思ったのだが、次に聞こえてきた間宮の言葉で、俺はある選択を強いられることになる。
「智香だって、ただの幼馴染って言ってたし。私達が一緒に出かけるのは問題ないじゃん」
「っつ!!」
ただの幼馴染―――
それ以上でも、それ以下でもなく。
ただの、幼馴染。
「っ…」
その言葉を聞いて、半ば反射的に横目で智香を見てしまった。
俺の視線に気付いた智香は、プイと横に向き、顔をそらしてしまう。
それが、俺にはひどくショックだった。
(アイツにとって、俺は…)
そういう対象として見れないのだろうか。
男として見てもらえず、ただの幼馴染でしかないというのなら、俺は―――
「……うん、そうだな。行くのも、ありかな」
気付いたら、静かに間宮の誘いに頷いていた。
「ほんと!?やった!」
「え…ちょっと、アンタ本気!?」
智香と間宮。両者の反応は実に対照的だった。
間宮は飛び上がらんばかりに喜んでいたが、智香はこちらに向き直ると、愕然とした表情を浮かべている。
だけどそれはきっと、ヘタレな俺がデートなんてまともに出来るはずがないだろうとか、友人を気遣ったうえでの、そういう類の驚きなのだろう。
「ああ。こんなに誘ってくれてるのに断るとか悪いし」
胸がチクリと痛みながらも、俺は智香に頷き返した。
だけど、それでも。もし僅かにでも、俺にチャンスがあるのだとすれば、この瞬間にほかならない。
俺は次の智香の発言に、全神経を集中させる。
女々しいことだと思うけど、この時俺は心の中で、あることを賭けていたのだと思う。
智香が俺のことを、本当にただの幼馴染としてしか見ていないのか。
それが知りたかったのだ。だから間宮の提案に乗り、智香がどんな反応をしてくるか見たかった。
最低な行為であることは百も承知だけど、俺にとってこれは分岐点であり、まさに死活問題だ。他に選択肢がなく、咄嗟に思いついたことをただ実行してしまっていた。
智香がただ一言、行くなと言ってくれれば俺はすぐさま間宮に断りの言葉を述べるだろう。
だけど、それ以外の言葉が智香の口から出てきたのだとすれば―――俺はこの気持ちをすっぱりと諦める。
そんなことを、無意識のうちに決断していた。未練がましい男になって、この気持ちを引きずりたくなかったのだ。
「…………」
だから智香、どうか、どうか行くなって言ってくれ。
そうすれば、俺はお前にこの気持ちを―――
「…………あっそ。なら、勝手にすれば。別にアンタがどうしようが、関係ないし」
だけど、俺の本心とは裏腹に。
智香はキッパリと、俺の迷いを断ち切った。
本当に、俺のことなどどうとも思ってなかったのだろう。
幼馴染以上には、なれない。それが改めてわかってしまった。
これが智香の答えだというなら、俺も覚悟を決めるほかないのだろう。
だって彼女と付き合える道など、なにも残されていないのだから。
「…………うん、そうするわ」
まだおかずが多少残った弁当箱に視線を落としながら、俺は短く返事を返す。
声は震えていなかっただろうか。正直、あまり自信がなかった。
互いにしばし沈黙の時間が流れた後、チャイムが大きく鳴り響いた。昼休みが終わるようだ。
ある意味、助かった。少なくとも、今日はもう智香に目を向けることは出来そうになかったから。
「もう時間かー。じゃあ三嶋くん、後で連絡するね!」
「あ、ああ」
間宮の言葉に曖昧ながら頷くと、彼女は嬉しそうな表情を浮かべて満足そうに去っていく。手を振ってきたので、思わず俺もヒラヒラと手を振り返していた。
そんな俺を一瞥すると、智香はなにも言わずに自分の席に戻っていった。
これで良かったんだろうか―――
そんな弱気の虫が顔を出す。だけど、既に賽は投げられたのだ。
結局その日は最後まで智香は俺に話しかけてくることもなく、夜に連絡を入れてくることもなかった。
「――――」
やっぱり、智香は俺のことをなんとも思っていなかったということなんだろう。
そのことを事実として受け入れなくてはいけないのは、正直辛い。
「―――ん」
だけど、受け入れないと自分も前に進めないわけで――これが所謂、大人になるっていうことなのだろうか。なんつうか、キツイなこれ。
「―――くん」
失恋の痛みというやつなんだろうな。よくもまぁ、皆こんなのに耐えて―――
「三嶋くん!!」
「うぉっ!」
物思いにふけっているなかで突然聞こえてきた大声により、俺は現実に引き戻された。
「ちょっとぉ、ひどいよ三嶋くん。私の話、全然聞いてなかったでしょ」
そう言って頬を膨らませているのは、間宮だった。
そうだ、今日はデート当日で、彼女の提案に誘われるまま街へと遊びにきていたのだ。
ぼんやりとしたまま訪れた映画館。促されるままチケットを購入して、なんとなく見たつまらない恋愛映画により、眠気がますます加速して意識が飛んでしまったのかもしれない。
その後にきた喫茶店で、あらぬ思いに馳せる程度には、俺は初恋を引きずっていた。
「ああ、ごめん。ちょっとぼんやりしてた」
「全くもう…ねぇ、三嶋くん。ひょっとして、私といてつまらなかった…?」
咄嗟に言い繕うが、これでは間宮の不満を払拭できなかったようだ。
というより、不安な顔でこちらを見つめる彼女を見て、罪悪感が募ってくる。
「いやいや!そんなことないって!今日誘ってくれてマジで嬉しかったし!」
そんなわけで、俺としてもこればかりは必死になって否定した。
間宮は一切悪くないんだ。むしろ吹っ切ると決めていたはずなのに、デートの最中にこんなことを考えている俺が100%悪い。
こんな未練たらしい性格だから、智香も興味を持ってくれなかったのかも……
「ほんと…?」
「ほんとほんと!」
ああ、くそっ。なんでだよ。結局また智香のことを考えちまう。
本当に最悪だ。間宮がいなければ、俺はきっと頭を掻きむしりながら悪態のひとつでもついていたことだろう。つくづく自分が嫌になりそうだ。
それだけ好きだったということなのかもしれないけど、届かない想いを抱えて続けることへの苛立ちのほうが、この調子ではそのうち上回るかもしれない。
いっそ知らないほうが、どれだけマシだったことだろう。
それならそのうち智香に告白して、あっさり玉砕できて。
あるいはこの気持ちも、断ち切れたかもしれないのに。
「そっかぁ…えへへ。なら、良かったぁ…」
「あはは…」
こんな下手な言い訳もせずに済むし、デートだって純粋に楽しめたはずだ。
そう考えると、なんだかため息をつきたくなった。もちろん間宮が居る前で、そんなことはしないけども。
なんだか居た堪れなくなって、俺は置かれたコーヒーに手をつけた。
「じゃあさ…私達、付き合わない?」
「ぶっ!?」
それは全くの不意打ちだった。少なくとも予兆なんて感じ取れないくらい唐突に、俺は告白されていた。
一息つこうと思って口に含んだコーヒーも、思い切り吹き出してしまう。
「あ、だ、大丈夫!?」
「げほっげほっ、な、なんとか…」
動揺してむせ返る俺を心配する間宮。その顔には驚きが多分に含まれていたが、彼女の瞳に映る俺はきっとそれ以上に困惑していること請け合いだ。
「水飲む?背中さすろっか?」
「いや、大丈夫。平気だから…ていうかその…マジで言ってる?俺と…」
付き合おうだなんて。
そんな言葉が喉元まででかかったところで、俺は言葉尻を引っ込めた。
ついさっきまで心配そうに俺を見ていた間宮の目が、徐々に釣り上がっていくのが見て取れたからだ。
不満とも怒っているとも取れる眼差しで俺をじっと見た後、彼女は大きくため息をついていた。
「…………やっぱり気付いてなかったんだ」
呆れと諦観が入り混じっているような声だった。あまり期待はしてなかったけど、なんて呟きまで聞こえてくる。
自分としてはそこまで鈍い男であるつもりがなかったため、急な展開についていけず、思わず目を伏せてしまった。
「えっと、なんかごめん。全然気付かなかった…」
「いいよ。智香のことずっと見てたんでしょ?なら私のことなんて眼中になくて当然だよね」
そういって間宮は少し悲しそうに笑った。
「……気付いていたのか」
「うん…そりゃ気付くよ。分かってなかったのは、智香くらいじゃないかな」
気をつけていたつもりだったのだが、どうやら間宮には筒抜けであったらしい。
彼女の言葉を信じるなら、俺の抱いていた感情が智香には伝わっていなかったというのは幸運だったのだろうか。
知っていれば、きっともっと早く俺と距離を取っていたことだろう。
そう考えると、結局は遅いか早いかの違いでしかないとも言えるけど、俺は…いや、よそう。これも今さらの話。なんの意味もない考えだ。
「そっか…」
「それでさ、繰り返すようだけど、私達付き合わない?」
落ち込みかけた俺に、間宮はもう一度問いかけてくる。
「智香の話を蒸し返すようで悪いけど、三嶋くんのこと幼馴染って言ってたじゃない。こんなこと言いたくないんだけど、きっと告白しても、さ…」
そしてそのまま、畳み掛けるように話を続けたが、最後のほうはよく聞こえなかった。
間宮にとっても、バツが悪い話ではあったのだろう。なにしろ彼女が切り出した話がきっかけだ。罪悪感のようなものを抱えていたとして不思議じゃない。
「ごめん。まだ気持ちの整理もついてないよね。でも、どうしても私の気持ちも知っておいてもらいたくて…本当にごめんね」
「……いや、気にしてないよ。むしろ謝るべきは俺のほうだ」
実際、今の間宮は申し訳なく思っているだろうことは容易に見て取れた。
そしてそれでもなお、自分の気持ちを伝えようとしてくる彼女の必死さも。
「正直言うと、間宮の言う通り、智香のことを引きずってるんだ。確かに俺はずっと智香が好きだった。あの言葉がショックだったことも、紛れもない事実だ」
だから、応えようと思った。俺も伝えなくてはいけないことがある。
俺は抱えている胸のつかえを、自然と口に出していた。
「自信があったわけじゃなかったけど、これまで一緒にいる時間が長かったから、智香も同じ気持ちだと勝手に思い込んでたんだ。馬鹿だよな…長くいれば互いに好きになるとか、そんなわけないのにさ」
それはほとんど独白だった。あるいは懺悔に近かったのかもしれない。
ただただ強い後悔の気持ちが乗せられ、一言口にするたびに、胸に重しがのしかかる。
「間宮の誘いに乗ったのも、智香に嫉妬して欲しかったからなんだ。行くなって、そう言って欲しかった。間宮が勇気を出して誘ってくれたのに、その気持ちをダシにして、俺は智香の気持ちを探ろうとしたんだ…最低だよな。だから間宮は謝る必要なんてないんだよ。俺のほうこそ、本当にごめん…!」
それでも耐えながら、最後に醜い本心を吐露すると、俺は間宮に頭を下げた。
彼女の気持ちを踏みにじる行為をしたことを許してもらえるとは思わないし、許されたいとも思わない。
ただこれだけが、自分にできる精一杯の贖罪だったのだ。
俺のことを求めてくれた彼女に対してできる、せめてもの誠意の見せ方だった。
「……顔を上げてよ、三嶋くん」
数秒か、あるいは数分はそのままだっただろうか。頭を下げ続ける俺に、間宮が口を開いた。
緊張して喉はカラカラだし、時間の感覚すら分からないなかで、その声だけは何故か優しく染み込んでくる。
救いを求めるように顔を上げると、少し困った顔で間宮はこちらを覗いていた。
「謝らなくていいから。言ったじゃん、気付いてたって。そういう気持ちを持って頷いてくれたこと、最初からわかってたよ」
「そう、なのか…?」
最初から、彼女には全部バレていたということか?
でも、だったらなんで…
「うん、私はそれでも良かったんだ。どんな形であれ、こうして自分の気持ちを伝えられたから。そうしたいと思ったのは私だから、それでいいんだよ。気持ちを無視したのは、お互い様なんだって」
そういって間宮はぎこちなく笑った。
その表情はどこか痛々しい。まるで悪いことをしたことがバレてしまった子供のようだ。
だけど同時に、満足しているようなホッとしているような、そんな感情も秘められているような顔だった。
「……ありがとう。間宮って、強いんだな」
辛いとわかっていても、それでもなお彼女は自分の気持ちを伝えることを選んだのだ。
断られることだって頭にあったはず。だけどそれでも前に進むことを選んだ彼女のことを、俺は素直にすごいと思った。
「そんなことないよ、今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだし…」
「いや、すごいよ。俺は最初から諦めてて、告白することなんて頭になかった。間宮みたいなことはできなかったよ」
賞賛の言葉を送ると、間宮は照れたように微笑んだ。
それを見て、思わずドキリとする。可愛いと、そう思った。
「でも…」
「なぁ。さっきの告白の答え、まだ返してなかったよな」
謙遜する間宮を俺は制した。
このままでは堂々巡りだ。らちがあきそうになかったし、なにより謝罪こそしたものの、まだ間宮の告白に対して答えを返したわけではなかった。
俺の言葉を受けて、間宮はハッとした表情を浮かべると、すぐに顔を引き締める。
「あ…うん、そだね」
「答えなんだけどさ、俺間宮のことよく知らないんだ。それこそ、智香のことしか見てなかったから…」
言葉を選びながら、俺はポツリポツリと語りかける。
間宮は耳を傾けてくれているけど、次第に表情が曇っていくのが手に取るようにわかった。
「……そっか。だよね」
「ああ、だからさ――」
俺はここで一度話を区切る。そして息を大きく吸い込んだ。
緊張こそすれど、気分はどうしてか悪くなかった。あるいは彼女の勇気に俺も感化されたのかもしれない。
「これから間宮のこと、もっと知りたいんだ。だから、こんな俺でもよかったら―――」
その場の流れがあったことも否定できない。
だけど、間宮と接することで芽生えたこの気持ちも、間違いなく本物であると断言できる。
最後の言葉を伝える瞬間、智香の顔が一瞬よぎったが、振り払うように俺は今の自分が抱いた想いを確かに述べて。
目の前の女の子が笑ってくれたのを、この目で見届けていたのだった。
「…………遅い」
アイツの帰りが遅い。夕方から夜に差し掛かろうとしているのに、未だ健也は家に帰っていなかった。そのことに、あたしはひどくイラついている。
原因となったきっかけは、あの日の昼休みだ。
友達である春菜から仲をからかわれてついムキになったあたしも悪いといえば悪いけど、それ以上に健也のバカがデートの誘いに頷いたことが、イライラをより加速させている。
断ればいいのに、女の子から誘われることなんて滅多にないことだから、おそらく舞い上がってしまったのだろう。
モテないやつはこれだから…まぁアイツに近づく邪魔な虫はこれまで全て追い払っていたから、耐性がないのも無理はないといえばそうかもしれないけど。
それでも今回の件は裏切りにほかならない。
私がいるからと一言いえばそれで済んだ話なのに、アイツときたらこっちの表情を伺ったと思えばデートに行くなんて言い出しやがって…!
そこは男らしく断るところでしょうが。全くもう。
察しが悪い幼馴染を持ったことに、怒りがまるで収まらなかった。
(……まぁ確かにあたしにも悪いことは、そりゃちょっとはあるけどさ…)
とはいえ考えてみると、皆の居る前で否定したのは、ちょっとやりすぎだったかもしれない。
それでムキになって、春菜の提案に頷いたところもあるかもしれないし…いやいやでもでも。やっぱり断らなかったアイツが悪いんだ。全部が全部健也が悪い。
あたしがこれまでどれだけ告白を断ってきたと思っているんだろう。
それもこれも、健也からの告白を待っていたからにほかならないというのに。
そんなあたしの乙女心を理解せず、他の女に付いて行くだなんて、許されるはずないじゃないの。
とはいえ、健也のことだ。何事もなく帰ってくるだろうことは確信している。
アイツに女の子と付き合う度胸なんてありっこない。あったらとっくに私達は付き合っているはずなのだ。
春菜がああまで積極的な手に打って出たことは予想外だったけど、健也のヘタレっぷりを誰より知っているあたしからすれば、悪手以外の何物でもないという確信すらある。
要は無謀な蛮勇だ。
だから今日までなにも言わずに過ごしてきたわけだけど……
(やっぱり、遅い)
もう18時を過ぎている。だけど、まだ健也は帰らない。
いくらなんでも遅すぎる。ろくに話したこともないクラスメイトと、ここまで話が持つやつじゃない。早くて正午、持っても夕方あたりには呆れられて、さっさと帰ってくると踏んでいたのに……
ここまで長引いているということは。あるいは。もしかして。
(ない。それは、絶対にない…!)
弱気な考えを否定して、あたしは必死に自分へと言い聞かせた。
こんなのあり得るはずのない、ただの妄想だ。
今はちょっと気持ちが弱い方に流れて、マイナスの思考に動いているだけ。
大丈夫。健也はあたし以外の誰かと付き合ったりしない。だって、あいつが好きなのは、絶対あたしなんだもん。
「早く帰ってきなさいよ、健也…!」
唸り声のような祈りを捧げ、あたしはひたすら健也の帰りを待ち続ける。
自分から連絡を入れることなど、プライドが許さなかった。
あるいはこの時までになにか手を打っていれば違ったのかもしれないけど、そのことに気付くはずもない。
そうして待ち続けること30分。遠くから歩いてくる人影が見えたのは、止まらないイラつきから子供のように親指の爪を歯を噛んでいるときのことだった。
「っ!きた!」
一瞬大きく喜んだものの、すぐに思い直してあたしは曲がり角へと身を潜める。
デートの結果がどうなったか心配していたなんて、絶対に知られたくなかったからだ。
素直になれない天邪鬼な性格が、ここにきてまた頭をもたげていた。
一歩。二歩。三歩。
アイツが近づいて来るたびに、それに合わせるように心臓が跳ねる。
息をするのも苦しい。だけど目だけは見逃さないとばかりに大きく開いて、幼馴染の姿を捉え続ける。
辺りが既に暗くなりかけているのと、逆光で健也がどんな顔をしているのは判別がつかない。
暗い顔をしているようなら、ほうらやっぱりと笑い飛ばしてやることもできるのに。
だけど帰ってきたのなら問題ない。この時間なら、なにも間違いは起こってないはずだ。
(うん、大丈夫。結局なにもなかったってことじゃない)
冷静に分析して思考を巡らせ、頭を回転させていく。
考えれば考えるほど、何事もなかったという結論に帰結するのだ。
ホッと胸をなで下ろしていると、健也は家まで後数メートルという距離まで近づいていた。
飛び出すならもうこのタイミングしかない。あたしは覚悟を決め、角から身を乗り出した。
「あ、あら、健也。偶然ね」
そして偶然を装い、声をかける。
何も問題はないと思っていても、やはり最後は自分で結果を確かめたかった。
「え…ああ、智香か」
あたしの声に反応した健也がこちらに振り向く。
ちょうど家の門を潜ろうとしていたところだった。我ながらベストタイミングだったといえるだろう。
「ああってなによ、失礼ね…それで、せっかく会ったんだから、話をちょっと聞かせなさい」
そのことに少し気分を良くしたあたしだったが、すぐに思い直して健也に言葉を投げかける。
近づいたことで表情も確認できたが、健也はなんだか困ったような、なんとも言い難い顔をしていた。
「話って…」
「デートのことに決まってるでしょ。まぁ言われなくても、結果は分かってるけどね」
少し早口になりながら、あたしは一息で言い終えた。
別に胸騒ぎがしたとか、急に不安が襲ってきたとか、そんなんじゃない。
ないといったら、ないんだ。
「ああ。そのことか」
「そう、そのことよ。どうせフラレたんでしょうし、まぁ今日は特別に愚痴くらいなら付き合ってあげても―――」
だというのに、なんでだろう。
いつもより口数が多くなっている。
健也は健也で、やたらと落ち着いているのも引っかかった。
いや、違う。そんなはずがあるはずがない。こんなの、あたしの杞憂に決まって―――
「俺さ、春菜と付き合うことにしたんだ」
……………………………は?
「聞こえなかったか?俺さ、春菜と」
「え、いやちょっと待って……は?な、何言ってのよ、アンタ…」
理解が追いつかなかった。思考が完全に停止した。
「今日、春菜に告白されたんだ。突然だったからびっくりしたけど、でも俺―――」
「だから、待ちなさいって!」
こっちはまるで事態を整理できていないというのに、健也は勝手にひとりで話を進めようとしている。
「付き合おうって答えたんだ。気持ちが嬉しかったし、なにより―――」
「健也!人の話を聞いて―――」
まるであたしのことを、置き去りにするかのように。
「智香のこと、吹っ切れると思ったから」
そんなことを、口にしていた。
「…………ぇ」
吹っ切る?吹っ切るって、なんだ。
「今さらだけど、俺、智香こと好きだったんだ」
あたしは今、間違いなく混乱している。
健也がサラリと口にした告白に、まともに反応できないくらいには。
「す…き…?」
それはあたしが長い間、ずっと聞きたかった言葉だった。
健也に告白されることを、待ち望んでた。
だけど喜びの感情より先に、疑問が湧いてしまったのはどうしてだろう。
「ああ。ずっと好きだった。智香は、そうじゃなかったみたいだけどさ」
健也も何故か、緊張してるとか恥ずかしそうにしているとか、そういった様子がまるでない。
まるで憑き物でも落ちたみたいに、ただ自分が抱いていた想いを口にしているだけのように感じてしまう。
愛の告白というにはあまりにも淡々としたその様子に、あたしは驚きを通り越して呆然と耳を傾けることしかできなかった。
「ちが…そんな、ちが…」
「だから俺も気持ち切り替えなきゃって。ゴメンな、突然こんなこと話をして。でも、俺にとってこれはケジメでもあるから」
否定の言葉も弱々しいものしかでてこない。
そんなあたしの様子に気付くこともなく、健也は話を続けてゆく。
暗闇に染まりつつあるなかで、健也もあたしがどんな顔をしているかわからないのかもしれない。
いや、違う。きっと健也はもう、あたしのことを見ていないのだ。
吹っ切る。ケジメ。そしてこれまでの話し方。
全てがあたしとの未来ではなく、過去について語っていた。
「やめ…聞きたくない…」
最後の審判がくだされようとしている。もう泣き出してしまいそうだ。
だって、このことから導き出される結論は。それは―――
「これまでずっと迷惑かけてきてゴメン…俺の話は、それだけだから。智香もいいやつを捕まえて、幸せになってくれ」
健也と付き合う未来が閉ざされたという、最悪の未来にほかないのだから。
「あ、え…?」
「智香なら大丈夫。絶対いいやつが現れるって、信じてるよ」
何も言えずにいるあたしを一瞥して、健也は家へと向かっていく。
手を伸ばそうとしても、上手く動けない。
あたしの幸せが逃げていく。
そうしてバタンと扉が閉まる音を聞いて。
あたしはただ、絶叫した。
「あ、あああああああああああああああ!!!!!」
なにがなんだか分からない。あたしのほうが健也を先に好きだったのに。
気付けば他の女に盗られてた。意味のわからない今を受け入れられず、あたしはただその場に蹲って慟哭する。
一気に涙が溢れでて、自慢の顔もグシャグシャだった。
「う、うえええぇぇぇぇ……な、なんでぇ。どうしてぇ!!!!」
なんでこうなったのだろう。あたしはただ―――少し素直になれなかっただけだというのに
ふくぼんっ!~ちょっと素直になれなかっただけなのに~ くろねこどらごん @dragon1250
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