鳥羽遊美は言葉遊びしたい

ktr

第1話 ある初秋の帰り道(お題:残暑・溶けかけたアイス・夕焼け)

 9月に入り、暦的には秋と言えるが、未だ残暑厳しい時節。

 とはいえ、夏至からは二ヶ月以上が過ぎ、日は短くなっていく過渡期でもある。

 来月の文化祭に向けた部誌用の原稿を粛々と書き遅くなった俺は、同じく原稿を書いていた部長と二人、肩を並べて帰宅の途についていた。

 二人とも、高校へは徒歩通学だった。

 中学は違うが方向が同じなので、行きがかり上、こうして二人で帰ることが多のだが。

「趣のある夕焼けね」

 高校から西側に向かって歩いているので、正面に夕焼け空が広がっている。

 少し遅くなったのもあり、夕焼けは夜に侵食されて次第に色褪せ、太陽の残り火と混ざりあって赤と藍のマーブルのなんとも言えない色彩を生み出していた。

「ああ、心地よき、なんてね」

 長い黒髪を揺らし、その知的なスクエア眼鏡に覆われた瞳をこちらに向けてくる。

 始まった。

 この振りに、いい感じに答えねばならない。

「それはどうにもでもない表現ですね」

「そうね、アイデアの残滓ざんし、かしらね」

 中身のない会話が続くが、部長はとても楽しそうにレンズの奥の瞳を細めている。

「これが、今日の言葉遊び、ですね」

 俺がそういえば、

「言葉遊び、ううん、それを美に昇華する言葉遊美ね」

 と返すところまでが、お約束。

 文芸部の新入生への訓練課題ということらしいが、恐らくは、部長の趣味という側面も色濃いだろう。

 それはそれとして。

「オリジナルの表現じゃないですよね、それ?」

 『言葉遊美』という表現は、とある小説家、もとい、大説家が作中で好んで使っていた表現だ。

「そうよ。でも、いいじゃない。いい表現へのオマージュは否定されるようなことじゃないと思うわよ、マンザイ君」

 それはそうかもしれないが。

 ともあれ、他にツッコミどころがあるので、そこはきっちりツッコんでおかねばならないだろう。

「何度も言いますが万才ばんさいです」

 両親から『才能に溢れるように』と授かった大切な名だ。正確に読んでもらわないと困る。

 俺の名は、マンザイともバンザイとも読めてしまうが、『バンサイ』だ。品田しなだ万才ばんさい、それが俺の名だ。

「いいじゃない。通じる音で色んな意味に変幻自在。『名詮自性』の考え方から言えば、名前に縛られない、いい名前だと思うわよ」

「『名詮自性』って、『名は体を表す』みたいな意味の言葉でしたよね」

 なら、確かに名前の解釈に多様性があれば、その性質の解釈も多様となる。

 そうなると。

「部長は解りやすいですね」

「そう、私は鳥羽とば遊美あすみ。読み方が違うけれど、『とばあそび』とも読めるもの。言葉遊美に傾倒してもおかしくはないわね」

 そういう訳なのである。

「ま、今日のところはこの辺にして……いつも部活の後も言葉遊美に付き合って鍛錬を怠らない後輩君に、プレゼントよ」

 部長は鞄からコンビニの袋を取り出してごそごそし始める。そういえば、学校を出てすぐに買い物をしていたな。

 そうして。

「あ、ありがとうございます」

 俺は、差し出された棒アイスを受け取る。

 別に、高校は通学路での買い食いを禁止していない。

 未だ汗ばむ陽気に冷たいアイスは是非もない。早速袋を開けて食べようとしたのだが。

「あ、抜けた……」

 どうやら、この暑さで溶けかけたアイスは棒を支えきれなかったようだ。

「まだ暑いものね……今年の残暑も、なんと厳しいんうね」

「それは、なんだかな表現ですね」

「そうね、迂闊だったわ。言葉遊美に対するが足りなかったわね」

 そんな風に返して、自分の分も買っていたアイスを取り出す。

 棒が抜けても気にせず、袋から少しずつ出して齧りながら。

 そんな部長の姿を横目に、確かにこの言葉遊美は鍛錬になっているような気はしていた。段々と元の言葉からずれていってグダグダになってくるのだが、それでも強引にでも言葉を引っ張り出してくるのは、文芸部員として言葉選びの瞬発力を鍛えるにはいいかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺も部長の真似をしてアイスを齧りながら、歩く。

 残暑の残照が目の前に広がっている。

 家までは、まだしばらくある。

 その時間を、部長と並び、他愛ない話をしながらを辿る。


 これが、俺の日常だった。

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