ひとくちちょうだい?

ミケ

第1話 いただきますも言わずに

「わー美味しそう!ひとくちちょうだい?」

これが彼女のお決まりの台詞。

「わかってるわ…ほらどうぞ」

私もお決まりの台詞を返す。

「えへへ!恵がくれるってわかってたから私はクリームパスタにしたんだよね!」

うきうきと私のミートパスタをとっていく彼女。

「花奈…そんな事してたら、男性は嫌がるものよ。やめた方がいいわ」

ミートパスタを頬張る彼女はふるふると首を横に振る。

「じゃあ恵とずっとご飯食べにいくもーん!」

目をウルウルさせながらこちらを見つめる彼女。

けして悪い子ではないのだ。ただ、癖があって…なんでもほしがるのだ。

パスタを一口、スタバの新作を一口とか…

新しく買ったリップも試させて!とせがんだり…

初めて行く土地の旅行にも私も私もって…

ほしがったり、同じものを共有したいとか…

女性的で男性にはモテそうだけど音沙汰なし…

いい子なのだけれど…


「恵!クリームパスタもどうぞ!」

「いいわよ、別に。食べなさい」

「えへへ!本当?恵だーいすき!」

勢いよく頬張っていく彼女を見てる方が食欲が満たされるものだ。

「でも…それだけ食べたら花奈、太るかもね」

「だいじょーぶ!胸にいくから!」

「花奈のバストは凶器だものね…」

平たい自分の胸を見ながら嘆く。

「だいじょーぶ!恵のバストも可愛いから!」

「なんのフォローにもなってないわよ…」

余計に虚しくなりギロリと花奈を睨む。

「怖ーい!そんなんじゃ嫁の貰い手なくなるよ?」

「余計なお世話よ…」

「うーん…特異な人じゃなきゃ恵の相手は務まらないよね…」

「なにそれ…」

知った中だからこそ、苛立ちを全面に出した。

すると彼女は慌てて言った。

「違う違う!選ばれし者だけが恵を魅了し手に入れられるという事だよ!」

「なにそれ…」

理解不能な言動に問いかけた。

「なんか自分でもよくわかんないよ…もう、とりあえずパフェ頼もうよ!」

はぐらかした彼女と空になった皿を見つめ、しょうがないから賛同する。

「パフェじゃ、お得意のひとくちちょうだい?がしにくいんじゃないかしら?」

彼女はっと表情を変える。

「そっか…パフェの苺をとられたらイラッとするもんね…ケーキにしよう!」

「そういう事ではないのだけれど…」


花奈とは学生の頃からの腐れ縁で、もう何年も一緒にいる。

変わっていく環境や人達の中で唯一変わらない人。

彼女を胡散臭く感じたり、うっとおしいと否定する人もいたが、むしろ何様?何言ってるのかしら?と跳ね除けてきたし、彼女も言わせておけばいいよ!とあっけらかんとしていた。


「めぐみいいい?このガトーショコラやばいよおお」

「ちゃんと言葉で表現しなさいよ…」

「やばい」

「いやそれ以外で」

「恵がチーズケーキくれたらちゃんと言う!」

「結局それが狙いか…」

そこで少しいたずら心が芽生えた。

「ほら、あーん」

彼女は狙い通り固まっていた。

「ほら、欲しいんでしょ?チーズケーキ?」

「いや、こんな、人が見てるのに」

「こんな女二人誰も見てはしないわよ」

「でも…でも…無理だよ…」

「なによ、もじもじしちゃって」

「恵のいじわる…」

「いじわるなんかじゃないわ、この方がほら、食べやすいでしょ?」

「いやだよ…」

「じゃあこれは私が食べるわ」

そう自分の口に運ぶと物欲しそうにじっとりと彼女は見つめてきた。

「残念だったよ…」

「そんなにも食べたかったのね?」

「違うよ…」

もじもじとする彼女が愛おしく、ついいじわるがしたくなる。

「何が違うの?言ってごらんなさいよ」

「もう!いい!いらない!」

一気にガトーショコラを頬張る彼女を愛玩動物かのように、喉を詰まらせないかなと見守った。


彼女がフガフガと食べきりアイスティーを飲み干した。

「ふー!食べちゃったもんね!」

「欲しいだなんて言ってないわ」

「でもいいの!食べちゃったから!」

「次はアイスでもいっとく?」

「いいね…って太らす気でしょ!」

「バレたか…胸以外にもお肉がいけばいいのにと思って」

にやりと笑いながらメニュー表を彼女に向けると怒り出した。

「そんなのやだ!好きな人に嫌われちゃう!」

「あら、白百合の君(しらゆりのきみ)の事ね?」

彼女は思いきり鼻で息を吸い込んだ。

「そう!私の白百合の君…」

「響きが何かいやらしいわね」

「そんな事ない!恵はわかってない!」

「じゃあ、私にもわかるように聞かせて?」

彼女は少し俯いたが、言葉を紡いだ。

「見た目もとても素敵なの。コンプレックスを抱えてるけど、それも愛おしいの」

「うんうん」

「いつもそばにいてくれて、私のわがままも聞いてくれるの」

「いい人ね」

「でも自分の魅力をわかってない!隙だらけな人なの」

「要するにアホって事ね」

「違う!自然体なの!でも少し意地悪も言うの」

「自然体で嫌なやつって事じゃない」

彼女はグラスの水を飲み干すと力を込めて言った。

「違う」

「そうなの?ごめんなさい」

「違うの」

「うん」

「わかってない」

彼女は俯いたまま、こちらを見ようとしない。

こうなったら彼女は自分を曲げない。

下手に謝っても焼け石に水だ。

時が解決するか、物でご機嫌をとるかだ。


「花奈…ひとくちいる?」

おそるおそるチーズケーキをフォークによそい差し出す。

それを無言のまま彼女は口にした。

「おいしいかしら…?」

彼女はうんうんと頷く。

「じゃあ、もうひとくちいかが?」

さらに強く彼女は頷く。

「よかった…私もね?意地悪がしたくてその相手を馬鹿にしてるんじゃないのよ」

じっと無言のまま彼女は私を見つめる。

「花奈の事が大切だから…不安なの」

また一口彼女の口に運びながら語りかける。

「花奈は素直で朗らかで…人を引き寄せるわ。でも時には良くない人も引き寄せる…」

私も目線を落とし、語り続けた。

「貴女が傷つけられないか心配で…」

「それはないよ」

正面を向くと、しっかりと彼女はこちらを見ていた。

「それは絶対にない」

瞬きもせず彼女は言葉を続けた。

「だって私が好きになった人だから」


そう言われた瞬間、彼女の花嫁姿まで脳内に浮かんだ。

運命の人を見つけたのね…早く赤ちゃんにも会いたいわね。

でも、そうなったら今日みたいに会う事もなくなるのかしら…


「そう…花奈、幸せになってね」

目が自然と潤んで彼女の姿がぼやけた。

「恵…その人と私が付き合うのが悲しいの?」

思いきり首を横に振る。

「違うの、花奈には幸せになってほしいわ…本当よ…ただ…」

「ただ?」

「いつかその人といる事が自然になり、私との時間がなくなってしまうのが…悲しくて」

彼女が少し前のめりになる。

「私は恵を悲しませたりしないよ?」

心配そうに彼女が覗き込んでくる。

「ふふ…花奈?それが自然な事なの。ただ部外者の私は寂しいなというだけよ?」

彼女の目が泳いだ。きっとかける言葉に悩んでいるのだろう。

こんな困った友人を持って不憫だなと思いつつ、やっぱり、そんな事ないよ!という言葉を待っているのかもしれないと痛感した。


「恵にもそう感じる相手がいるの?」

彼女が話題を変えた。

「私にはいないわ…」

「付き合えたらいいなという相手も?」

「いないわ」

「私といるより楽しい相手も?」

「今はいないわね…」

彼女は少し微笑みまた俯く。


沈黙が続く。堰を切ったのは彼女だった。

「私はね?恵が悲しむのは見たくない」

「ありがとう」

「でもね?この恋を諦めたくない」

「そうなのね…」

「この恋を…応援してくれる?」

少し悩んだが、大切な彼女の為だ。

「いいわ。応援する」

「じゃあ…叶える為頑張るね」


それ以上は会話に躓き沈黙が更に続いた。

「花奈…そろそろ出ましょうか?」

彼女はふるふると首を横に振る。

「まだ何か頼む?」

彼女は頷く事も言葉を発する事もなかった。

「そう…じゃあ私はコーヒーフロートでも頼もうかしら…」

沈黙を誤魔化す為と、またひとくちあげればこれで機嫌も良くなるかもしれないと思ったからだ。

ケーキの後では重かったが、アイスの部分をすくって差し出せば機嫌もよくなるだろう。


テーブルにコーヒーフロートが届く。

そこで彼女はぼそぼそと呟いた。

「花奈、聞こえないわ」

変わらずぼそぼそと呟く。

「ねえ、何?」

身を乗り出し聞こうとする。

「…ちょう…」

「何?」

「…だい…」

「え?」

「ひとくちちょうだい」

ハッキリと力強く彼女は言うと、私をしっかりと見つめ、そっとキスをした。

「美味しいね、ありがとう」

いたずらっ子のようにぺろりと唇を舐め彼女は言った。

「好きだよ、この味」

頬を赤く染めながら、はにかんだ彼女を見て、冗談ではない事がわかった。


「でも、一口じゃ足りないや」

そう言って彼女は私の手を強く握る。

「馬鹿…」

なぜだかその手を振りほどけずにいた。


「全部ちょうだい?」

コーヒーフロートのバニラアイスのように、甘い花奈の言葉が頭の中でドロドロ溶けて私に混ざっていった。

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