第8話 天使の腹は何色だ。


 県立阿野西高等学校あのにしこうとうがっこう。略して西高。


 学力は中の上。スポーツにはそこそこ力を入れている、まあ、割とどこにでもある公立高校だ。

 何を隠そう俺こと鳥栖貴志トリスタカシが通う高校でもある。


 俺が学力中の上の高校に入れたのはいくつかの格闘技で成績を残したことへの特待制度なわけだがその話は今は関係ないので置いておこう。


 そんな西高の3-B。ここもまた俺の在籍するクラス。特進でもなければスポーツ科でも無い普通クラスに衝撃のニュースが舞い降りた。


「号外!!号外――!!あのスーパーアイドル!現世に舞い降りた天使!!「友仁愛依ユウジンメイが我が校に電撃加入だよー!!」


 騒ぎ立てる新聞部にこれを機に名を売ろうとする放送部。他にも有名人を一目見たいと押し掛ける集まるクラス、学年もバラバラなモブが多数。


「うるせえなぁ~・・・」

「貴志さん逆になんでそんなに落ち着いてられるんでっすか?あの友仁愛依でっすよ??あ、これ焼きそばパンでっす!」

「あのもどのも知らねえがもう聞き飽きたっつの。確かにかわいいとは思うが、そんなにわざわざ騒ぐことかね?あとなんで焼きそばパン?」


 浮かれていた。浮かれ切っていた。誰がと言わず学校全体がだ。

 さながらそれは祭りのごとし。どこもかしこもワッショイワッショイだ。


「それにしても、こんな時期に転校ねえ。アイドル様ともなりゃ忙しんだな。」

「そりゃそうでっすよ!今や押しも押されぬ人気アイドル!あれ??もしかして天使じゃねランキン――」

「朝から4回は聞いたって。それと善好イヨシはその喋り方何とかしろ。「です」なのか「っす」なのか。」

「ごめ、、すいませんっす!これ、焼きそばパンで、っす!」

「だからなんで焼きそばパン?」


 3限終わりの空いた小腹になぜか差し入れられる焼きそばパンを頬張りながら人だかりの中心で相変わらずニコニコと笑顔の友仁を眺める。


「・・・ま、たしかにこうして見てる分には可愛いわな。」

「でしょ!!?ついに貴志さんもメイちゃんの可愛さが分かってきましたか!良かったら僕色々ポスターとか持ってるんでいりますか?あ、あと焼きそばパンでっす!」

「お前は舎弟を無限焼きそばパン出し機か何かと思ってんのか?」


 このままでは俺の自慢の根性直毛が縮れてきそうだ。そんなことを思いながら早くも三個目の焼きそばパンを頬張りつつ終わっていく10分休み。・・・てかコイツどうやって焼きそばパン手に入れてきてんだ??



――キーンコーンカーンコーン・・・


「くぁっ~~~・・・良く寝たぜ。」

「授業が始まって10秒立たずに熟睡とは。さすがでっす貴志さん!」

「漢たるものどんな状況でも睡眠くれえとれねえとな。いつ何があるか分かったもんじゃ――」

「たーかーしーくん?独り言言ってるみたいになっちゃうぞ~?」


 やべっ。なんか普通に会話しちまってるがよくよく考えたら善好コイツは他のやつには見えねんだった。


「まあ俺は人目なんて気にするほどヤワな漢じゃあねえがな。」

「うんっ!人目も気にせず助けてくれた朝はカッコよかった~!」

「ほほう。ついに時代が俺と言う漢のカッコよさに気づき始めてしまったか・・・」


 ニヤリとする俺にざわつき始める教室内。そこかしこで「なんでメイちゃんが鳥栖くんと、、?」「なんだよあの顔、、、やべえって。」「あのが安久間さん以外を助けた??」


 だれだ。一人顔がやばいだの言ってくれたやつは。失礼なことを。


「で?なんか用か?」

「もう~。つれないです~。よかったらメイちゃんまだ友達とかもいないし~、一緒にお昼ご飯食べたいな~って~。いいです??」


 上目づかいで少し恥ずかしそうな顔をしながらこちらを覗きこむ友仁がかわいっ・・・っと。俺としたことが。また朝同様に軟派な考えしちまうとこだったぜ。


「かわいっ。じゃねえ。まあ別にいいけどよ?俺とつるんでても良いことはねえと思うぞ?」

「なんでですか~?」

「自分で言うのもなんだが俺は素行はわりいし愛想もわりい。そもそも愛想振りまいてニコニコすんのは漢として性に合わねえ。おかげでいっぱしの不良扱いだ。だからなんだって話だけどな。」

「そうなんですね~。でもメイちゃんは~自分の目で見てちゃんと決めることができる子なのです!」

 

 えへんっ。とでも言いたげに胸を張る友仁。身長こそユキより小柄だがどうにも一か所だけはユキよりも発達しているように見えるな。


 それにしても。よくここまですべての動作にかわいい要素を取り入れられるもんだ。方向性が違うにしてもそのは見習わねえといけねえかもな。


「かわっ・・・じゃねえ。ジャム子がいいならいいけどよ。」

「わ~い!じゃあじゃあ早くいきましょ!?もうお腹ペコリんで倒れちゃいますよ~!」


「ああ・・・天使が行ってしまう・・・」「なんで鳥栖くんなんだ・・・」「許すまじ・・・この恨み、孫の代まで呪ってくれる、、、!」


 血の涙でも流すんじゃ無いだろうかと思うほど鬼の形相で俺を眺めるクラスメイト。普段俺相手になにも言ってこない連中をここまで殺気立たせるとは。やはり恐るべし友仁愛依。


「このままだと本気で呪われそうだな。」


 声をかけてきた辺りから過呼吸気味に地面でピクピクしている善好をそのままにいつもの昼食場屋上へと移動する俺だった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「は~い!これもおいしいですよ~?」

「お待たせしましたっす!焼きそばパンでっす!」


 そうして昼食。普段ならユキと二人まったりとここで昼食をとる。


 西高は珍しく給食が出る。とは言ってもお盆に乗せて配ってくれるので食べる場所自体は割と自由にできる。さらには給食と言う形式上、量が足りない運動部肉に植えた獣などもやはり発生するわけで。

 学食なども普通の高校と同じように設置されている。


「いや、焼きそばパンはもういらねって。ジャム子も。俺も同じもん食ってんだから自分で食えって・・・」

「失礼しましたっす!すぐコロッケパン買ってくるっす!」

「でも~。メイちゃんはこんなに一杯食べれないのです~。だから食べてくれると嬉しいのです~。はい、あ~ん。」


 コロッケパンを買いに走り去って行く善好と俺の口元へと自分のハンバーグを持ってくる友仁。

「・・・確かに残すのは良くねえな。しかたねえ。こんなシャバいこと普段なら絶対しねえが。あー・・・」

「鼻の下伸びすぎっ。」

「あーんっ!」


 ふがいないシャバさを見せていた俺のわき腹へと突き刺さる抜き手。


「はっ!俺は何を?」

「いつも以上にバカみたいな顔してたわよ。」

「いつもは気合い入れて引き締まった顔してるが。確かに緩んじまってたな。」

「た~君大丈夫ですか~?痛かったですね~?」


 た~君?なんてシャバい響き・・・しかし。悪くない。まるで子供みてえにこうやってヨシヨシされるのも・・・


「ってちげえ!シャバ過ぎんぞ俺!」


 自分の顔に両手で張り手をかまし追加のチョーパン頭突きを地面へとお見舞いする。


 このままでは今まで築き上げてきた俺の漢がこのシャバ味に飲み込まれてしまう!


「わわっ!た~君どうしちゃったんですか~?」

「気にしないで。いつものことよ。」

「ふぅー。・・・危ねえところだった。もう少しでシャバ僧になっちまうところだったぜ。」


 『漢』である前に『男』であるとこんなにも実感させられるとは。まだまだ根性が足りてねえみてえだ。


「だ、大丈夫ですか~?」

「昔っから頭は硬えからな!それにいざって時に頭を使えるようにしとかねえと。」

「でもコンクリートですよ~?」

「大丈夫だって!それに今ので俺の中のシャバ成分もスッキリ追い出せたとこだ!おかげでフワフワと良い気分だぜ。」

「それは脳震盪のうしんとうだから。それと出てるのはその訳分かんない成分じゃなくて血。」

「はははっ。俺がそんなヤワに見えるかユキ?」

「ヤワには見えないけど、安定にバカには見えるわよ?」


 ぬう。なぜだかわからんけどなんとなくいつもより言葉がきつい気がするな?


「も~。危ないことしたらメっ!ですよ~?」

「へっ?」


 少しばかりクラクラする頭を冷やそうかと立ち上がろうとした俺を引き寄せハンカチで傷口を拭ってくれた後――

「ほら。おとなしくしないとですよ~。」


 なぜか膝枕で友仁に受け止められる俺。

 

 まずい!これはシャバ度100だ!せっかく追いだしたシャバ味が戻ってくるどころか溢れかえっちまう!


「だぁーーっ!!シャバ僧退散!去れ!俺の中のシャバ僧よ!!」


 再度屋上のコンクリへのチョーパンの嵐。


 そして五度目当たりのチョーパンで本格的に意識が飛んだのだった。


===================


「あ~あ~。だから大人しくって言ったのに~。」

「・・・いい加減猫被るのやめたら?」

「なんのことですか~??」


 扉を開けようとした瞬間なぜかメイちゃんに膝枕をされた後地面に頭を打ち付ける貴志さんが見えたので少しばかり様子を伺っていたら・・・なんか雰囲気が怖い?


「貴くんはバカなうえに優しいから気づいて無いかもしれないけど。・・・ていうか男子全員か。」

「なに言ってるのか~、メイちゃんにはさっぱりなのです~。」


 いつも通り真顔の安久間先輩と笑顔のメイちゃん。・・・なのに二人ともいつもと雰囲気が違うんですけど・・・


 入るに入れずもう少しタイミングを見計らおうと、とりあえず静かにコロッケパンを握り締める。


「あんた一体何がしたくて貴くんにすり寄ってるの?」

「すり寄ってるなんて言い方が悪いですよ~?メイちゃんは彼とお友達になりたいな~って。」

「アイドルって言うのも大変なのね?友達1人作るためにニコニコぶりっ子努力しないといけないなんて。」

「なんか字と言葉があってない気がしますよ~?それに人に好かれる努力をするのがそんなに悪い事ですか~??誰かさんみたいに何もしなくても守ってもらえるような運が無かったんです~メイちゃんは。」


 それはもう満面の笑みとしか言いようがない表情で視線を合わせる二人。まさに一触即発の空気。そして僕の手のひらの中で静かに熱を失いながら潰れゆくコロッケパン。


 一体なぜこんな空気になったのかも、貴志さんが地面に頭突きをした意味も分からぬままに僕は手のひらに残るぬるいコロッケパンの熱を感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不運な姫とド根性ナイトとアクマさん。 @tamtam2366

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ