第7話 天使と牛乳は等価交換

「おらあっ!」

  

 繰り出すのは上段回し蹴り。頭上から迫るいつものやつ植木鉢を蹴り飛ばす。


「くっ、、このっ!あ、いてえ!!いたたたっ!ちょいタンマ!」


 間髪入れずに襲い来るのは地獄の番犬。三匹のチワワ。その鋭利な歯によるかみつきをギリギリのところで腕で受け止める。


「あぶねえぇっ!」


 トドメの高らかに舞い上がった水溜りのしぶきを一身に受け止める登校風景。いつも通り絶好調だ。


 天気は快晴。晴れ渡る空には雲一つなく暑さを感じる日差しからはすぐ相馬で夏がやってきていることを嫌でも感じられる。


「今日はなかなかハードだったぜ。まさかあんな危険生物まで出てくるとはな。」

「ただのチワワでしょ?でもありがと。びしゃびしゃよ?」

「おう、サンキュ!」


 ユキが差し出してくれるタオルで頭を拭きながらいつも疑問に思うことが頭をよぎる。・・・なんでユキの服とかはこんなに良い匂いがすんだろう?


「邪念退散!!」

「急になにっ!??」


 いかんいかん。なんともシャバいこと考えちまった。何はともあれもう少し濡れた顔を拭いておこう。まだ濡れてるしな。うん。


 ユキのタオルで顔を6往復ほど拭ったあと濡れた「小漢しょうおとこ文字パーカー(春秋用)」から予備の「大漢だいおとこ文字パーカー(夏仕様)」へと着替える。


「やっぱそろそろ夏仕様にしていかねえとあちいな。やっぱ春秋用はそろそろ終わりだな。」

「あたりまえでしょ?もうすぐ夏なんだから。まだ着替えたやつの方がマシなんじゃない?薄そうだし。」

「お、やっぱこっちの方がいいか?春秋用は色味は良いんだがどうにも漢が小さくていけねえや。」

「季節感よりもセンスの方が終わってると思うけどあたしは。そんな事より・・・」


 ユキの視線は俺の背後。先ほど俺と死闘を繰り広げたケルベロスチワワの元へと向かう。

 正確にはその前でヤンキー座りをしている善好イヨシの方へ。


「おらぁ!なに兄貴に上等かましてくれてんだ!ちょっとかわいいからって許されると思うなよ!?」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」


 昨日までは図書委員(仮)をさらけ出していたというのに。今朝目が覚めた時にはなぜか善好が「図書委員(ヤンキー風味)」にフォルムチェンジしていたのだ。


 眉毛辺りまで伸びていた髪の毛をオールバックにしグラサンまでかけている。ズボンのすそが広がり短ランというなんとも絶滅危惧種な見た目であるが・・・


「この熱くなってきた時期に水分の無いカリカリの餌にしてやろうか!?あぁん?」

「ちゃんとエサはあげんだな。」


 そう言いながらどこからともなくドッグフードをおもむろにあげる善好。


「コンクリートじゃ肉球が熱いだろうからちょっと日陰に顔かせや!おぉん?」

「言葉の端々から優しさが滲み出てるわね。で?なんでこんなことになってるの?」

「わかんねえんだよな~。朝起きた時にはああなってたんだよ。」


 なぜあいつがこんなことになっているのかは全くの謎。

 

『僕を・・・いや、おれを兄貴の舎弟にしてください!』

『・・・・・・はぁ?』

 

 朝イチの会話がこれだった。


「わかんないって・・・貴くんが何か言わなきゃこんなことになってないでしょ?」

「ま、あれだよ!男子三日も休むと学校行きづらいてきな!」

「それは男女平等に行きづらいし、まだ刮目する必要も無い程根元から変わっちゃってるじゃない・・・」


 大きなため息とともにうなだれるユキ。かつもくってなんだ?


「お待たせして申し訳ないでっす!あいつら中々しつこくて時間かかりましたっす!」

「楽しそうにボール遊びしてたもんな。それと何から得た情報か知らねえが喋り方おかしいからな?」


 幽霊って着替えとかできんだな。とずり落ちそうになるサングラスを見て思ったりもするがそこは置いておこう。


 問題はやはりなぜこうなったか、だ。

 ヤンキー風?の見た目への路線変更や朝の会話から考えれば俺の影響ということなのかもしれないが・・・


「全く心当たりがねえ。」

「本当に無いの?本当に?ほんとのほんとの本当に?」

「ねえな。そもそも俺に一晩でここまで劇的ビフォーアフターをさせられるほどの話術があると?」

「まあ、無いわよね。バカだもんね・・・貴くん。」


 心底かわいそうなものを見る目をされているがそんなものむしろご褒美。別に俺に変な性癖がある訳じゃないぞ。単純に好きな子に見つめられりゃあ誰だって浮かれるもんだろ?


「ちょっと!離しなさいよ!」

「いいじゃん!ちょっと遊びに行こうって誘っただけだろ?」

「そうそう!絶対楽しいからさ?な?」


 色々疑問の残る和やかな登校中。


 どこからか聞こえる助けを呼ぶ声。と言うかまあよくあるしつこいナンパか何かっぽい人影。あからさまに嫌がる女の子と半ば無理やり手を引く男が2人。


「はぁ、、、。朝っぱらから何やってんだ?」

「ほら。出番よ貴くん?」

「言われるまでもねえや。」


 ナンパを悪い事だとは思わねえ。むしろ声をかけるだけ男らしい行動だろう。


「それでも、嫌がってんのに無理やりは良くねえよな?」

「ああ?」

「だれだてめえ。」


 まさにチンピラの決まり台詞。こうまで型にはまり切って恥ずかしくないのかこいつらは。


「誰だと聞かれりゃ俺の名は鳥栖貴志。通りすがりのコンクリくらいなら素手でぶち抜けるどこにでもいる高校生だ。好きなものはユキの作るハンバーグ。」

「あ、これはご丁寧にどうも。俺は・・・って悠長に自己紹介してる場合か!」

「なんだよ。せっかく人がちゃんと挨拶してやったってのに。さてはあれだな。・・・お前神経質なB型だな?」

「な、なぜそれを!?」


 ふっ。やはりか。俺の洞察力に曇りは無かったようだ。


「まあそうカリカリすんなよ。ほら。牛乳飲むか?」

「ああ、悪いな。一人暮らしを始めてからどうにも栄養バランスが偏ってて・・・」

「わかる。わかるぞ。俺もユキがいなけりゃ毎食プロテインのホエイ割で暮らしてただろうからなあ。ま、お互い体には気を付けようや!それじゃあな!」

「ああ、それじゃ・・・げほっげぇっほ!おま、これ腐ってんじゃねえか!!」

「おっと。常温で3日も耐えらんねえとは。根性ねえ牛乳だぜ。」


 呪われた牛乳でむせ続けるチンピラA とその背中を心配そうにさするチンピラB を眺めながら自分のカバンの中に目をやる。・・・残された牛乳はあと2本。


 うちの学校は珍しく給食が出るタイプの高校なのはありがたいのだがいかんせんおかげで毎食のように牛乳が出る。俺はいらないと言っているのだが係のやつは必ず牛乳を付けてくる。そのせいで鞄の中は常に不良債権で一杯なのだ。不良だけに。


「最近権三郎も牛乳に飽きてきちまったのか飲まねんだよなぁ~」

「貴くん、まだ牛乳苦手だったの?」

「なるほど。不良たるもの出されたものを全部食べずにあえて自分を貫く強さが必要という事ですね。」


 呆れ顔のユキとふむふむ言いながらメモを取る善好イヨシ。そして牛乳塗れの口元で激昂するチンピラA。


「ていうか「それじゃあな」じゃねえんだよ!なにその子と腐った牛乳でトレード成立させようとしてんだ!いじめっ子のカードゲームでももうちょいマシなトレードすんぞ!?」

「おいおい。女の子を物みてえに言うんじゃねえよ。俺なりに穏便に済ませる作戦だったんだがな。しょうがねえか・・・」

「さっきからなにカッコつけてんだごらぁっ!」


 まったく。腐った牛乳ごときでそこまで怒ることじゃ無いだろうに。そもそも食べ物は腐りかけが一番うまいんだぞ?


 そんなことを思いながらチンピラA の大振りの右拳を交わすし――


―ゴツんっ。


 俺の右ストレートがクリーンヒットする。後ろのブロック塀に。


「この街にはこんながあるんだぜ?”触らぬ貴志にたたりなし”ってな。俺、バカだからよ。あんまし喋んのとか得意じゃねんだけど――」

「ひっ・・・」


 砕けたブロック塀の欠片を息で飛ばしながらできる限りのスマイル。これがよく効くと悟ったのは14の頃だったな。


で語り合うってのは大得意なんだ。」


 返答もせず走り去って行くチンピラーズ。その背中を見送りながら狙い通りになったものの少しばかり傷つく。


「・・・別に取って食おうってんじゃねえんだからそこまで逃げなくても。で?大丈夫だったか?」

「ありがとうございます~!お兄さんすっごく強いんですね~!!」

「お、おう。」


 隣りで押し黙っていたナンパされ少女。先ほどまでのだんまりがウソのような満面の笑みと勢いに少しばかり後ずさりしてしまう。


「あ、自己紹介が遅れました~!メイちゃんは――」

「どこかで見たことあると思ったら友仁 愛依ユウジン メイさんじゃないですか!」

「あ、あたしも見たことあるなって思ってたの。」

「知っててくれてるんですか~!」


 誰より一番大きな声が出たのは善好。と言うかおまえそんなデカい声出たのかよと思うほどの声量。ユキも善好ほどでは無いが少しばかり驚いたような顔をしている。


「貴志さん、まさか知らないんですか!?」

「貴くんはテレビとか見ないから。」

「はぁ?知ってるっつうの。はいはい、ユウジンメイね。・・・ジャムとかつけると美味いよな。」

「・・・それは本人を前にして言うには無理があるわよ。」


 なるほど。とりあえず食い物系では無さそうだな。これでだいぶ絞れてきたぞ。

 

「人気急上昇アイドルランキング1位!彼女にしたいアイドルランキング1位!!いい奥さんになりそうなアイドルランキング1位!!!あれ?もしかして天使なんじゃね??ランキング1位!!!!その他にもいろんなところで取り上げられてる大人気のアイドルですよ!!?」

「えへへ。そんなことないですよ~。じゃあ改めて・・・」


 コホンと一つ咳払い。一度俯いた後満面の笑みで顔を上げたかと思うと

 

「今日もあなたにスマイル1発!友仁愛依がただいま参上!そんなに見つめちゃ・・・好きになっちゃうぞ♡」


 ピースを目元に当ててニッコリスマイル。なるほどなるほど。確かにジャムでは食えなさそうだ。


「ふぅー!めいちゃーん!!」

「えへへ。ありがと~!」


 失神するんじゃないかと思うほどに飛び跳ね奇声を上げるヤンキー風味の善好とライブ会場のようにその熱気に応え手を振る友仁愛依。その光景を驚いた様子で見つめるユキ。なんともカオスな状況だ。


「おいおい善好。お前がなんで急にそんなんなったのか知らねえけどいくら何でもシャバすぎ――ん?」


 熱狂する友仁愛依?


「おいジャム子。」

「え~。まさかそれメイちゃんのことですか~??」


 頬を膨らませて上目遣いで俺を見つめる友仁愛依。これが世にいう『男殺しムーブ』なのだろうが俺には効かねえぜ。なにせ俺は『漢』だからな。それが《お仕事ようだとしても》カワうぃいなコイツと思うくらいのものだ。


「それはいったん置いといて。」

「置いとかれるのはメイちゃんちょっといやです~。」

「かわい。じゃねえ。お前・・・この図書委員が見えてんのか?」

「図書委員??」


 わざとらしく指を口元に当てながら考える素振りを見せる友仁。くっ。確かにかわいい。俺にユキと言う心に決めた人がいなければ危なかったかもしれねえぜ。


「・・・貴くん?」

「いてっ!」

 

 こちらもニッコリと微笑むユキに背中をつねられる。同じ笑顔でもこうまで違うとは。女ってのは怖い生きもんだな。


「えっと、友仁さん?」

「ぶぶーっ!メイちゃんのことは「メイちゃん」って呼んでくれなきゃ不正解ですよ~?」

「じゃあ、メイちゃん?」

「はい、なんでしょう~?」

「このオールバックで小躍りしてる変な子が見えてるの?」

「それはもうばっちりと!このおめ目で見えてますよ~!」


 両手で目を大きく開く動きをしながらいまだにこどおどりし続けている善好を目で追いかける友仁。かわいっ。まさかこの子も霊感が?かわいっ。


「・・・た~か~く~ん?」

「いたいいたいっ!いくら俺が気合入ってたって肉は普通に千切れるから!!」


 ガチャガチャの取っ手かと思うほどにねじりまわされ悲鳴をあげる俺の背中肉。

 と言うかそもそも何をそんなに怒ってんだユキは??

 

「ふふっ。二人はとっても仲良しさんなんですね~?」

「そうね。このバカが伸び切った鼻の下を元に戻してくれたらもっと仲良しになれるんだけど。」

「鼻の下が伸びるバカ?そんな珍しい奴がいんのか!?どこだ!??どこにいんだよユキ!」


 大きなため息と共にようやく解放される俺の背中。無事肉はついてるだろうか?


「・・・ま、背中の肉の1つや2つ無くなっても困らねえか。」

「そんなグロテスクなもの人に押し付けないでよ。」

「仲良しさんなのは羨ましいです~。メイちゃんも~仲間にいれてほしいな~なんて。」


 ぱちぱちと拍手をしながら身を寄せてくる友人と突如打ち寄せるユキのローキック。


「いてぇっ!?だからなんだよ!??」

「鏡見てきたら見られるかもよ?「鼻の下が伸びたバカ」が。」

「???」

「はっ!ぼ・・・おれはなにを!?」

「奇妙な小躍りしてたぞ?」


 そしてようやく正気に戻った善好。とにかくこのままでは俺の身がもたない。いくら俺が根性入りまくった鍛え方をしているとは言ってもユキの攻撃力も

 いずれ俺の太ももは限界を迎えてしまうだろう。


「で?結局ジャム子にはこいつが見えてんだよな?」

「またその呼び方~。メイちゃんは不服を訴えます!Say!メイちゃん~!」

「そんなシャバい呼び方出来っかよ・・・」

「あら?してあげたらいいんじゃない?」

「めいちゃ~ん!」

「は~い!」


 そっぽを向いたまま明らかに不機嫌なユキと狂ったように友仁の名前を連呼する善好。ここは地獄かなんかなのか?もう訳が分かんねえ・・・


「うるせえ善好!話が前に進まねえだろうが!」

「はっ!す、すいません。ついテンションが上がってしまって・・・」

「そんな事より、学校遅れるけど?」

「あ~。じゃあこのまま一緒に登校しちゃいましょ~!」

「「「は?」」」

「メイちゃん、今日から西高に通う同級生ですよ~?いわゆる転校生ってやつです~!」


 そういうと友仁は相変わらずのアイドルスマイルでこちらを見つめていた。・・・かわいっ。


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