第6話 根性論
「で?どうよ?なんか思い出せたか?」
「残念ながら・・・」
申し訳なさそうにこちらを見る図書委員(仮)こと
とりあえずあても無いので学校へと一緒に登校し一日かけて校内を見回ってみたもののこれと言った収穫は得られなかった。
「そっか。もしかしたら、知ってる場所を見れば何か思い出すかもとか思ったんだけど・・・」
「すいません・・・」
あたりはすでに日が傾き始めており部活に勤しむ生徒たちも下校を始める頃合い。
「あ、お二人は気になさらず帰ってください!幸か不幸か僕はこの通りなので外で寝た所で体調を崩す心配もありませんし!って、幽霊って寝るんですかね??」
何ともわざとらしくおどけてみせる善好。
そんな彼の様子を見てなんとなくユキと顔を見合わせる。
「お気になさらねえのは無理だろ?こうやって知り合っちまったわけだしよ。」
「ですが、このままで何の手掛かりも無いのにこれ以上お二人に付き合っていただくわけにも・・・それに別になんか困っているわけでもありませんし!」
「じゃあ、とりあえずウチくる?」
「「はっ?」」
ユキの発言に善好と声がハモった。
「いやいやいや!いくら死んでるとはいえ安久間先輩の家にお邪魔するわけには、、、!!」
「そうだぞユキ!男はみんなケダモノなんだってアクマさんも言ってたろ!?こいつだって図書委員の皮を被ったシマウマの可能性も・・・」
「結局草食動物じゃない。誰がキャベツなのよ。それに、善好くんいい子そうだし大丈夫よ。」
こともなげに言い放つユキだが冗談じゃない。俺だってユキの家にお泊りなんてまだ一度もできていないのに!
ていうかそれ以上にアクマさんになんて説明するつもりだよ!!こういうことは俺に大概矛先が向くんだぞ!
「やっぱダメだダメだ!そんなこと認められません!」
「じゃあこのまま放って帰るの?ふ~ん。貴くんてそう言うことする人だったんだ。」
どこからともなく飛んできた特大ホームランであろう白球を三つほど蹴り飛ばす俺の方をジトっとした目でユキが見てくる。
「わかったよ!俺の家に泊りゃいいさ!な?」
「な、何もそこまでしていただかなくたって、、、!本当に大丈夫ですから!」
「お前が良くても俺がよくねえんだよ!家に帰すわけにもいかねえし。だからと言ってここで見捨てて帰るなんて腑抜けたマネできねえ!それとも俺と一晩中手がかり探ししてみるか?」
何とも申し訳なさそうに俯く善好は少しの間悩んだ後ようやく顔を上げた。
「じゃあ、お言葉に甘えて・・・よろしくお願いします。」
「おう!まあ、なんもねえ家だけど気兼ねなく泊まっていってくれや。」
こうしてしばらくの間我が家には居候が増えることとなったのだった。
「・・・で?」
「で?とは?あ、今晩は忘れてましたね。ユキ。俺とけ―――」
「流れで許すわけねえだろうがああ!!」
「がっはっぁあああぁあ!」
いつも通りテーブルを飛び越えリビングの真ん中へと不時着する俺。
そしてその姿を気にも留めず夕飯のサバを箸で器用にほぐすユキと口をあんぐりと開き驚きを隠せない善好。
「何度も言ったよね?ナイトくん。君に姫ちゃんとの登下校を認めてるのは、こうゆう厄介ごとから守る為だって。すぉれなぁのにぃ。なんでその厄介ごとを君が家に泊めて、その上ぼくの家で神聖な姫ちゃんとの夕飯に同席してるのかな??」
ニコニコと笑いながら指をボキボキと鳴らし歩み寄ってくるアクマさん。いかん、やはり予想通りの展開になったか。
「お義父さん。」
「誰がお義父さんだ、誰が。」
「お義父たん。」
「もう一発いっとくかい?」
かわいく言ってもダメか。仕方ない、何とも漢らしくは無いがここは泣き落とし作戦だ。
「・・・俺ね。昔、雨の日に捨て猫を見つけたことがあったんすよ。」
「急に何の回想シーン。」
「俺、まだ子供で・・・かわいそうだなって思ったりはしたんすけど拾ってやることもできなくて・・・その時心に決めたんすよ!もし捨て猫や捨て犬・・・捨て図書委員がいたら今度は必ず見捨てねえって!」
「ナイトくん・・・」
そう。決めたんだ。自分が弱いことを言い訳に何かから逃げることから。
決意を込めて、真っ直ぐとアクマさんを見つめ返す。
「ふっ・・・しょうがないなあ、君は。」
ほんの少し微笑んだアクマさんが俺へと手を差し伸べてくれる。俺は手を取りゆっくり立ち上がり――
「ってなる訳ねえだろうがああ!」
「ぐっふうううっぅぅ!」
見事な一本背負い。俺の完璧な「根性受け身」が無ければ間違いなく昏倒ものだ。
「な、なぜ・・・」
「なぜも何もこの子は捨てられたんじゃなくて死んじゃってるんだよね?そもそもその捨て猫拾ってたよね?駄々こねまくって飼ってたよね??君の家で今もピンピンしてるよね???」
すまねえ権三郎。お前の力を借りても及ばなかったみてえだ。
「はぁ。二人ともご飯冷めちゃうよ。それに、善好くんは貴くんが連れて来たんじゃなくてあたしが無理やり連れてきたの。」
「でも、姫ちゃん・・・幽霊って言うのはね、いい幽霊ばかりじゃなくって――」
「何回も聞いたってば。悪い幽霊もいるんでしょ?でもそういう悪い幽霊は見ればわかるから。片付かないから早く食べてよ?」
鶴の一声ならぬ姫の一声にてようやく食卓に落ち着きが戻る。
まあ、この惨状を初めて見た善好は相変わらずアタフタしているが。
「わかったよ姫ちゃん。でも本当にそういう幽霊は見つけても近づいちゃだめだからね?ナイトくんも。」
「うす。そういう野郎がいたら俺が必ず――」
「うん。必ず、潔く生贄になって姫ちゃんを守るんだよ?」
ふむ。そう言った場合俺がいけにえになることが決定したみたいなので極力近づかないように気を付けよう。
・・・いけにえってなんだったか?
「あの・・・」
「どうしたんだい?えっと、本田くん・・・だったかな?」
「あ、はい。その、お邪魔してしまったみたいで本当にすいません・・・」
「ははは。気にするなら今すぐ出て行っても良いからね?」
「ちょっとパパ。」
アクマさんはユキの事が絡まない限り基本ニコニコと人当たりがいい。
でも優しいのかと言えば、断じてノーだ。
この人がニコニコしているのはそれが一番波風が立たず、関わり合いになることを避けられるから。アクマさんは本当に娘のユキ以外に――興味が無いのだ。
「まあ、君が悪い子じゃ無いのはよくわかった。だからと言って姫ちゃんが関与することを良しとするわけじゃ無い。事情は大方聞いたしかわいそうだとは思うよ?でも、姫ちゃんには関係無い。だから一刻も早く未練を見つけて成仏してくれることを願っているよ。」
ニッコリと。何の感情も入っていない笑顔でアクマさんは善好に笑いかけた。
「・・・いい加減にして、パパ。ごめんね善好くん。」
「いえ・・・おっしゃる通りだと思いますので・・・」
そんな光景を眺め目の前の夕飯を流し込む。
「ごっそうさんです。ほら善好。帰るぞ?」
「あ、はい。」
俯き続ける善好の頭をポンっ。と叩き立ち上がるように促す。
「今日は早いんだね?いつもそれくらい早く帰ってくれると僕は嬉しいんだけどな。」
いつも通りのアクマさんが珍しく一緒に立ち上がったかと思うと玄関まで見送りに来てくれた。
「それじゃあ。」
「・・・ナイトくん?」
「はい?」
家を出る寸前、背中越しに聞こえたアクマさんの声に引き止められる。
「僕はね姫ちゃんを愛している。姫ちゃんは僕の”生”そのものだ。」
「そっすね。俺もユキの事は大好きです。」
「うんうん。当たり前だね。認めはしないけどしょうがない。だってあんなにかわいいんだから。」
いつもの爽やかな笑顔とは別のニヤケ顔。マンションに密かに結成されているという「アクマファンクラブ」の奥様方が見たらさぞガッカリしそうな顔だ。
「だから、僕は姫ちゃんの――幸姫の為なら悪魔にだってなるよ。それだけは、肝に銘じておいてね?」
「・・・うす。」
「それじゃあ、おやすみ。」
扉を閉めて最後のアクマさんの笑顔を思い出す。
「・・・本物みてえ。見たことねえけど。」
「なんのことですか?」
「俺の最大のライバルの話だよ。」
そうして徒歩五秒で我が家に到着。家が隣と言うのは何とも便利なもんだ。
「ここが鳥栖先輩の家ですか?」
「おうよ。親と猫との3人と1匹家族だな。つってもうちの親、おれの事ほったらかしでよく旅行やら出かけるからほとんどいねえけどな!今は「コンビニ行って来る!」って2人で家出た2週間後にピザのシャトー?から写メが来たな。」
「どこのピザの名店ですか・・・ご両親もすごい方たちですね。」
「頭に浮かんだら止まれねえんだよ。おっ、めずらしく出迎えか権三郎!ただいま~。」
家に入るなり足元にすり寄ってきた飼い猫の権三郎。普段はジャレてきてくれないのでとても珍しい。
10年ほど前に拾った黒猫。体つきが他の猫よりも一回り大きく、少しばかりいかつい雰囲気のあるこのあたりのボス猫だそうだ。なにをどうしても治らない頭頂部のピヨピヨと立った逆毛がトレードマークである。
「大きいネコですね。権三郎って名前がよく似合います。」
「だろ?気合の入った面してるしな~。いてっ。最初拾った時もほんとに捨て猫かよってくらいふてぶてしい態度だったんだぜ!いてっ。」
ちなみに俺には全く懐いていない。そんな媚びない態度も根性が入っていてかわいいところなんだが。
「・・・めちゃくちゃ猫パンチされてますよ?」
「気にすんな、いつものことだ!」
一通り俺を殴った後部屋へと戻っていく権三郎の後を追いリビングへと戻る俺たち。
「とりあえず風呂入ってくるからよ!まあ適当にくつろいでてくれ!」
「はい、すいません。」
「おまえはすぐ謝るやつだな。朝はもっと根性あるやつかと思ってたのに。また(仮)にランクダウンだな!」
「ははは、、、。」
ついにツッコミもしなくなってきたか。こいつの表情が晴れないのはやはりアクマさんの言葉が尾を引いているんだろう。
あの人の言葉はオブラートどころか京都銘菓である八つ橋くらいぶ厚めのものでくるまなければ中々最初は飲み込めねえもんな。
「ふぃ~っ。やっぱシャワーは火傷するかどうかのギリギリくらいが気持ちいぜ!・・・入るか?」
「えっと、どうなんでしょう?入る方がいいんですかね?そもそもは入れるんでしょうか?」
「知らん。死んだことねえもんな。」
「確かに。」
ようやく、ほんの少しだが善好の表情が緩んだ。今の今までずっと死んだ魚みたいな目してやがったからな。まあ死んでんだけど。
「それにしてもすごい部屋ですね。」
「そうか?」
「家の中がジムみたいになってますよ?」
「漢たるもの体は鍛えとかねえとな!」
部屋の中には親がいないのをいいことに集めまくった筋トレ器具の数々。何の仕事をしてるか知らないが仕送りだけはかなりの額を送ってくれるためこうして充実した『漢育成キット』を収集できている。ありがたい話だ。
「さて。」
「え?お風呂入ったのに筋トレするんですか?」
「あたりまえだろ?あれは気合い入れるための風呂だ!ひと汗かいたらもう一回入るからいいんだよ。」
おもむろにベンチプレスをふんふんっ!し始めた俺を不思議そうな顔で善好が見つめる。
「・・・鳥栖先輩って」
「貴志でいいぜ。先輩とかいわれっとなんかむずがゆくて仕方ねえ。」
「えっと、じゃあ貴志さんで。貴志さんってもっと怖い人なのかと思ってました。」
「なんだそりゃ?まあ確かに素行は良くねえとは自覚してるけど。頭もわりいしな!」
ベンチプレスをいい感じにふんふんっ!できたので懸垂にメニュー変更。やはり背中で語れるほどに広背筋を鍛えねば。
「なにか格闘技のプロでも目指されてるんですか?」
「別に?」
「でもいろいろな格闘技で成績残してましたよね?」
「ああ、あれは『漢修行』の一つだな。強くなるなら単純に殴り合いしてりゃ強くなるかなってよ!」
「??じゃあなんでそんなに強くなりたいんですか??」
また不思議そうな顔でこちらを見る善好。
「ん~~。ハズイ話だけどよ、俺ってかなりのビビりだったんだよなぁ。虫はこええ、幽霊は怖え、ヤンキーは怖え。」
「貴志さんうちの高校どころかこのあたりのヤンキーの方の代表格みたいな感じですよね?」
「まあそれほどでもあるかな!」
「別に褒めては無いです。」
胸を張る俺を見る善好の目が何ともかわいそうなものを見るものに変わっていく。根性入った漢にはヤンキー成分が多めなので褒められたと思ったのだが??
「だから強くなれりゃあビビりも治るかなって思ってよ!」
「けどそもそも、なんでビビりを治したいと?」
「そんなもん決まってらあ!『根性無しのビビり』より『根性入った漢』のがカッケえだろ?なら好きな子の前ではカッコいい方でいてえじゃねえか!」
「なるほど・・・それで『ナイトくん』なんて呼ばれてるんですね。」
「ま、正確には”ナイト”になれるようにがんばってるとこって感じだけどな!」
このあたりで肩の追い込み終了。いい感じにキレて来てやがるぜ、、!
「まだまだなんですか??もう十分強い気がするんですけど?」
スクワットの上下運動をしながら善好を見る。
「まだまだなんてもんじゃねえさ!惚れた子が世界一かわいい子なんだぞ?なら俺だって世界一の漢になれなきゃ横にはいらんねえだろ!」
「すごいですね、、。なんでそこまで安久間先輩のことが好きなんですか?確かに美人だし、優しいですし――」
「お前、図書委員(仮)で眼鏡までしてんのにバカだな~。」
「いや、メガネは学力のステータスじゃないんで・・・」
スクワットの上下運動のスピードを上げながら衝撃の事実を知った。眼鏡をかけてても、頭は良くないらしい。
「ま、それは置いといて。」
「どれを置いたんですか?」
「何かや誰かを好きだってことにいちいち理由が必要かよ?俺はバカだからわかんねえけど。何かを本気で好きってことは、理由の有る無しにかかわらず自信持っていいことだと思うんだけどな?」
上下運動を続ける俺を目で追いながら善好は何とも間の抜けた表情を見せた。
「と、とりあえずスクワットを一度止めてもらえませんか?目が回ってきました・・・」
「おお。わるい。」
「・・・カッコいいですね、貴志さんって。」
「そうか??」
ようやく善好の顔に灯ったちゃんとした笑顔。
結局何が聞きたかったのかはわからんかったが満足できたのなら何よりだ。
そう思いおれは上下運動に戻るのだった。
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