175 出航準備

 俺達のパーティは以前と変わらない。

 今は冬休み中で授業なし。

 だから朝集合して討伐に出て、夕方帰ってくる。


 ただ討伐の場所がラトレ迷宮ダンジョンの30階層以下主体となった程度だろうか。


「これくらいの難易度でないと身体が鈍るからな」

「お金もたくさん入るしね。この前の旅行で狩った魔物もまだ全部換金していないし」


 前衛2人はこんな感じ。

 しかたないなという顔で随所でフォローしているモリさんも変わらずだ。


 強いて言えばフィンが戦闘に積極的になった事が変化だ。

 連射型特殊弓を使って時には前衛で戦ったりもする。

 更にはそれ以外に独自の強化習得レベリングもしているようだ。


 フィンにその辺について聞いたところこんな答が返ってきた。


「卒業後はあの場所ラ・カザへ行くつもりだからね。それまでに亜神や大賢者は無理でも、せめて賢者にはなっておかないと」


 その辺の希望は理解できる。

 しかし懸念もないではない。


「でもあそこの中へ入ったらこっちで向こうの知識や技術を使うとまずいんだろ。それでもいいのか?」

「うん、それでも知りたいしね。それにその辺の規定も今後は変えていく方針らしいよ。もちろん少しずつだろうけれど」


 モリさんの疑問にフィンはあっさりそう答えた。


「あそこへ行くなら当分会えなくなるな」

「ライバーなら自力で会いにこれるよね」

「それもそうか」


 既に行き方もわかっている現在、障害は全くない。


「僕はそんな訳でラ・カザに行くけれどね。皆は卒業したらどうするの。まだ先の話だけれど」


 フィンにそう聞かれた。

 真っ先にライバーが答える。


「確かにまだ先だよな。でも冒険者をやると思うぜ、俺は」

「それしか出来なさそうだもんね」


 アンジェ、それは事実としても酷くないか?

 そう思ったのだがライバーは真面目な顔で頷いた。


「まあそうだけれどよ。あちこち旅しながら冒険者をするなんてのもいいと思っているんだ。知らない旨い飯や酒を求めてとかな」

「確かにそれも楽しそうだよね。新しい出会いとかあるかもしれないし」


 新しい出会いか。


「新しい出会いと言ってもアンジェ、結構声かけられているよな」

「そうなのか」


 モリさんのそんな台詞に何故かライバーが反応する。


「駄目駄目よ、ここの学校で声かけてくるような連中は。貧乏人ばっかりだし腕前も頭も全然だしね。戦力増強にもなる都合のいい彼女位に思っているのばっかり。

 だから今はこう言って断っているの。『今パーティで組んでいるライバーより強ければ考えてもいいかな』って」


「それでシーリュが絶望的な顔をしていたのかあ」


 アンジェとモリさんの会話を聞いて何だかなと思う。

 とりあえずシーリュ、お疲れ様。

 顔も知らない奴だけれども。

 あとライバー、何故ほっとした表情をしているのだ。


「モリさんは?」

「此処を拠点として冒険者だな」

「あの子達の事で」

「ああ」


 モリさんは頷く。


「私やクーパーがここに入れたのも入れるまで生活できたのも、結局あの辺の年長の奴らのおかげだ。だからせめてあいつらが此処に入れる位までは見てやりたいしな」


 そういえばモリさん、アルストム先輩の質問でもそんな事を言っていたな。

 今でも平日の夜にはあの場所へ行っているし。


「ハンスやミリアはどうするつもりかな。何ならラ・カザに一緒に行かない?」


 それも悪くないとは思う。

 しかし別に考えている事がある。


「それも面白そうだけれどね。私は冒険者をしながらこの大陸をもう少しあちこち歩いてみようと思うの。まだ知らない、見た事のない場所を見てみたいから。

 ライバーと同じ結論と言うのが少しひっかかるけれどね」


 ミリアに先に言われてしまった。

 だから俺は一言だけで済ませる。


「俺もだな」


 故郷の村が襲われるまでは、あの獣人村が俺の世界の全てだった。

 だが普人の冒険者学校に来て俺は普人の社会を知った。

 普人の立場も考え方もわかったし、それはそれで納得できるし理解できるということもわかった。


 ただ普人社会と言っても此処が全てでは無い。

 他の国は体制がまた違うそうだ。

 生活様式も考え方もおそらく違うのだろう。

 その辺をもっと見てみたい、もっと知りたいと思うのだ。


 この大陸だけでもまだ知らない場所ばかり。

 今の俺はその事を知っているから。


 ◇◇◇


 端末が並び、更に大型のスクリーンが3面に広がった部屋。

 2人の男がキーボード付きの端末がある卓上についてスクリーンを見ている。

 イアソンとアルストムだ。


 目線の先に試算結果が表示される。

 イアソンがほう、と感心したように声を漏らした。


「なるほど。アイタリデース号だけなら地球テラまで100年弱か。船団で来た時の10分の1以下だな」

「質量の違いですね。それにこの船はその為に造った船です。地球テラまで高速で往復し、場合によっては惑星表面に着陸して様子を見る。そんな目的に特化した設計ですから」


「この船の新規設計時点で既に考えていた訳か。今度の航海を」

「船長もそのつもりだったんじゃないですか」


 アルストムはそう言ってふっと笑う。


「少なくとも僕はそのつもりで仕様要求を出しました。カイもその辺念頭に置いて設計しています。

 そして今、メディア様も戻って来ました。ここの管理方針も変わります。

 もう船長も陸に縛り付けられている必要は無い。新たな航海に出ていいんです。海に出れない船乗りなんて腐るだけですよ」


 イアソンが微笑して、そして呟くように言う。


「そう言えばアルも船乗りだったな、元は」

「イアソン様とは航海する海が違いましたけれどね。

 この大陸の廻船問屋の穀潰し三男坊ですよ。生まれた時から海が遊び相手で人生でしたから。まさか千年近く海を離れるとは思いませんでしたけれど。

 おかげでそろそろ海や航海が恋しくなってきましたかね。でもそれは船長もでしょう。違いますか」

「そうかもな」


 イアソンが頷くのを確認し、アルストムは続ける。


「地球がどうなっているか心配なら直接見に行けばいい。移民を引き連れてなんて見に行った後に考えればいいんですよ。片道100年、往復200年なんて大した時間じゃない。僕にとっても貴方にとっても」


「そうだな」


「なら善は急げです。出航準備と行きますか。カイやサッチャ、フェールも行きたいと言っていましたからね。残りはメディア様やドーラ様達、ベルグ、キャミやペレスあたりに任せておくとして。フィン君もまもなく来てくれるでしょうし。


 そんな訳でアイタリデース号、任務ミッションナンバー01、地球テラ調査往復。自己チェック、1,000,000からカウントダウン開始」


 アルストムの指示に一瞬遅れて電子音声が応える。


『了解いたしました。任務ミッションナンバー01、自己チェック及びカウントダウンを開始いたします』


 イアソンは少し顔をしかめた。


「強引だな」

「イアソン様以外の関係者は全て了解済みです。それに船乗りなら2週間近くもあれば準備には充分以上でしょう。

 僕ももう待ちくたびれましたからね」


 アルストムは笑顔を崩さず肩だけすくめてみせ、そして付け加える。


「神話に出てくるイアーソーンはかつての航海の日々を夢見ながら、船の残骸に押し潰されて死んだらしいですね。

 海に出れない船乗りの末路なんてそんなものです。そんな死に方なんて御免ですよ。そう思いませんか。

 さあ、久しぶりの航海が待っていますよ、船長」


(FIN)

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