第5話
始めて有紗と一緒に登校して、教室に入った私は何故か取り囲まれていた。
「四月一日さん、髪切ったんだ!似合ってるね!」
「ありがとう」
髪を切るってこういうイベントだっただろうか。
すっかり女子に取り囲まれてしまった私は平静を装いながら外面を使って返事をする。
有紗は全く頼りにならない。
それどころか、邪悪なオーラを纏って集団を睨みつけている。
そんな視線に気づくこともなく、名前もうろ覚えの方々は楽しそうに笑って、携帯を手にしてよくわからないQRコードを見せつけてくる。
私はそんな誘導に従って、それを読み取ることを繰り返し、グループに入れられたりして、目をまわしていると、救世主ともいえる声が掛かった。
「四月一日さん、困ってるでしょ」
眼鏡をして艶ぼくろのある属性盛り盛り委員長が見かねて止めに入ってきてくれた。
「え~、そんなことないよね?」
集団のなかで、一番垢ぬけている女が優しそうな笑みを浮かべて私に問いかける。
「や、人馴れしてなさすぎてビビってる」
率直な感想は場の空気を乱してしまうだろうか?と一瞬過りはしたが何も考えていない脳は自然と口を動かしていた。
「そうよ。野生動物みたいなものなんだから」
「それもどうなんだ」
「確かに動物っぽさあるかも。今度はお菓子持ってくるね~」
「いや、餌付けしようとしないで」
意外に普通と喋れているのは、きっとこの二人がぐいぐいきて話しやすい部類の人間だからだ。
「じゃあ、また後で~」
後があるのか……?
社交辞令だと思いたいその言葉に慄いているとチャイムの音が鳴る。
いつも通り、遅れてやってきたまだ若い担任教師は気だるそうに「ショートホームルームを始めます」と話し出す。
メッセージアプリに大量の友人が追加されていること以外はいつもの日常が訪れた。
隣にはツン、とした表情で外を眺めている有紗。その手には携帯が握られている。
ぽこん。
気の抜けた音が鳴り、携帯のバイブと共に通知が押し寄せてくる。
慌ててマナーモードにして、通知を見ると送り主はさっきのクラスメイトの誰かではなくて、隣に座っているやつだった。
ふしゃーっ、と両手を上げて威嚇する猫のスタンプと悲しそうに泣いている猫のスタンプが交互に、しかも大量に送られてくる。
『?』を浮かべているキャラクターのスタンプを送ると、今度は猫がさらに怒り狂っているスタンプが送られてきた。
『怒ってる?』
『怒ってる』
らしい。
いや、原因は想像つく。つくけど、これは私にはどうしようもないことじゃないか?
私は決して社会不適合者ではない。人並みにコミュニケーションを取ろうとすればできるし、わざわざ人に嫌われる振る舞いをすることもない。
『珍しかっただけだよ』
一応、そう送りはするが既読がつくだけで返信はない。
そのまま返信がないまま、SHRは終わって次が移動教室なことを思い出す。
いつもは一緒に行っていたけど、どうするべきか。そんなことを考えていると頭上から声が掛かった。
「四月一日さん、一緒に行こ~!」
また後で、の意味が分かってくる。
集団ではなくて、さっきの垢ぬけている彼女だけだ。
私は横目で有紗を見るが、相変わらず視線を窓から外そうとしない。
ここで断ったところで、事態は好転するだろうか?
対話をしようとしない彼女に対して何か行動を起こすには、10分という時間はあまりにも短い。
「分かったよ」
だから私は頷いて、席を立ちあがる。
『ごめん』とだけ送って私は彼女と共に教室を出た。
「ねえ、四月一日さんってどうして葉山さんと仲良くなったの?」
教室から出た途端、そんなことを口にされ、どう返事をしようと考える。
いや、まあこう言うしかないんだけど。
「成り行き?」
「あぁ~」
「葉山さんって悪い噂ばっかりだけど、実際どうなの?」
実際、どうだろうか?
あいにくと私にはその悪い噂とやらをほとんど知らない。
「どうなんだろ。少なくとも私はそんな悪い人間には思えないけど」
「そうなんだ。でもなんか怒ってなかった?」
「ああ……、たぶん私が誰かと仲良くしてたから怒ってたんだと思う」
「えっ、彼女なの?」
「いや、彼女ではないが」
驚きの表情でそんなことを言ってくる。
「ビックリした……、付き合ってるのかと……」
「いや、なんでそうなるんだ」
「だって、他の人と仲良くしてて怒るのなんて恋人の習性じゃん!」
「そうなのか?」
「そうだよ!ダメだよ、置いてきちゃ!行って抱きしめてあげないと」
「いや、だから付き合ってないし、そもそも同性だから」
「同性とか関係ないの!恋は衝動なんだから!」
GO、と後ろを指さす彼女に、なんと言おうかと迷う。
「先生には言っとくから!」
「分かったよ」
有無も言わせない、テンションが高い彼女に急かされて、教室へ戻ろうと足を踏み出す。
だが一つ確認したいことを思い出し、足を止めて、後ろを振り返った。
「えっと、その名前わからないんだけど聞いてもいい?」
「ふぇ?あはは、
自ら名前を聞いたのなんて本当に久々だ。
私は少し早足で、教室へ戻った。
教室に戻ると、有紗ともう一人いるのが見える。
誰だろうか、と首を傾げて顔をよく見ると、それは有紗の幼馴染だ。
「あれ?四月一日さんにも逃げられたの?」
それは馬鹿にするようで、聞くだけで不快になるような声色。
有紗は何も返事することなく、窓を見ている。
「ねえ、日曜、店にいること気づいてたでしょ?面白いぐらい不機嫌になって四月一日さんと一緒出てったけどそりゃそんなめんどくさい女と一緒に居たくないよね~」
嫌いなら関わらなければいいのに。
きっと理屈ではないんだろう。
こんな場面、好き好んで見るつもりはない。
私は教室に足を踏み入れ、そのまま二人の間に向かう。
「えっ」と彼女の幼馴染の声が聞こえ、有紗の目がやっと私を見た。
「教室行くぞ」
手を差し出せたらかっこよかったのかもしれないけど、人には限界があるんだ。
少し無言の間が続き、有紗が立ち上がろうとして、止めた。
「いや、そこで拒否るなよ」
「だって……」
「だってじゃなくて」
ほら、と背中を見せると有紗はしぶしぶといった風に立ち上がる。
有紗の幼馴染に冷ややかな視線を向けて、教室を二人して出ると後ろから声が聞こえてきた。
「今だけだから!」
それは有紗に向けられた言葉で、有紗は私の袖を掴んで後ろを振り返ると下まぶたを引き下げ、下を出すとあっかんべーをする。
そして鼻を鳴らすとそのまま歩き出した。
君を殺すまでの物語 森野 のら @nurk
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