第3話 銀乃輻
真昼の三日月を指差して、そっと秘密を
姉によれば、三日月に腰掛けた者は皆、お尻から頭にかけて真っ二つに裂けてしまうという。でも、魔術で玉座に変える事が出来るものなら、望みとやらを何でも叶えられるとか。
蛾に変身した姉が、その三日月に出向いたとようやく知り得たのは元に戻った姉の言による。月の砂にまみれた姉から深海のような冷気が伝わり、出迎えた僕を
三日月と取り違えて、半月刀に舞い降りたから
こうした身体変化を伴い、ますます空へ近くなる姉を心配していたところに夏暮との密約を都合良く思い出した僕は姉とともに、彼が前後不覚に先導する広場へと出かけた。途中、姉の怖がる黄金林を抜けた。飛び立たぬようにしっかりと姉を引き寄せていると、先を行く夏暮が転んだ……。その先は開けていた。舞台だけ残された劇場跡だったが、やはり姉はこちらの方が落ち着くらしい。僕を突き放して駈けていく。夏暮を踏んでいく……。
崩れかけた跡に、夏暮のいう旅の一座が揃えたものらしい装置が種々と積まれていて、そこに人が進み出ると、姉も駈け寄る。
「座長だぜ、あれ」
ヒソヒソ。うそぶく夏暮を助け起こして姉の後を追う。人形たる彼に重さはなく、重力と決別しているらしい。彼の球体関節から極細な糸が相変わらず天へ伸びていたものだから……その糸が僕の顔に触れるので気になって仕方ない。ハサミハサミ……。
猫の姿をしていた座長は猫的な前口上を述べていたが、無邪気な姉に頭を叩かれてそそくさと引っ込んでしまった。間もなく上演されるのだろうが、観客には人の姿がなく、猫だらけの集会場であった。猫的に賑やかである。手近にいた猫客を夏暮が足でどかし僕らはそこに陣取った。椅子はなく地面に座るだけだ。
ほどなくベルが打ち鳴らされた。穴だらけの屋根が音で震える。今にも落ちてきそうだ。円形状の舞台は人が乗るには小さく、枯れた噴水に屋根をつけたような造り。
――開幕した。
「なんという名の劇団かい」
僕は観劇の
「お前の大好きな姉さんに聞けよ、邪魔しないでくれ」
良い場面なんだよと早口に付け加えて、おかしな姿勢を保つ猫役者を見詰める彼は真剣であったろう。そのガラスの目玉が体内に反転していなければ、もっと真剣味を感じられたのだが。無論、姉のせいではない。
眼球の裏側を露出する友人人形に砂を投げて抗議……また硬直しているようだ。僕は小鳥めいた舌打ちをひとつふたつしてやってから姉を振り向くと、彼女はラジオを手にしていた。気まぐれのラジオを内緒で持ち込んだらしい姉をゆるく睨みつけて、それを
いつしか観劇の沈黙が天回広場に張りつめていた。無音沈黙は、しかし俳優の鼓動を無音に引き立てるため、無音沈黙ではなかった。猫観客らは無音のうちに避雷針のような細さとなり、夏暮は生命線によって天上へと引っ張り上げられて宙に浮いたままとなっているではないか。この場の緊張は、危うい遠近法のようにひしゃげそうであり、まさにここは劇場と化した。息をしているのは、部外者となってしまった僕と姉だけだ。
そうして、ラジオの奴は禁忌を破る。「ギンギル・ギンギル」がなりたてる声に劇場の遠近法的無音が一散された。これは秘密の工房で夢を
猫役者は各々衣装を投げ捨て、観劇者どもも押し寄せた時間と生活音の
僕は身を縮かめて、懸命に姉の右腕を胸に引き寄せた。蛾に変身してしまうと思ったからだが、恐がっている僕を、姉は優しげに
「姉さんの言う事は、いつも正しいね」
――僕も笑った。やや、ぎこちなかったけれども。
僕ら姉弟は腕を
『アドゥレッセンスになだれ込もう』と――。
おわり
アドゥレッセンス僕 @alfirjg7k4ht
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