第7話 のぼれhoge

 ペットの名前をハックしてバッファオーバーフロー攻撃を仕掛けてみたら……


「こいつはやべえな」


 卵売りの少年の肩に乗っていた小動物とはかけ離れた、大型の熊の化け物であった。ふたつの頭を持つ魔熊まゆうである。


「ジャーレッド。お前と一緒に町を歩くことはできん。戦闘ともなれば頼もしいが……。すまんが、この森でおとなしくしていてくれ」


 双頭の魔熊まゆうのジャーレッドは挨拶なのか鼻先をこすりつけると、聞き分け良く森の奥へと消えていった。



§



「ありゃあ、こんな序盤の町で買った安物の卵から出てくるようなペットじゃねえよな……。種族とかパラメータとかいじったからだろうけど、災害級のやつだぞきっと」


 森から町にもどってくると道端の切り株に腰かけて休憩する。袈裟懸けさがけにしていた頭陀袋ずだぶくろを下ろし中をチェックする。

 所持金はセステルティウス銅貨が4枚とアス銅貨7枚。今日の宿代ぐらいは問題ない。あとは4次元ポケット的に詰まっているたくさんのガラクタ。アイテム増殖で作り出したものだが、なかなか有用なアイテムを探し出せない。総当たりで地味に試していくしかないだろう。


 ゲームのバグ解説動画みたいなのは簡潔に説明するために手際よく解説を進めているが、ああいうのの裏にはずっと長い時間をかけた地味な調査がある。ハッキングなんていうとIT音痴のテレビマンやらが妄想するハッカーがドラマでパソコンをカタカタやってなんでもかんでも出来てしまう感じに描かれたりするが、ハッキングは魔法じゃない。


 そこにはコンピュータプログラムの仕組みがあり、そしてその仕組みに想定外の穴があり、その穴をうまく突くといろいろな現象が起こるわけだが、あくまでもコンピュータプログラムの仕組みの上の話だから、仕組み上やれることには限界がある。


 転生時の名前入力欄ではSQLインジェクションが成功したが、頭陀袋ずだぶくろの名前入力や、卵の命名ではそれが出来なかった。それぞれの入力欄の作りが違うからだ。ハッキングの実態は町を巡回してカギのかかってないドアを探すようなものだ。地味に弱いところを探しまわる必要がある。


「そういえば」


 地味に弱いところを探し回っていたのだった。冒険者ギルドの依頼の張り紙。クロスサイトスクリプティング(XSS)攻撃で任意のJavaScriptを実行できる。これは突破口になりそうだ。ブラウザの中のサンドボックス(プログラムを限定した範囲で動かすことでセキュリティを保つ仕組み)の中だけではあるが、そこで自由にコードを書けるなら、サーバーの向こう側にも手を伸ばせるかもしれない。


 依頼用紙に表示されたHTMLからサーバーの構成のヒントになる情報を拾い集めていく。紙の上のコードに没頭していると、子供が駆け抜けていって……


「おい! 俺のだ! それは!」


 やられた! 置き引きだ!



§



 置き引きのガキは路地へと駆けていく。


「待ちやがれ!」

「待てと言われてっ! 待つ奴はいねーよっ!」


 クソガキが! 中央の教会のある丘の方へと逃げていく。


「こっちだよーだ! 上ってこい、ハゲ!」

禿はげてねえよ!」


 丘へと登る階段を駆け上がり逃げていく。くそっ。すばしっこい!


「がんばれ! ハゲ! はははっ!」

「のぼれのぼれ! ハゲ!」


 騒ぎを見ていたギャラリーの子供らまでハゲハゲと囃し立てる。こいつら絶対に卵屋のクソガキの仲間だろ!? 俺の名前は hoge だッ!!


 丘の上にのぼったところで最後の力を振り絞ってダッシュ! 捕まえた!


「離せこのハゲ!」


 クソガキも必死で抵抗してくる。蹴ったり叩いたりしてくるがこっちのHPはチートな数字なのでびくともしないぞ!


「ちくしょう!」


 クソガキは腰のナイフを抜いて突き立てる。やりやがった! しかし、刃物で刺したぐらいで俺が死ぬと思ったか!


「なんだこいつ!?」



 刺しても手応えのないことに少年は動揺する。しかし、そのときもっとヤバいものが迫っていた。


 ―― グオォォォォォ! ――


 四つ足でいてさえ人の背丈を超える、巨大な双頭の魔熊まゆうである。


「熊だ!」

「でかいぞ!」


 騒ぎを聞きつけ、教会の方から人が大勢やってくる。手に武器を携えているがそんなものが魔熊まゆうに効くだろうか? 魔熊まゆうを囲う町の人達。その表情には決死の覚悟がうかがえる。


「こいつは返してもらうぜ。クソガキ!」


 膨大なHPでごり押しして、置き引きのクソガキをのすと、盗られた頭陀袋ずだぶくろを奪い返す。巨大な双頭の魔熊まゆうに場は混乱していた。もはや置き引きどころではない。そいつ俺のペットのジャーレッドです、なんてとても言えるものではない。ここは混乱に乗じて逃げよう!


「エリシャ、逃げるぞ!」


 振り返るとボコボコにしてやった置き引きのクソガキが仲間に抱えられて逃げ出そうとしているところだった。あいつエリシャっていうのか。そんなことガキの名前はどうでもいい。俺も逃げるぜ!


 町はずれの森に向かって駆け出す俺。その俺をおいかけるジャーレッド。俺が逃げた方向には例のクソガキとその仲間たちがいた。文句のひとつも言いたかったが、かまってる状況でもなく俺はガキ共の間をすり抜けて森に向かう。ジャーレッドも俺を追ってガキ供らの集団の真ん中を走り抜ける。ガキ共の阿鼻叫喚の声が聞こえてくるぜ……。まあ、これに懲りたら盗みなんてやめるんだな。


 傍から見ると運の悪い俺が魔熊まゆうにタゲられて追いかけられているように見えただろう……。こうして俺は森へと駆けこんだ。


 そのころ丘の上、ベテル教会の広場では魔熊まゆうの討伐隊が組織され始めていた。



§



「ジャーレッド。森でおとなしくしてろって言っただろ……。え? 戦闘になったから助けに駆け付けたって? まあ助かったよ。しかし町にはもう戻れんなあ。熊に襲われてそのまま帰らぬ人となったってことにして失踪するか」


 熊に襲われたけど無事でしたって戻るのもあまりにバツが悪かった。なんせこの熊は俺のペットなわけで。日は傾き始め、薄暗くなってきている。町の方では松明たいまつをもった一団がこちらに向かってきていた。


「ジャーレッドを探しているんだな。魔熊まゆう退治の緊急クエスト発生ってところか……。ジャーレッド、見つからないうちに逃げるぞ」


 熊の背にまたがり、俺は次の町へと向かった。




§


列王記第二2章23節


エリシャはそこからベテルへ上って行った。彼が道を上って行くと、この町から小さい子どもたちが出て来て、彼をからかって、「上って来い、はげ頭。上って来い、はげ頭」と言ったので、彼は振り向いて、彼らをにらみ、神の名によって彼らをのろった。すると、森の中から二頭の雌熊が出て来て、彼らのうち、四十二人の子どもをかき裂いた。




----------


 双頭の魔熊まゆうジャーレッドが誕生しました。


 旧約聖書の列王記のハゲの節は聖書の実在の記述なので調べてみると面白いと思います。神学は詳しくないので参考にしたサイトを挙げるにとどめます。


http://blog.livedoor.jp/yokoya2000/archives/903441.html

http://blog.mesaki.link/%E8%81%96%E6%9B%B8%E3%81%AE%E3%83%8F%E3%82%B2%E3%82%92%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%8B%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%82%AD%E3%83%AC%E3%81%9F%E4%BA%BA%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E8%80%83%E3%81%88/

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界で名前をhoge');INSERT INTO role (name,role) VALUES ('hoge','god');--にしたら神になれた 七瀬 @nanase_yuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ