第3話

—————あれは、ある晴れた日のことだった。


 その日僕は、朝からルンルンだった。何日も前からずっと今日を心待ちにしていた。というのも、前の学校の友達の家に遊びに行くことになったのだ。そしてこれは、僕にとって初めての経験だった。


両親の仕事の都合で引っ越しが多かった僕は、友達が欲しくてもそれまでなかなかできなかった。でも、明るく活発なリョウタくんとは、すぐ友達になれた。




「キヨシくん、一緒に外で遊ぼう?」


大勢のクラスメイトを引き連れて、彼は声をかけてくれた。転校初日の昼休みのことだった。

「うん!」

誘ってもらえたことが嬉しくて、僕の返事は弾んだ。


「今日は何するー?」

「いつものやつにしようぜ」

それで話がまとまったらしく、みんな隣の人とじゃんけんし始めた。


「最初はグー」

いきなり隣から声がして、グーの手を差し出された。慌ててグーの手を出す。

「じゃんけん、ぽん」

僕はパーを出して負けた。

「やった!僕の勝ち!」

無邪気にそう笑った彼は、一部がぴょんとはねた前髪が印象的な、おぼっちゃまっぽい男の子だった。のちにわかったことだが、ハルくんという子で、クラスのみんなからも両親からも愛されていた。


「勝った人こっちねー」

リョウタくんの呼びかけで、二つのチームに分かれる。

「じゃあ試合開始!」


僕はリョウタくんとハルくんと同じチームだった。勝負は互角に進み、後半にさしかかった。前半で当てられた僕は、ハルくんや他の子たちとともに外野にいた。


ボスッ!

内野にいるリョウタくんがみごとボールをキャッチし、外野にパスしようとした。


「リョウタくん!こっち!」

しまった。ハルくんと同時に叫んでしまった。転校したての頃はパスが回ってこないことはわかりきっている。それでも参加したくて毎回声を上げてしまうのだが、大抵元々いる子に負ける。

どうせ今回もそうなるだろうと、伸ばした手を下ろしかけたが———


「キヨシくん、パス!」

その声とともにボールが僕の方へ飛んできて、慌てて手を伸ばす。

「——あっ」

危なかった。もう少し遅かったら確実に落としていただろうから、取れてほっとした。

でも僕にとってはそんなことは正直どうでも良くて、僕にパスを回してくれたことが、ただ純粋に、すごく嬉しかった。


しかしこの重要な局面で笑ってはいけないと、唇をかみしめて笑みをこらえ、ボールを敵チームの内野に投げた。ドッジボールは得意ではなかったが、その時は運良く当てることができた。

スキップ気味で味方チームの内野に戻ると、リョウタくんがハイタッチしてきてくれた。そのことも嬉しくて、さっきの喜びも一緒に満面の笑みに変わった。





「次は〇〇駅ー〇〇駅ー」


次だ!

嬉しくて思わず笑みがこぼれる。開いたもののそわそわして読めなかった本を、いそいそとリュックにしまう。

足取りも軽く電車を降り、改札に向かう。そこにはみんなが迎えにきてくれているはずだ。どうしよう、みんな変わらず接してくれるかな?久しぶりで緊張するなぁ。


「お、おはよう!」

僕が改札を出てもみんなは気づかなかったので、僕から声をかけた。


「おー!久しぶり!キヨシくん」

「久しぶり!」

「元気だったー?」

一斉に話しかけられて返事に困った。あたふたしていると、リョウタくんが

「行こうぜー」

と言ったので、僕の返事を待たずにみんなは歩き出した。


まもなくリョウタくんの家の近くの公園に着いた。リョウタくんがボールを持っていたので薄々感づいていたが、やはりドッジボールをするようだ。

じゃんけんをし、二チームに分かれる。僕はリョウタくん、ハルくんと同じチームになった。そして試合は後半に差し掛かった。前半で当てられた僕は、ハルくんや他の子たちとともに外野にいた。


ボスッ!

内野のリョウタくんが見事ボールをキャッチし、外野にパスしようとした。


「リョウタくん!こっち!」

ハルくんと同時に叫んだが、僕は手を下ろさなかった。パスが回ってくる自信があったからだ。


「ハル!パス!」


しかし、僕にパスは回ってこなかった。ボールを受け取ったハルくんが一瞬僕を見る。申し訳なさそうなその顔に、僕は無理して笑ってみせた。

そんな僕の顔を見て安心したのか、ハルくんは微笑んで向き直り、ボールを投げた。



そのあとのことは、よく覚えていない。ただ、そのあともパスが一度も回ってこなかったことだけが、強く印象に残った—————






「あなたの名前は?」

僕に話しかける声で、今に引き戻される。

「…キヨシ」

答えた声は、自分でも驚くほど小さかった。


「キヨシか…ちょっと呼びづらいなぁ」

ニコが何やらブツブツ呟き始めた。

「…キヨシ、キヨ、キヨキヨ、キョ…」

「ニコ?」

アランが不思議そうに話しかける。

「キョンキョン!これがいい!」


名案だ!とでも言うように喜ぶニコを横目に見る。僕は正直、この女みたいなあだ名がすごく嫌だった。

無駄に可愛い見た目をしているせいで、僕は可愛い、女の子みたいとよく言われ、そのことを気にしていたからだ。


「どう、キョンキョン?気に入った?」

「……」


文句の一つも言ってやりたかったけれど、すごく嬉しそうなニコを目の前にして、何も言えなかった。

でも、かといって、気に入ったとも言わなかったのは、僕としてはせめてもの抵抗だった。


そんな僕の葛藤など露知らず、二人は僕に背を向けて歩き出した。僕は気持ちを落ち着かせようと深呼吸しながら、遠ざかる二人の背中をぼーっと眺めていた。


さあ、もうそろそろ帰らなくちゃ。


「一緒に行こうよ!」

僕が着いてきていないことに気づいたニコが、突然後ろを振り返って言った。


「行かない」

「なんで?」


「もう帰るから」

そう宣言して、僕はさっさと歩き出した。


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