第2話
飛ばされる前となにも変わらない、全く同じ森——な気がするのは僕の勘違いなのだろうか。きっとそうだろう。同じだと思いたいのだ、僕自身が。だが、まわりの木々の色が明らかに違っていた。
葉っぱが、うすいピンクやみずいろをしていた。葉っぱといっても、ふわふわのかたまりみたいなもので、なんとも言えない素敵な匂いがした。
興味津々で見つめていると、
「とっても美味しいわよ」
突然おばあさんが後ろを振り返って言った。
背中に目でもついてるのか?などと思いながら、近くの木に手を伸ばしてみる。
「あ…」美味しい。
素直にそう思った。ほんのり甘く、でも甘いだけじゃない、りんごとももとぶどうを混ぜたような味。それでいて最後に、ほのかなレモンの香りが鼻をすりぬけていく。口の中で一瞬で消えたそれは、わずかな余韻も残さなかった。もう一口食べたいと思ったが、おばあさんを見失いそうだったので、諦めて走り出した。
「さぁ、着きましたよ」
そこは小さな村のようだった。うすいオレンジいろの空にみずいろの月が浮かび、エメラルドグリーンの川が流れ、あたり一面きいろい花で覆われていた。
息をのむような美しさだった。この世のものとは思えなかった。しかしそのすぐあとに、言いようのない不安が僕を襲った。すごく遠くまで来てしまった、わかっていることはそれだけだった。
「かえして!僕をもとの場所へかえして!」
思わず叫んだが、
「しーっ!」
おばあさんから返ってきたのはそんな言葉だった。
「そうじゃなくて…!」
苛立ちを隠さずに叫ぶ。噛みつくような勢いでおばあさんに突っかかったが、スッと避けられた。〈これぞ短距離瞬間移動!〉…なんて感心してる場合じゃない。
「耳をすましてごらん?」
さらに言葉を吐こうと思っていたが、急に声が出なくなった。のどの奥に蓋をされたみたいだ。口を開けたまま固まっていると、いやが上にも耳をすますことになった。
「キラキラキラ…」
「シャラシャラシャラ…」
そんな音があちこちで聞こえた。そして目の前に現れたのは————
はぁ?
心の中で漏れたのはそんな声だった。
あれは……僕と同じくらいの身長だけど、背中に羽があって、その体の周りをキラキラの粉が舞っている、あれは俗に言う……妖精か?いやいや、いやいやいやいや。自分の考えを自分で否定する。
ありえない、妖精なんかいるわけない。でもじゃああれは?あれはなんなんだ。
「あれはフェポックルだよ。妖精だと思ったかい?」
聞いてもいないのに答えが返ってきた。
こいつ気味悪い。
「あらあら、口の悪い子だねぇ」
おばあさんは僕の心が読めるようだった。
「はろー?」
声がした方を振り向くと、妖精、いや、フェポックルの女の子がいた。ショートボブがよく似合う、快活そうな子だった。
「は、はろー?」
突然声をかけられた上に英語だったので、どぎまぎしながら答える。
すると、おばあさんが堪えかねたように笑い出した。
「ニコ、この子は日本人だよ」
ニコはふっと頬を緩め、
「なぁーんだ!」
と拍子抜けしたように笑った。
なんだか日本人であることを馬鹿にされたように感じた僕は、顔をしかめて口をつぐんだ。
「あら、誤解しちゃだめよ、彼女に悪気はないんだから」
当の彼女はなぜ僕がムッとしているのかわからないらしく、
「外の世界では英語を使っている人が多いんじゃなかったの?」
とおばあさんに聞いた。
「たしかにそうよ。でも、そうじゃない人たちもいるの」
「ふーん」
聞いたくせに興味なさげな返事だなと呆れた。
「ニコ!」
今度はまた別の方向から声がした。その方を向いたニコは途端に笑顔になり、
「アラン!」
と呼びかけに応えた。
二人はそれぞれ片手を出して手のひらを合わせ、そのまま高く上げて下ろしながら、うやうやしくお辞儀をした。
「元気だった?」
「うん!もちろん!」
この挨拶するの久しぶりだねと、くすぐったそうにニコは笑った。
その後も二人は楽しそうに話し続ける。その会話の内容から察するに、彼女はどこか遠くへ行っていて、ちょうど帰ってきたところらしかった。
「あっちではどんな遊びをしてたの?」
「えっとね…」
二人の楽しそうな会話をどこか引いた目で眺めながら、僕の意識は記憶へと移っていった。
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