天才トビー様の人間(の弁当)狩り講座

たもたも

 天才トビー様の人間(の弁当)狩り講座

 燦々と照り付ける太陽の光を吸収し、青々しく芽吹く芝生。ゴルフ場のように点在する木々、その上をかっこよく舞う一匹のとび


 そのとびは俺、天才のトビー様だ。人間はよく「トンビ」と言ってくるが、正式名称はとびだ。翼の茶から白へとナチュラルに移り変わる感じ、たまらないだろう? 


 俺は今年で二十歳になるが、今も現役バリバリで狩りをしている。秋葉原がまだ電気街だった頃に、街頭展示のテレビで身に着けた人間の知識を利用しているからだな。流石天才、トビー様ってわけよ。


 今、俺の眼窩がんかには人間の子供の群れが走り回っている。こいつらは毎年蛙が現れ始める頃にやってくる。別に食料を探すわけでもないのに、何がしたくてこんな山奥に来るんだろうか。まったく、暇な奴らだ。羨ましいぜ。


 ……え? じゃあ俺は何でこんな山奥を飛んでいるのかって? 


 そりゃあもちろん、人間の弁当を拝借するためさ。他の猛禽類もうきんるいは狐とかを食べるが、俺達は小動物とか生ごみを食べる。


 格好悪いとは言わないでくれ。……庶民派なんだよ。


 ま、そういうわけで俺は人間の弁当をいただく。「いただく」と言っても、奪うわけじゃあねぇ。上空を美しく旋回せんかいして、そのパフォーマンス代としてちょっとだけもらうのさ。ギブアンドテイクってやつだな。


 ターゲットは……いたぜ。あの木陰で涼んでいるやつだ。何やら二人で話しているようだな。


 弁当の中身は……っと、ハンバーグじゃねぇか!! あのジューシーさは自然の食い物じゃあ出せねぇ。


 そりゃあ、業火に包まれた牛と豚がぶつかり合って、その上を突然変異の空飛ぶ鶏が卵を産み落とし、鳩がパンの食いカスをぽろぽろとこぼせば出来るのかも知れねぇが、俺は食べたくないな。



 群れている奴らを狙うと危険だから、なるべくはぐれている奴を狙うのがセオリーだ。


 行くぜ、風に乗った見事な旋回!


 ……。


 …………。


 ………………あれ? こっち見てなくない? 友達みたいなやつとの話に夢中になってない?


 仕方がねぇ。鳴いてやるか。


「ピーヒョロヒョロヒョロ! ピーヒョロヒョロヒョロ!!」


 ……。


 …………。


 ………………見ないね、こっち。


 チクショウ! こうなりゃ強行手段でい!! 何がギブアンドテイクだ。この世は弱肉強食なんだよォ!


 羽を閉じて急降下。このまま弁当めがけて突撃することもできるが、流石にそこまで狂っちゃいねぇ。もしも怪我させちまったら人間が寄り付かなくなっちゃうからな。


 とりあえず、ターゲットが涼んでいる木の近くの枝に着地。他のことに気を取られている隙を見計らって、ちょいといただくとしよう。


 ここまで近づくと、人間の話し声も耳に入ってきた。


「もうすぐケイドロの時間だね。海里かいりも早く食べないと間に合わないよ?」

「……僕はいいよ。ここで涼んでるから」


 なんだコイツ、やけに消極的だな。子供なんだからもっとはしゃげよ。


「ケイドロしないの?」

「うん。だって僕……走るの好きじゃないからさ。ここでのんびりお昼寝でもしてるよ」 

「そっか。……じゃあ、気が向いたら海里も一緒にしようぜ!」

「……うん」


 ターゲットじゃない方の人間の子供は、群れの方へと走って行った。これはチャンス。一人の方が盗みやすいんだ。


「はあ……。僕も、空を飛べたらなぁ」


 奪う準備として、体勢を整えている途中でターゲットの「海里かいり」はそんな独り言を呟いた。なんてことない一言だったけど、一人で喋るなんて思ってもいなかったから、俺は枝を強く踏みすぎちまったんだ。


 パキッというものすごく小さな音が鳴り、海里はこちらを向いた。


「うわぁっ! トンビだ!!」


 手に持っていた弁当を背中の後ろに隠す。俺達が弁当ハンターだという情報は、人間界では周知の事実なのだろう。


「ピーヒョロヒョロヒョロ(俺は怪しいもんじゃあねぇ。弁当の中身をちょっとばかりいただきたいだけだ)」


 人間の言葉はある程度理解できるが、喋れるわけじゃあない。喉の作り的にもそうだし、テレビでやっていた言語講座は、どれも俺の知っている人間が話している言葉とはかけ離れていたからな。多分人間にも種類があって、話す言葉が違うんだろう。


「襲わないの……?」


 怯えた目でこっちを見つめてくる。襲わねぇよ。俺が欲しいのはいつだって弁当の中身だけだ。


 俺の思いが伝わったのか、海里かいりは警戒を少しだけ解いて、俺の方に体ごと向いた。ただ、手は弁当を片付ける方に動いているのが気に食わないが。


 海里かいりは弁当に蓋をして、三角座りをしながら手は後ろで体を支えている形でくつろいでいる。その状態で俺に話しかけてきた。


「いいなぁ、君は。空を自由に飛べて」


 そうか? 俺からしたら走ったり泳いだり、果てには馬鹿でかい機械に乗って空を飛ぶ人間の方が羨ましいけどな。


「僕はさ、足が遅いんだ。とびっきり遅い。五十メートル走のタイムも普通に女子に負けるし、運動会の徒競走だって毎年ビリだよ。ケイドロだって、僕がいたら絶対に迷惑かけちゃうよ」


 どこか悲しそうな眼をして、自分語りをつらつらと繋げていく。何でこんなことで悩んでいるのか。群れない俺にはいまいち理解しかねる。俺の最優先事項は弁当の中身をいただくこと。それは分かっているはずなのに、口から言葉が漏れる。


「ピーヒョロヒョロヒョロ! (そんなこと気にしなくていいだろ。相手に迷惑をかけるとかかけねぇとか、何で他人視点で判断基準定めてんだよ。お前がやりたいかどうか、それだけに集中しろ!)」


 あれ? 何で人生相談してるんだ? コイツには俺の言ってることなんて伝わらないのに。


 思いがけない自分の行動に首を傾げていると、遠くから人間の大人が駆け寄ってくるのが見えた。


「おーい、海里かいり。もうすぐケイドロ始まるぞー」

「……僕はここで休んでます」

「どうしたんだよ。……ん? たかじゃないか!」


 とびだよ。


「弁当の中身盗まれたのか?」


 大人の質問に対し、海里は首を横に振った。


「そうか、そりゃよかった。たかは死骸とかを平気で食べるからな。品がないんだよ」

「ピーヒョロヒョロヒョロ! (だからとびだっつってんだろ! お前にだけは品が無いとか言われたくねぇ! 大人なんだからたかとびの違いくらい知っとけや!)」


 怒りを込めた抗議の一鳴きだったのだが、大人は「自然っていいねぇ」とか呑気な事を言ってやがる。


 コイツ……!


「先生はね、大学で心理学を学んでいたんだ。だからたかの言っていることもわかるんだよ」

「本当?」

「ピーヒョロ(嘘だよ)」

「今は『まさか……! 俺の言っていることが分かるのか!?』って言っていたね」


 全然違う。むしろ、本当に分かってるんじゃないのかと疑いたくなるくらい正反対だ。


「すごい……すごいです先生!」

「だろう?」


 人間の子供って何でこんなに単純なんだろうな。野生を経験していないからか? 


 いや、こんなことを考えてる場合じゃねぇ。俺は弁当の中身、ひいてはハンバーグをゲットするのが目的だ。どうにかして弁当の蓋を開けさせないと……。


「海里、何でケイドロをしたくないんだい? 一年生の頃は楽しそうにみんなと遊んでいたじゃないか」

「だって……僕は足が遅いから、皆に迷惑をかけちゃうんです。足が遅いと、警察でも泥棒でも、邪魔なだけじゃないですか」


 ヨシ、威嚇いかく作戦で行こう。なんだか弁当を食ベる雰囲気じゃないから、このまま待っていてもハンバーグにはありつけない。それなら、ビビらせて逃げたところでゆっくりと弁当の蓋をこじ開ければ食える!


「ピーヒョロヒョロヒョロ!!!(俺にハンバーグをよこせえええぇぇええ!!!)」

「うわああああ!!」


 俺のアイデンティティでもある自慢の翼を広げて、大声で威嚇をした。海里は俺の思惑通りの驚き方をしたが、大人の方は目を閉じて、ウンウンと頷きながら海里の肩を強く支えていた。なんなんだコイツ。


「安心していいぞ、海里。この鷹はな。お前のことを勇気づけているんだ。『すべての生物には得手不得手がある。空を飛べる鳥は大地を駆けることが出来ず、水の中で高速移動をする魚も、陸に上がればその場で跳ねることしか出来ない』ってね」


 言ってないですね。


「でも、僕は空も飛べないし、早く走ることもできません」

「そうかもしれない。でもな、海里は気づく力が長けているじゃないか。先生や他の生徒が困っている時、真っ先に気づいてくれるのは海里だ。先生は今まで、海里に沢山助けてもらったぞ」

「……でも、そんなのケイドロと関係ないじゃないですか」

「関係大有りだ。ケイドロは捕まえた泥棒が逃げ出さないように、牢屋に近づいてくる他の泥棒の動きを常に察知しないといけない。泥棒側だって、警察の一瞬の隙をついて仲間を助けるのは大切な役目だ」


 海里は未だに「でも、でも……」と下を向いて呟いている。


「さあ、行こう海里。皆が君を待ってるよ」


 大人は立ち上がって、海里に向かって手を差し伸べた。海里はその手を数秒間見上げて、意を決したように掴んだ。あれ? これってこのまま群れに戻っちゃう感じのやつ? 俺、ハンバーグ食べられないの?


 海里を引っ張り立たせた大人は、はたと立ち止まった。


「そうだ。たか君も海里に大切なことを教えてくれたから、お礼をあげないとね。海里、弁当はまだ残っているかな?」

「はい、あります」


 そう言って、海里はパチッと弁当の蓋を開けた。


 そう! それよ! 俺はこの時を待ってたんだよ!! ありがとう人間の大人!!!


 今にも踊りだしたい気分を気合で堪え、俺はハンバーグが差し出されるのを澄ました顔で待った。


「お、全然食べてないじゃないか」

「ゆっくり食べるつもりでしたから。えーっと……お世話になったし、ハンバーグにしようかな?」

「ピーヒョロヒョロ!!(それでお願い致します!!)」


 俺の渾身のお願いピーヒョロを聞いた海里は、チラリと大人の方を向いた。


「あー、今のはな、『ケチャップがかかっている食べ物はお腹を壊すから嫌だ』と言っていたんだよ」

「ピーヒョロヒョロ!!!(テキトウ抜かしてんじゃあねえぞボケェ!!!)」

「はっはっはっ、いいってことよ。海里、このブドウとかどうだ? 自然の食べ物だし、たかも安心して食えるんじゃないか?」


 食わねぇよ! そんな毒々しい色の得体のしれないものを食べるわけねぇだろ!!


「そうですね。……ところで先生、この鳥って鷹なんですか? この鳴き声はトンビだと思うんですけど」

「そうだったか? まあどっちも似たようなもんだしいいだろ」


 そう言って海里と大人は群れへと走って行った。紫色の毒々しい丸い物体を芝生に置いて。




 **




 俺の名前はトビー。天才鳶のトビー様だ。今日は実に無駄な一日を過ごした。なんたって大好物のハンバーグを目の前で食い損ねたんだからな。食えないのならいっそ、出会わない方がましだったぜ。


 ちなみに、紫色の物体は今も口に含んでいる。食べてはいけない色をしているが、その場に放置するのも気が引けたからな。俺だって高貴な猛禽類だし。


 あーあ、本当に腹が減ったなぁ。これならいっそ、ゴミ捨て場でも漁ってた方が……。


……。


…………。


………………ブドウ、うまぁ。


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