砕けた可能性と夏休み ②
エアコンと扇風機の楽園から放り出され、改めて人を滅ぼすような暑さを体感する。
ねっとりまとわりつく海風が気持ち悪い。
100m走の後かと思うほど汗が出てくる。
止めてある自転車に乗り、そのペダルをゆっくり踏み込んだ。
錆びたチェーンが悲鳴を上げている。
昨夜ヤマから電話があり、海へ行こうと誘われた。
断ろうとしたが、たまたま聞いていた母の威圧に負け、誘いに乗らざるを得なくなってしまった。
普段なら外に出て遊べ、とは言わない母だが1日中家にいて、生産的なこともしない僕がうっとうしく感じるのだろう。
いつもならこの時間帯学校にいっているのに、夏休みという1か月の間、朝も昼も夜も息子が家にいるというのは確かに面倒に思う。
僕の外出を待っていたように晴れ上がる空には、少量の雲しか漂っておらず、日陰になることはないだろう。
日光の眩しさが実に腹立たしい。
通りを歩いている人もほとんどいない。
50mほど先に見える人影以外、誰ともすれ違わなかった。
歩いている人物を通り過ぎ、軽い坂道を上ったとき誰かに呼ばれている気がした。
坂を上り切ってから辺りを見回す。
気のせいだろうか。
久しぶりの外と太陽の暑さで幻聴でも聞こえたのだろう。
自転車のペダルを踏みこもうとすると今度ははっきり聞こえた。
「無視すんなっての!」
声の方角は後ろからだった。
振り向くとそこには先ほどまで歩いていたはずの人物が僕のいるところまで走ってきた。
「どうして、こんないたいけな女の子、無視するかな!?」
「ご、ごめん」
自転車の荷台を掴み、肩で息をしながら、僕を睨みつける。
気づかなかったからしょうがない、などと言ってもきっと許してはくれなさそうだ。
ぶつくさ文句を言いつつ、荷台にまたがる彼女。
いくら僕が男の子でも、いきなりの重さにふらついてしまう。
彼女の要求は足代わりになれということだった。
場所は、近くの商店。そこまで遠いというわけではない。
「最近見なかったじゃん、どうしたの?」
うまくバランスを取りながら自転車を進ませる。
二人乗りというのは青春では欠かせないものだが、実際やってみるとどうだろう。
思ったよりしんどいものだと理解させられる。
その苦痛をものともせず、涼しい顔ができるからイケメンはイケメン足るのだろう。
「んー、ちょっとね。色々あって家にいた」
先輩に脅されたのが怖くて外に出られなかったなんて、男ならまず言えない。
僕だって男の子だ。女の子には少しでもかっこいいと思われたいことはあっても、情けないと思ってほしくない。
そっか、と興味のなさそうな返事が返ってくる。
青く光る海をを右手に、彼女の目的地に向かった。
到着する頃には暑さでバテバテだったが、彼女からお礼にもらったスポーツ飲料で息を吹き返した。
「今日はヤマたちと遊ぶの?」
カップアイスの固さと闘いながら、飲み物を浴びるように飲む僕に予定を聞いてきた。
半分くらい飲んで、ようやく口を離す。
「そう。泳ごうって電話が来てさ」
「へー。残念、予定ないなら私がデートしてあげようと思ったのに」
ようやく削れたアイスを口に含み、嬉しそうにする。
疲れていて照れることも忘れた僕は空笑いで返した。
商店に飾っている時計が集合時間間近だと教えてくれる。
茶化し上手な彼女にお礼を言い、僕は自転車を勧めた。
「暇すぎたら後で行くねー」
その声に手を振り、集合場所へこぎだす。
集合場所にはすでに全員が集まっており、再会を喜んでくれた。
喜んでくれたが、当初予定していた約束をすっぽかした罪として、海に放り投げられた。
ぬるい。
夏の海の温さと塩辛い水が鼻と目を刺激する。
ゆっくり浮かんでくる僕を陸で大笑いする友人たち。
なんだかどうでもよくなった。
当たり前のように服を脱ぐこともなく、どんどん飛び込んでくる。
白い水しぶきがいくつも上がる。
マンボウのように泳いでいては接触事故につながる。
海苔でぬかるんだ階段をあがり、ポーズを決めたり、バク転や前宙など陸ではできないやり方で何度も飛び込んだ。
泳ぎ疲れたら日陰で休み、無料で提供されている水道で顔を洗い、また飛び込む。
ゲームの話をしたり、宿題の進み具合の話で盛り下がったり、また海に入ったり。
太陽が夕日に変わるまで僕らは海を堪能した。
暇になった雪乃が来た頃には一緒に遊んでいた連中はだいたい帰った後だった。
「泳ぐっていうのは聞いてたけど、水着を用意したりしないの?」
ヤマが買ってきたジュースを飲んでいると、後ろから声をかけてきた。
その言葉に不思議そうに顔を見合わせる男二人。
水着をつけるのって、プール以外あるのかという表情に雪乃はため息をついた。
「なるほどねー・・・。どうりでびしょ濡れなわけだ。」
一応今日はタオルは持ってきている。
ひどいときはそのまま飛び込んで、びしょ濡れのままタオルで拭くこともなく海水だけ流して帰る。
どの家庭でもそれが普通になっているせいか、怒られたことなど一度もなかった。
「そういえばあんまり話したことなかったな、山崎って言うんだけどその顔だと知ってる感じかな?ヤマって呼んでな!」
言われてみれば、ヤマと雪乃がしゃべってるところをあまり見たことがない。
よろしく、という彼女を見る。
珍しく猫をかぶった気がしない。
顔に珍しいと思っていることが書かれていたのか、彼女にデコピンされた。
「あんたの一番の友達でしょ?別にいつもかわい子ぶってるわけじゃないんだから!」
確かにイメージとは違うな、と笑うヤマ。
どうやら、僕の友人の中でも彼だけは認めてくれたようだ。
接点のない友人同士を会わせるという経験がなかったので、心配していだが杞憂だったようだ。
「そういえば、ここで泳ぐってあの階段から下りるの?」
何も知らない雪乃は不思議そうに僕らに訊ねた。
顔を見合わせてニヤリと笑う僕ら。
「なあ、雪乃。今なんか持ってる?」
僕の質問に財布くらい、と答える。
「いやー、雪乃っちさー。もう夕方だし、帽子意味ないんじゃない?」
そうかな?という彼女の帽子をとるヤマ。
嫌な予感がしたのか、察したのか財布を僕の荷物の中に入れる彼女。
その察しの良さは大変大正解だ。
雪乃の手を引く。
もう一方はヤマが。
心の準備が、という彼女のセリフは言い終わることなく、夕日に向かって僕らは3人一緒に飛び込んだ。
派手な水しぶきが上がる。
僕の手を引くようにして、浮かんでくる彼女を受け止めながら笑った。
「もう!ほんとばっかじゃない?!」
こけないように手を引きながら、さっきまで涼んでいた場所に歩く。
ヤマは少し後ろで大笑いしている。
濡れたTシャツの上からはたいてくる彼女を水道の場所まで案内し、まだ使っていないタオルを渡した。
びしょびしょになった大きいTシャツから彼女の体のラインが浮かび上がる。
細い腰回り、透けて浮かび上がるブラジャー。
濡れた髪が張り付き、うっとうしそうにしているが、その光景は幼い僕には刺激が強い。
目を背けてしまう。
「・・・へんたい」
こればっかりは否定しようがない。
バスタオルをかけて見えないようにし、ようやく彼女の顔を見ることができた。
「日も暮れてきたし帰ろうぜー」
ヤマの言葉を合図に、帰り支度を始める。
僕も体についた海水を流す。
そういえばタオルは雪乃に貸してしまったのだった。
びしょ濡れで帰ることになるが、まあいいかっと思った矢先、胸元を隠しながらタオルを差し出された。
「こっち見んな。へんたい」
お礼を言って、彼女の使った後のタオルで顔を拭く。
女の子らしい香りがタオルからする。
これを言ったら今度は拳で殴られそうだ。
ヤマと別れ、雪乃を荷台に乗せて僕は、疲れた体で自転車をこいだ。
「もう、ほんと最悪」
言葉の割に不快感は感じない。
「でも、楽しかった」
Tシャツを掴んでいる手が少し強まった気がした。
拝啓 南の島からさようなら 隣の筆人 @neighbor_Human
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