第12話 オールドネスト

休暇最終日の昼前には基地に着いてしまった。

民間エアポートのラウンジのほうで、ランチでも摂ろうかと覗いてみたが…結局、非戦闘用制服のままハイラスはチャールズ達と、基地の食堂でパッケージミルを愛想のないプレートから口にしていた。


…祖母の家から基地に戻るレーザーシャトルの中では、昨晩の彼女との会話ばかりが、頭の中をループしていた…


*****


「ヒュー、あなた近いうちに火星に行くのでしょ?」夕食の後、コーヒーを飲みながら唐突にアリスがハイラスに話を振る。

明日の朝、祖母の家を出る。だから、次会えるのはいつ頃だ?みたいな会話が発生するとは思っていたが…ハイラスはアリスの青い瞳を見つめる。


「ぁあ、答えなくていいのよ。ヒュー。イーサンだって、長年アーミーに居たんだからそのあたりは理解しているわ」

「ココのところの報道を見れば、簡単な話でしょ?あなた、休暇のほとんどをここで過ごすのだって…ぁあ、それはコーネリアの手柄かしらね?」


食器を片付けようとしていたコーネリアが、恥ずかしそうな仕草をする…。


「ボクもおばあちゃんと同じ病気らしいからね」ハイラスも少し頬赤らめながら答える。

「あらあら、エレノアとジュードに怒られるわね」アリスが愉快そうに言う。

(そう、両親はセクサロイドを嫌いはしていないが、好きでもないようだ…)


いつも寝室に向かうのが早いアリスがなかなか席を立とうとしない。

しばらく会えなくなる孫に、何か言いたい事があるのだろう…。


ハイラスも急かすでも促すでもなく、アリスが話しやすいようにコーヒーを飲み、寛いでる雰囲気を出そうと努める。


「ヒュー。…あなたは知っていると思うけど…私の両親は銃で撃たれて亡くなったの…強盗に、黒人青年の強盗に…」「うん。聞いた事があるよ。…とても残念だよね」


「この歳になって、ようやく自分の口から孫に話すことが出来たわ…」ハイラスはそっと手をのばし、祖母の手を握る。アリスも握り返し、軽く微笑み話を続ける。


「寝る前に、ごめんなさいね。暗い話をするつもりじゃないのよ…その、何が言いたいかと言うとね。ちょうど私がAIの研究を始めた頃だったの…だから、地球から黒人の人達が居なくなってしまったのは…もしかしたら、私のせいかもしれない…。私の個人的な感情が少なからず関係しているんじゃないかと思っているのよ…」


「そんな。おばあちゃん…」

「もし、あなたがマザーAIに会う事があれば聞いてみて」「マザーAI?」


「ぇえ。この世界の運用の大部分を担っている、私のもう一人の娘たちよ…最初の娘はアーミーのプロジェクトで誕生したの。私はそのプロジェクトでAIに物事の善悪…倫理観を教えるチームにいたの」


「地球、月、火星に一体ずつ…3人のAIがいるのよ。私の教え子よ…コーネリアのお姉さんになるのかしらね…アレスに行ったAI、彼女のところに有色人種が集められている。もし、会う機会があれば…ね」


「ネットワークに入りこむのが好きな同僚がいるんだ。彼に相談してみるし、ボク自身、話す機会があれば必ず聞いてみるよ」ハイラスが笑顔で答える。


長年、気になっていた事を話したせいか、アリスの表情が明るくなったようにハイラスは感じた。


*****


食堂の巨大ビューでは、星間運航シャトルに搭乗する兵士向けの案内用ソフトが流されていた。


「…コールドスリープが導入された当時は、解凍後、子供が産めなくなるとか、眼球が凍って眼が見えなくなるとか、起きた瞬間に頭髪が全部抜けるとか、色々言われておりましたが、現在のモノは技術も安定し、非常に信頼性があり、安全です…」見るつもりは無かったが、自然とハイラスの耳に後ろのモニタからソフトの音声が入ってくる。


テーブルを挟んで正面、チャールズも話続けている。

「月まで丸1日かかる、火星までは、通常2ヶ月くらいだが、ユニオンのアーミータイプのロケットなら1ヶ月だ。兵隊さんなら、低体温睡眠でも命令だと言われれば、大人しいからな。

火星到着3日前に、解凍用熱湯風呂に放りこまれて、問題なければそのまま火星に落とされるのさ。何、昔はごく稀に熱湯かけても起きない輩がいたが、持病を持っていたり、おかしなサプリを服用してるのがほとんどだからビビる必要ないさ、問題は火星の大地に接吻する前に、アレスのカペル艦に、流れ星にされる可能性の方が高い事だろう」


「カペル艦に?軌道上では発砲してこないさ。それより地上に降りた後が問題だよ、重力から違うから…」エミール・ラクスネス特技少尉が会話に参加する。ハイラスより更に無口な彼が珍しい。火星行きで落ち着かないせいかもしれない。


通知アラート。ハイラスが手首のタクティカルバンドを確認する。

…火星行きの正式な命令書が添付されている。明日、朝一番の健康診断の受診指示。


これが問題無ければ、正式に火星行き決定だ。チャールズやエミールも同様の通知を受けたようだ、互いに手首のタクティカルバンドを確認して顔を見合わす。

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