第11話 コーネリア

ハイラスが助手席のドアを開けて、コーネリアが座席に滑り込むのを確認する。

自身も、急いで運転席に滑り込む。


「ハイラス様、すみません。お休みの日に…」コーネリアが、伏目がちに申し訳なさそうに言う。


ハイラスは、妙な緊張を感じつつもセクサロイドがここまでリアルに動いている事に改めて驚かされる。


「謝ることなんてないよ。ボクも美人とドライブ出来て、ラッキーだと思っているよ」


「ふふ、ありがとうございます。でも、ハイラス様、セクサロイドにお世辞を言っても、何にもなりませんよ」


「お世辞じゃないよ。実際、あの家に滞在している間に、おばあちゃんが君に、御使いを頼むタイミングで、クルマを出そうと考えていたからね。…二人きりのドライブになるだろう?」


「…ハイラス様。お仕事でもプライベートでも、お人形から離れられないなんて…中毒症状ですね。しっかり、お休みを取らないと」


「ハハハ!コーネリア、そのセリフ今度使わせてもらうよ。同僚に何人も当てはまる奴らがいるんだ。」


AIが莫大なデータベースから、単語を抽出して、並べられて会話しているのだろう。それは理解しているつもりだが、目の前でこうも対応されると世のピュグマリオニスト達の行動や言い分に、強い共感を抱かずにはいられない。ピュグマリオニスト達は言う、人形にも魂が宿っているのだと。


「ぁ、ハイラス様。すみません…。お気に障りましたか?」AIがどう解釈したのか、上体を捻り、若干怯えた表情でコーネリアが視線を向ける。


セリフから仕草まで、本当に人形なのだろうか?感情が優先し、理解が追い付かない…人が火星に住む時代、これが今の世の普通の事なのだろう。


「気に障るどころか、気に入ったよ。ボクも、その中毒者の一人になってるなんて」


安堵の笑顔だろうか?コーネリアが静かに答える。「アリス様も仰っていました。…一度罹ると、ピグマリオンコンプレックスは治らないのよ…って」


育った街に帰ってきたその日に、セクサロイドから病を宣告されるなんて、おかしなものだとハイラスは思う。「…まさか、孫までかかるなんてね」



コーネリア自身、近くの飲食店には、おばあちゃんのお供で行き尽くしている事が解ったので、ほんの少し遠出する事にした。

道中、夜の街の景色も見れるだろうし、ハイウェイ側から街のネオンも確認できるはずだ。セクサロイドが、夜景を見たがる理由がいまいち解らないが、多分おばあちゃんの、何かしらの願望を、セクサロイドのAIが処理しようとした結果なのだろうとハイラスは思う事にした。


ループラインのビル群のネオンを浴び、コーネリアは、小さな子供のように、流れる景色を見つめている。一通り走った後、ハイウェイループラインを逸れて住宅地の広がる、バーブ(郊外)へと向かう。


ドラマでティーンエージャーが楽しそうに食事しているシーンが印象的だったと、コーネリアが言うので、山側へ向かう途中の国道沿いにある、前世紀末風ダイナーで夕食を摂ることになった。



「そういえば、おばあちゃんの家で君に初めて会った時、下宿に来ている親戚の子だと本当に思っていたよ」


「ハイラス様に、私の事はセクサロイドだと教えないようにと、最初は言われていました。

お年頃になられるし、世間のニュースや…セクサロイドの持つイメージを考えてだと思います」


「確かに、今でも緊張してしまうのに、当時だったらどうなっていただろうね…」


「…ハイラス様。御存じかと思いますが、私は家電機器製品にカテゴリーされている、日常支援用セクサロイドです。どうか、私に対して、緊張なんてなさらないで下さいね」


メーカーサイドが、セクサロイドに抵抗のある人達によく使う文句が「…セクサロイドは道具です。…日常で、貴方が蛇口をひねったり、オーブンのスイッチを入れる時に驚いたり、緊張したり、戸惑ったりしますか?…もちろん、世界で初めて蛇口をひねって、水の出る様を体験した人なら戸惑ったりするかもしれませんが、要は慣れの問題ですよ。


もう、人口の半分がセクサロイドで構成されている、ユニオン加盟国だってあるのです」…と、説明する。


「メーカーの決まり文句も、聞いたことあるんだけどね、人が水道の蛇口をひねるのと、人がセクサロイドを使うのは、スケールの差こそあれ、同じ事で、慣れの問題って…。」


「そうです、その通りです。ですから、ハイラス様、お休みの間に私に慣れて下さいね」


慣れることが、出来るだろうか?魅力的で、従順過ぎるセクサロイドを前にして、慣れる事が出来る奴は、余程の善人か悪人のどちらかだ。

いっそ、悪人になってしまったほうが、楽なんだろうとも思う。が、どっちつかずな自分には、無理な話なのだろう。



山頂へ向かう山道の途中に、ベンチと柵が設置されただけの簡易な公園がある。パーキングもある程度の広さがあるので、街を見下ろす観光スポットのようになっている。ほとんどが近隣の街からの人間しか訪れないような所だが、ハイラスはそこそこ、この場所が気に入っていた。


「この近くに住むティーン達は、エレカやエレモのパスを取ると、一番にここに来るんだ。…もちろん、彼氏彼女持ちの連中ばかりがね。」

ハイラスがコーネリアをベンチの方へエスコートしながら話す。

「では、ハイラス様も?よく此方へ?」とコーネリア。

「なら良かったんだけどね。男友達と冷やかし目的に来たぐらいだよ。まさか、自分が女の子とココに来る日が訪れるなんて、ウソみたいだよ。」

「フフフ。セクサロイドに気を使わなくて大丈夫ですよ。…ここからだと、街のほとんどが見渡せますね。」


コーネリアが、不意に山側の空を見つめる。つられて、ハイラスも山の向こうの空を見上げる。


「ハイラス様。あれ、見て下さい。」「ぁ、すごい。流れ星。ぃや、人工流星群?…イベント情報は無かったと思うけど…」

「私、流星群も初めて見ました。キレイですね…。」「そうだね」


「…多分、今日のこの光景を、私、何度もメモリの中で再生すると思います」


「コーネリア…」ハイラスはコーネリアの肩を抱き寄せる。セクサロイドは当然かのように、ハイラスの肩にこめかみを預ける。(メモリ…記憶装置内での記憶の自己再生?これが、AIの見る夢に繋がるのだろうか?)


「ボクも同じだと思う。夜、星を見るたびに、今日の事を思い出すんだろう…うまく言えないけど、すごく大事な時間を過ごしている感じだよ…」


何故、セクサロイドと夜景なのか…?おばあちゃんの職業病にまんまと付き合わされたか、未だにガールフレンドの、1人すら紹介しない孫への祖母の愛情か、配慮か、催促か、…まぁ、全てだろう?と、ハイラスは祖母の家に戻るエレカーの中で考えた。

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