第10話 アリス

レストランの席に着き、オーダーを通した後、ハイラスは車内での会話の続きを祖母に振る。


「夢の話だけど、DNAの中にある記憶の情報を映像化するって話が、ボクには信じられないよ。でも、セクサロイドなら起動している時の映像記録がそのまま夢になるんじゃないの?」


「ヒュー、それは夢ではなく記録なだけよ。昔のノベルでもあったでしょう?機械人間は機械羊の夢をみるのかって…起きていた時の記録を遮断時にAIが再構成するかしないか、どういう解釈で再構成させればいいか、その記録をどう保持していくのか、とか、ずっと議論しているのよ」


「ずっと?」


「そうそう、私はまだ、週1回は必ずカレッジのミーティングに顔を出してるのよ。だから私の部屋からカレッジへのコンピューターも繋げたままなのよ」


「おばあちゃん、勉強熱心だね」「それはそうよ、ヒュー。物事を解き明かす興味を失ったら、人である意味はなくなるわ」


前菜が運ばれてきた。アーミーの食事では考えられないくらい、繊細で綺麗な盛付がされたプレートだ。「あら、とても綺麗ね。ヒュー」「どえらいね」「ふふ。何なのそれ、お友達の間で流行っているの?それとも何かのムービーの台詞だったかしら?」


チャーリーがよく使っていたフレーズだ、意識しないうちにうつっているな。良くない。元ネタは…ムービーかゲームか?なんだろう、タイトルが出てこない。


アリスが先を続ける。「夢を映像化できる技術が確立されても、人が何故夢を見るのか、はっきりとした解答がまだ無いのよ。

昔の人は、霊や神のお告げだと言ってたりもするけど…。ヒュー、あなたはどう思う?」


「ぅーん。なんだか、久しぶりにクラスに出てるみたいだよ…」

「ぁら、御免なさいね」「ぃや、嫌って事じゃないよ…そうだね…ボクの場合、悩み事や不安があるときに、よく夢を見るような気がする…だから、例えばトラウマになるくらいの嫌な事を遺伝子が憶えているなら、良い事も、悪い事含めた経験を、その前の世代からの教訓も憶えていて、寝ている間に…その、何て言うのかな?教訓のデータベース?から、今の自分の悩みや不安を照らし合わせて、今何をしないといけないかの、答えを模索、検索している跡じゃないかと思う…。


…夢におじいちゃんが出てきたり、知らないオジサンが出て来て一緒に食事をしたり、じっくり話し込んでいたり、でもその人をボクは、夢の中では親戚のオジサンと思って接しているんだ。その知らないオジサンは、もしかしたら遺伝子が記憶している血縁者かもしれないね…だから先祖や霊のお告げっていうのは、あながち間違いではないかもね…あまりオモシロイ解答じゃなかったかな?…アリス先生?」


アリスが天を仰ぐ仕草をして笑う。


ちょうどメインが運ばれてくるCEAT(細胞培養肉)のステーキ肉だ。アーミーのパッケージミルでは、あまりお目にかかれない、マスターセルに限りなく近いやつだ。


「つまり遺伝子の中にある、経験のデータベースと今の行動を比較、検討した痕跡が夢だという事ね。ヒュー」


「ぅーん。言ってみたものの…口からネジを吐き続ける夢や、玄関に腐ったサメが打ち上げられてくる夢が、検討した痕跡か?と言われたら疑問にも思うけどね」


「あなた、あまり気持ちの良い夢を見てないわね…。アーミーが合ってないんじゃないの?」


「でも、ヒュー。あなたイイ線いってるわ…孫だからって贔屓するわけじゃないのよ。アーミーを辞めて、ラボに入る気があるなら紹介してあげるわよ」


「実際、あなたの意見と、ほぼ同じ事を言う研究者や、先生たちが多いわ。仮説の一つだけど、睡眠時に遺伝子の記憶から学習するのが夢の役割だと。人間以外の哺乳類、犬や猫、ネズミも夢を見る…やはり、それも生存性を高める為、睡眠時に過去の経験を学習しているんじゃないかと」


「仮説の一つ?他にも説はあるの?」


「もう一つは、現在経験した大事なことを、重要な記憶として遺伝子に描き込んでいる作業が夢の役割の一つじゃないかって事ね」


「夢は人生の予習復習って訳か」


「そうね。比較的、すぐに独り立ちする哺乳類に関しては、夢の学習効果があるんじゃないかと言われているわね。だって、教えられてもないのに、生まれてすぐに自分で餌を獲ったりなんて不思議でしょ?」


「何故、人が夢を見るのか?セクサロイドがどんどん人に近付いて、夢を見るようになったら、人が夢を見る仕組みが解るかもしれない」


「だから、おばあちゃんはコーネリアを傍に置いているの? いえ。そんなつもりは無かったのよ。これは、コーネリアが来てから思いついたの」


「もともと、私はAIの研究をしていたでしょ?だから、どちらかというと、AI研究の延長でコーネリアに来てもらったのよ」


「いい子でしょ?コーネリア。夜はレディーとしてちゃんと接してあげてね」


ちょうど、美しいセクサロイドのウェイトレスがデザートを運んできた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る