第67話 お迎えのバス

 「将来の夢はスナフキン」と書いていた私の兄は、その夢を叶えるがごとく、学生時代からフラフラ旅に出掛けていました。


 そんな兄に聞いた話の一つで、電車の旅に出掛けた時のことです。

テキトーな人なので、話を盛っているかもしれません。


 その日、電車の中で熟睡してしまった兄は、降りる予定だった駅を寝過ごし、止まった駅のホームへ飛び降りました。

そこにいた駅員さんに、反対行きの電車の時刻を聞くと、気の毒そうに、「今日は、もう電車はないんです」と言われました。


 兄は仕方なく一夜の宿を探す為に、改札口を出ました。

駅の外に出るとあたりはすっかり暗く、閑散とした駅の前には小さなロータリーがあり、その端にバス停がありました。とりあえずそこまで行って、時刻表を確認しましたが、そちらも既に最終便が出た後のようでした。

ロータリーの向こうには、コンビニがあり、その明るい光が、周囲を侘しく照らし出していました。


客を乗せたタクシーが走り去ると、後はもう、人っこ1人おらず、虫の音だけが高らかに響くのみです。

山の迫ったその町は、眠りについているようでした。


 兄はそのままタクシーが走り去った方へ、しばらく歩いてみました。

その町は全くの住宅街のようで、駅の周辺には、ホテルもファミレスも、24h営業のコインランドリーもありません。

旅館の看板を出した建物がありましたが、玄関のあたりは雑草で覆われ、灯は灯っておらず、すでに廃業をしているようでした。

かといって、簡易テントを設置させて貰えるような適当な空き地もなく、兄はまた駅に戻りました。


 幸いなことに、バス停にはベンチがありました。凍死の危険のない季節でもありましたし、ここで一晩過ごすしかないと腹を括り、兄はベンチに腰を下ろし、コンビニで購入したペットボトルを一口飲んで、一息つきました。


見上げると、満月が暗い夜空に浮かぶ雲を照らしていました。

(これも一興やん?)



 どれくらい経ったでしょうか。座ったまま浅い眠りに付いていた兄は、ふと何かの気配に揺り動かされ、目を覚しました。

薄目を開けると、目の前にバスが止まっています。

(もう始発?)

兄は、姿勢を直して、時計を確認しようとしました。が、その途端、不可解な違和感を感じて、動きを止めました。

(あれ?エンジンの音、してない)

バスはわりと大きなエンジン音がしますが、そのバスはエンジンを切って、停車させているように、なんの音もしていません。

(気ぃつけへんうちに、始発のバス、持ってきはったんやろか)

それならそもそも、目の前にやってきて、停まる段階で、目が覚めそうなものですし、保安上の問題でこんな所で寝ている不審者に、声をかけるものではないでしょうか。


何かの異変を無意識に感じたのでしょうか、ゾゾッと全身の毛が逆立ちました。

(なんや、やばいんちゃう?)

兄は寝たふりをしつつ、垂れている前髪の間から、様子を伺いました。


辺りはまだ暗く、目の前にバスがあること以外、なんの変化はなさそうです。

目の前のバスは、車体の下部しか見えませんが、旅館などの送迎バスではなく、路線バスのように見えました。

(あ……扉、開いたはる)

バスの横腹にある、乗車口が開いていましたが、残念なことにステップしか見えません。


(あー!もう、どうでもええから、早うどっか行って!)

 兄は再び目を瞑って、寝たふりをしつつ、そう願いました。


すると突然、垂れている前髪が、上に持ち上げられるのを感じました。

(うわっ!ちょっと、なに?なんなん?)

それからすぐに髪の毛がバサっと顔に当たり、下ろされたことが分かりました。


(え?なに?どないなってんの?)

兄はすぐに目を開けて確認したい気持ちを抑えて、10数えると、いかにも今、目が覚めたという風情で伸びをして目を開けました。


すると目の前には、何もありませんでした。

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異世界のかけら(実話) 麒麟屋絢丸 @ikumalkirinya

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