第66話 扉

 これは知り合いが、亡くなった親戚のおばさんから聞いた話になります。

この舞台になる場所について、当時、全く興味がなかったために非常に曖昧で、またこの話の時期は1980年あたりではないかとのことです。


◇◇◇


 独身バリキャリとして働いていたAさんの趣味は海外旅行で、同じような立場の仲間と長めに休みを取って、あちこち旅行を楽しんでいたそうです。

その時訪れたのは中東(或いは南米?)で、何日か目にちょっと有名な遺跡を訪れたそうです。

現地では、説明をしてくれるガイドさんを雇いました。


観光客には、なかなか有名な遺跡なのでとりあえず来てみたという人や、この遺跡が好きで来たという人など様々でした。

Aさんたちはそれぞれが歴史や芸術に造詣が非常に深い人たちで、今回の遺跡やその国の文化や風習に関しても事前学習をしっかりしており、しかも現地の言葉も日常会話なら問題ないほどマスターしていましたので、ガイドさんがAさんグループをすっかり気に入ったらしく、観光用ではない遺跡に案内してくれたそうです。


 その半分埋もれたような遺跡は、そんなに広くないということもあり、Aさんたちは三々五々、ばらけて、ゆっくりと見学をしました。


 遺跡は独特の神秘的な雰囲気がありますが、その観光用に整備されていない遺跡は、遠い過去の生活の息吹がそのまま残っているようで、柱の向こうには当時の人が歩いていそうな、あるいは階段を上ればそこには当時の賑わいがそのままひろがっているような、そんな不思議な感じがしたそうです。


(ここで様々な人が喜び、泣き、その人独自の人生を送っていったんだろうなぁ。)


Aさんは胸がいっぱいになり、ところどころ剥げ落ちた壁の前に立って、長い溜め息をつきました。


その壁には、古びた扉のようなものがありました。

(素材はなんだろう?ああ、何か不思議な紋様が彫ってあるなぁ)


Aさんは近寄って見てみました。すると取っ手のような窪みがあります。

(この向こうはなんだろう?)

触ったらいけないと思いつつ、Aさんは恐る恐る手を伸ばしました。


「Aちゃん、この壁も風情があるよねぇ。」

突然後ろから降ってきた声に、Aさんは慌てて手を引っ込めて、ちょっと後ろめたい気持ちで笑顔を作って頷きました。

「Bちゃん、Cちゃん、この扉の紋様、どう思う?」


2人は、壁をしげしげと眺めて首を振りました。

「う〜ん、全体的に色が褪色してて、扉かどうか、よくわからないわ。」

「ほんと、Aちゃん、よく扉の紋様ってわかったねぇ。」


「え?」

Aさんは、2人の顔と壁を見比べました。

Aさんが言ったのは、壁にある異素材の扉に彫られている紋様のことで、2人が言ってるのは壁画としての「扉様の紋様」であることに気が付いたからです。

「この扉のことよ?」

Aさんはその扉を指差しました。

「え?どれどれ?」

2人は近づいたり、離れたりしながら、その壁を眺めました。

「はっきりわからないなぁ。Aちゃん、目がいいね。」

「いや絵じゃなくて、ここにある扉、開け閉めする扉よ?見えないの?」

「え?ここに扉があるってこと?」


どうやら、2人にはAさんが見えている扉が見えていないようです。

「思い切って開けてみるか!」

Aさんが手を伸ばすと、2人が慌てて止めました。

「やめときな!なんかヤバいよ!」

そんな押し問答をしていると

「そろそろ帰りましょう」

ガイドさんの帰りを促す声が聞こえました。


 「なんだったんだろうね?」

おばさんはそう言って笑っていたそうです。

「開けちゃえば良かったって、時々思うんだ……」




 この話を知り合いが思い出したのは、理由があります。


先年、おばさんが亡くなる直前、一度、昏睡状態に陥った時に、痩せ細った手を微かに動かしていたのです。

それを見ていて、なぜか扉を開けようとする動きのように思え、この話を思い出したそうです。

奇跡的に意識を取り戻したおばさんに、「あの扉、開けたの?」と聞くと、微かに頬を緩め、頷いたように見えたそうです。


おばさまのご冥福をお祈りします。

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