月が綺麗ですね。-First Love-

星成和貴

月が綺麗ですね。

 初恋、だなんて覚えていなかった。だから、友達とそんな話になっても適当に、小学校の先生だ、と答えていた。

 本当、適当に、それっぽいことを答えていただけだった。


 今までの人生も似たようなものだった。

 ただ、何となく、皆が行くからという理由で大学へ進学をした。そして、友達と一緒に興味もない教職を取った。

 そして、そのまま、流されるように小学校の教師に就いた。


 でも、これはもしかしたら、運命だったのかもしれない。最初はそう思っていた。ただ、俺の気のせいだったけれども。




「戸田先生、まだ残ってたんですね」


 その言葉に振り向くと、先輩の安田先生が近づいてきていた。


「はい、初めての担任でまだ慣れなくて……。どうしても時間がかかっちゃうんですよね」


「そうよね。わたしに何か手伝えること、ある?」


「いえ、大丈夫です。これは自分でやらないと子供たちに示しがつきませんから」


 そう言いながら、俺は手元の採点の終わったテスト用紙を安田先生へと見せた。そこには俺からの一言が書き添えられている。


「頑張るのはいいけれど、程々にしないと戸田先生が壊れちゃいますよ?」


 その言葉で俺は昔を思い出した。

 小学校の頃、同じように一言を添えてくれる先生がいた。けれど、途中からなくなってしまっていた。そして、今思えばその頃の先生は少し、やつれていたような気もする。

 だから、そんな過去を思い出した俺は安田先生へ聞いてみた。


「それって、先生自身の体験からですか?」


「え?あぁ、そうね、わたしも同じようなことをして、でも、慣れない仕事の連続。他の先生方の様には全然いかないで、だから、精神的に参っちゃいそうになってたの」


 安田先生はゆっくりと窓際へと歩いていった。けれど、外を眺めるのではなく、自分の左手を見つめていた。

 そして振り向くと、満面の笑みでその左手を俺に見せてきた。


「そんな時に出会ったのが彼なの。本当、救われたなぁ」


 その表情、言葉、薬指の指輪に俺は胸が痛くなってしまった。

 した時に思い出した俺の初恋。適当に話していたあの話は嘘ではなく、真実であった。俺の初恋の相手は今目の前にいる、先生だからだ。


「でも、その先生の頑張りのお陰で頑張れた子供もいたんですよ。まぁ、とは言ってもその子も結果は出なかったんですけれどね」


 その頑張りは無駄じゃなかった、そう伝えたくなって言ってしまったが、先生は俺のことなんて覚えてはいないだろう。だから、変な言葉になってしまったかもしれない。


「え?もしかして、戸田君って……」


「はい、先生の元生徒です。ちょうど、その時の」


 俺は安田先生の隣へと並んだ。そして、横目で見ると、あの頃と全く変わらなかった。左手の薬指にある指輪と、変わってしまった名字以外は。

 その事実が辛くて、泣き出しそうになってしまった俺は窓から空を眺めた。そこには綺麗な月が輝いていた。

 月の引力に引き寄せられるように俺の意識の全ては月に向かっていた。隣で安田先生が話をしているのは分かる。けれども、その言葉は何一つ、頭には入ってきてはくれなかった。


「戸田先生、聞いています?」


「え?あ、その、つい、見とれていて……」


「え?」


 俺は指を指しながら、もう一つの意味を込めて言った。


「ほら、月が綺麗ですね」

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