救われない者たち
---まるで時が止まったかのようだった。
フィーナは口をポカンと開けたまま俺の顔から目を逸らさず、俺は戦いの最中とは思えないような静寂をただ楽しんでいた。
「………殺…した?僕が……?」
呆然と立ち止まったフィーナがようやく口を開いた。
さっきまで荒々しく動き回っていた勇者とは思えねえな。
「あぁ、覚えてるって言ったよな?お前が殺した『名を捨てた団』のボス、あそこにいるリリレイ・フルートはそのボスの子供だ」
再びフィーナは沈黙する。
片手で顔を覆うように抑えて小さくカタカタと震え出す。
そうだ、フィーナ、それがお前だ。
「あいつ魔界で奴隷として売られてたんだぜ?お前らの世界に必要とされなくなった人間の行き着く果ての果てで、希望なんて言葉も知らねえような顔でな」
俺は追い討ちをかけるようにリリレイのことをフィーナに伝える。
だがフィーナがこの状況をなんとかする手段は存在する。
簡単だよな?
君の父親は山賊のボスで人をたくさん殺したり物を奪ったりする悪い人だったんだ、とただリリレイに伝えればいい。
------だが断言できる。
お前にそれは絶対にできねえって。
お前はそれを絶対にやらねえって。
もしここにエルザがいれば、もしかしたらアイツはそれをリリレイに伝えたかもしれねえけどな。
けどフィーナはきっとそれすら止める。
奴隷だった不幸から、俺たちみたいな悪に救われたという幸せを、お前は絶対にリリレイから奪えねえ。
「フィーナ、これがお前の正義の残骸だ。救われた人間たちから零れ落ちた深くて暗い不幸の水溜まり、リリレイも、ディーンも、魔王も、ナーガも、メアリーも、そして俺もな」
------ドサッ
小さな音と共に勇者が膝を着いた。
顔を覆う片手をそのままに、もう片方の手は地面に着けていた。
------ズキッ
なんだよこれは。
フィーナがこうなる想像はしていたし、こうするつもりでリリレイのことを伝えたつもりだったってのに。
泣いているエルザを見た時と同じこの気持ち。
理解できない胸を刺すような痛みが走る。
「……僕は、勇者……だから……」
絞り出したような声でフィーナがそう呟いた。
……そうだ、そうだよな。
お前は勇者だから仕方なかったんだよ。
魔王に恨まれたように魔物や魔族を殺したことも。
メアリーが身体強化を使って戦わなくてもいいようにお前が強くなったことも。
ナーガと初めて会った時に勇者という立場のせいで今までできなかった初めての友達である俺のことを庇ったことも。
そして、山賊であるリリレイの父親でもある、俺の家族たちを殺したことも。
「………フィーナ、いつか俺に言ったよな。自分が勇者じゃなかったらって。俺はお前が勇者じゃなくても俺はお前と親友だったことは変わらねえって言ったけど、きっと、こうじゃなかったんだろうなって思う」
フィーナは体勢を変えず、ただ他に伏したまま俺の話を聞いていた。
ただ------涙を流して。
「………反省も後悔も意味なんてねえのにな。頭ん中には『たられば』ばっかりだ。きっとお前もそうなんだろ?だから俺はお前をここで殺さねえ。フィーナ、--ー勇者の生き様を俺たち悪に見せてみろ」
俺はそうフィーナに伝えると今まで戦っていた相手に背を向けて歩き出した。
「ネザー、転移頼む」
「………うむ」
いつの間にか俺の周りに仲間たちは集まっていた。
ネザー、メアリー、ナーガ、ディーン、リリレイ、イツァム・ナー、魔王。
ネザーは転移の魔法を唱え始めていたが誰一人として俺に声をかける者はいなかった。
きっと分かっているのだろう。
------涙を流している者が勇者の他にもう1人いるということを。
悪の勇者の異世界征服 東乃西瓜 @east_suika
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