VS勇者

「くはははは!!さあ抗ってみせろ!!バンディットの期待に応えてみせろ!!勇者 フィーナ・アレクサンド!!」



 ネザーは短剣を生成しては斬りつけながら時々投げつけて生成してを繰り返し、フィーナの周りを器用に跳ねたり飛んだりで攻撃を続ける。



 まさに戦闘狂、剣を持たないフィーナはその攻撃を避け続けてはいるが自らの攻撃に転じる余裕はなさそうだ。



 それも当然だ、攻撃の手を止めることのないネザーにだけ集中などできるはずがない。

 フィーナの眼前にはもう1人、ディーン・ナイトハルトがいるのだから。



 グツグツと燃え滾る剣を構え、ネザーに集中などしようものならその剣はフィーナの身体を焼き切るだろう。

 それにナーガ・ディオネによる2度にわたる不意打ち。


 フィーナはなんとか回避したが勇者のパーティとして自分の同じほどの戦闘経験を積んだエルザへの不意打ちを可能とする力を無警戒にするわけにはいかない。


 さらには魔王が控えていてその上何の情報もない少女リリレイ・フルートと火龍イツァム・ナー。


 そしていつフィーナの身体や思考を破壊するか分からない『完全超悪』ナナシ・バンディット。



 しかしそうではない。

 フィーナが警戒しているのは。

 最も攻撃を受けるわけにいかないのはこの中の誰でもない。




『元勇者のパーティの僧侶』『無限回復』『聖女』『ヒールガーディアン』

『色欲の癒兎』メアリー・ロッド、彼女こそ最も警戒しなければいけない相手。



 フィーナの能力『勇者』はメアリーの『サディスティックバッファー』と余りに相性が悪すぎるのだ。



 自分は死ぬことはないとはいえメアリーの攻撃を受け続けてしまえばメアリーに対する勝てないが勝てるになることは絶対にないのだから。



 これこそがメアリーが白魔法を捨ててまで『サディスティックバッファー』を手にした理由。


 対フィーナにとって最悪にして唯一の能力。

 そしてその能力をナナシという男は絶対に手放すことはない。

 それがメアリーにとって唯一のナナシを自分に依存させる方法だったのだ。



(ネザー王子の攻撃に一度当たったら彼は被弾の隙を見逃す人じゃない。ディーンさんの燃える剣も当然、ナーガさんの毒も絶対被弾できない。誰の攻撃に被弾してもメアリーからの攻撃に繋がる------彼らの攻撃を受けながら転移の魔力を練るのは不可能)



 それがフィーナ・アレクサンドの思考。

 そして単純かつ冷静な思考の連続。


(なら少しでもダメージを受けることなく彼らを全滅すればいい)


 フィーナ・アレクサンド。

 勇者であるが故の最強の思考である。



「………凄いねフィーナさん、あのネザー様の攻撃を紙一重で躱しながらディーンさんが手を出してこれないように絶妙なタイミングで目線を合わせて牽制してる」

「流石に勇者ってだけあるよなアイツ。けどフィーナは死なないってだけで疲れないわけじゃねえ。フィーナにもアイツの能力にも言える事だが勇者を殺すにはまず心からだな」



 そう、フィーナの回避が続くのも時間の問題だった。

 もう無理だとフィーナに思わせること、どれだけの強敵がどれだけの時間やリスクを賭けたとしても成し得なかったそれを成さねばならない。



「爺さん、リリレイを頼む。メアリーは確実にフィーナに攻撃できるまで動くなよ?ナーガは魔王と2人でフィーナに突っ込め、ネザーに殺されないように気をつけろよ?」

「ネザー様が1番危ないもんね……」

「うむ、あの貴族もなかなかやるではないか。無駄のない洗練された動き、下手に手を出せばかえって邪魔になるだろうな」



 ただ、現状の話をすれば時間は無限というわけではない。

 街に一緒に行ったスズが仲間を呼ぶ可能性は当然ある、さらに先ほどの『完全超悪』でナナシの場所、というよりは敵意のある者の場所は割れているだろう。



 ヘリオの手腕次第ではあるがアルメリアの騎士団がこの場所を見つけ出して現れる可能性もある。



「行くぜ、『完全超悪 魔眼』」



 ほんの一瞬だけ発動した魔眼。

 しかしその一瞬、フィーナはそれを無視することができない。



 親友から自分に対して向けられた憎悪の魔力を。

 フィーナ・アレクサンドに無視など出来るわけがない。



 そしてその一瞬、それはネザーにとって十分過ぎる時間だった。



「ふっ!!」



 血飛沫。

 フィーナの肩にネザーの短剣が突き刺さり、フィーナの動きが鈍る。



「ぐっ!!」

「くはは!やはり親友の憎しみは無視出来ぬか!?勇者フィーナ・アレクサンド!!なんのこともない!!!」


 ネザーは当然のように追撃に奔るがまだフィーナの体力は残っているのか再び回避されてしまう。

 しかしフィーナの動きも再び止まる。

 それももちろん、ほんの一瞬ではあるが。


「っ!?」



『完全超悪 魔眼』


「はっ!!!」



 再びネザーの短剣がフィーナの身体に突き刺さる。

 フィーナは思わず後退するがそれもネザーの思惑通り。

 ネザーはフィーナの後退と同時に短剣を何本も投げつけた。



 まさに疾風怒濤。

 攻撃の雨が止むことはない。



 短剣はフィーナの身体の正面から勢いよく突き刺さり、さらにフィーナの動きを鈍らせる。



(やっぱ慣れられても問題ねえ、『完全超悪』の強弱は慣れても突然くるオンオフは無視出来てねえ)



『完全超悪 魔眼』で動きを制限し、他の者が攻撃をする。

 これがナナシが組み立てた戦闘のスタイルだった。


 そしてそれに対する有効な手はただ一つ。



「ナナシイイイイイ!!!」



 フィーナは身体に短剣が刺さったままナナシに突撃した。

 当然だ、それが今フィーナにとって最大の邪魔なのだから。



「ははっ!そうだよなぁ!!俺からぶっ倒さねえとだよなあ!?」



 ナナシは笑う。

 フィーナ・アレクサンドの特攻を嘲笑う。

 それすら計算のうちなのだから。



 フィーナは魔力を込めた拳でナナシに大きく振りかぶった腕を振り下ろした。

 流石に勇者というだけある魔力量、しかしダメージを負ったフィーナの攻撃を躱すなどナナシにとっては造作もないことだった。



 そしてナナシはここで使う。

 現状、フィーナ・アレクサンドに対して最大の武器を。



 フィーナ・アレクサンドにとって数少ない弱点であり、それに対しての数少ない武器の一つをここで使う。

 小さく笑みを浮かべ、余裕綽々とした表情で。



 正義には悪を、正義には闇を、正義には絶望を。

 勇者である本人ですら気付いてはいなかったであろう正義であるが故の心の闇を。




 -----抉り出せ。




「俺のことも殺すつもりか?あの子供の親を殺したみてえによ?」

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