さあ、切り抜けてみな
エルザの治療とメアリーの服の買い出しに4人が消えた後、俺はフィーナにヘリオの件を掻い摘んで話した。
当然、ディーンのことは伏せてだけどな。
アルメリアの国から魔界に逃げてきた人間が言っていた。
ヘリオという現王国騎士団長にアルメリアの騎士はひどい扱いを受けている。
まるで奴隷のように働かされ、このままではアルメリアの民の身にまでヘリオの魔の手は及びかねないと。
実際にどんな扱いを受けているのかなどは聞いてない。
俺には関係ないことだしな、と情報を適当にする。
曖昧で適当な情報の虚偽。
だがフィーナにはこれで十分、勇者にはこれだけで十分すぎるだろ?
フィーナならこれだけの曖昧な情報で動くし、ディーンから聞いた限りの真実だけでこの虚偽の情報は真実に似た嘘に近付く。
そうなればフィーナは勇者として行動を取らねばならない。
いや、フィーナなら絶対に行動する。
勇者 フィーナ・アレクサンドなら絶対にな。
「ま、俺が聞いた話はこんなとこだ。実際はどうだか知らねえし、お前らに任せる」
「………どうにも信じ難い話な上にナナシが言うとそこからさらに信憑性が薄れるね。それにもしその話が本当だったとして、ナナシが僕にそれを報告してなんのメリットがあるのさ?」
よく言うぜ、どうせお前は俺の言葉を信じる癖によ。
そんなことを言いながらアルメリアの騎士たちが心配で心配で堪らねえんだろ?
「あの白髪には緋剣のことで随分恨みを買ってるみたいだしな、お前がアイツを正しい理由で始末してくれりゃ、不安もなくなる。お前は大変な思いをする、一石二鳥だろ?」
「その二鳥のうちの一羽が僕だってわけか、自分でやったらいいじゃないか」
少しだけ不満そうな顔をしているが勇者の曇ることのない瞳が助けに行くと語ってる。
お前は本当に勇者に適任だよ、選んだ奴の目は確かなんだろうな。
「なんで俺がお前らの国のために動かねえといけねえんだよ、これでも実のとこ親切心で言ってんだぜ?わざわざ学園に戻ったら捕まるリスクだってあるってのに。実際殺されかけたしな」
「言っておくけどアレはエルザの独断だよ?」
ま、そりゃそうだろうな。
あんなに辛そうな面して歯食い縛んなきゃいけねえようなことならやらなきゃいいだろうに、ってのは言うべきじゃねえんだろうな。
「分かってるっての、とりあえず白髪の件はお前に任せる。俺はネザーとナーガが戻ってきたらとりあえずアルメリアを離れるからよ」
「え!?学園に戻ってきたんだからそのまま居座ったらいいじゃないか!?」
「そうもいかねえんだよ、学園長とギルドマスターにちょっと喧嘩ふっかけちまってな。騎士団も敵に回るだろうしこのままこの国にはいられねえよ」
これは事実だ。
学園だけとか騎士団だけならまだしもギルドもとなると流石に敵になる範囲が広すぎる。
それにしてもフィーナがまさか俺がこのまま学園に残ると思っていたとはなんという能天気。
いや、万が一俺と敵対してもなんの問題もないってことか。
舐められたもんだ。
「………あの、ナナシさん?」
「あ?なんだよ」
「……よければ上着を貸していただけませんか?まさか服を買いに行っている間このまま放置されるとは思っていなかったもので」
さっきからずっと黙ってるから何かと思えばそんなことか。
別に死ぬほど寒いわけでもねえんだから構わねえだろうに。
「どうせすぐ新しい服来るだろ?もう少しくらい我慢してろよ」
「……私にだって羞恥心くらいあるんですけど」
「はあ?色欲云々はどうしたんだよ?色欲の癒兎とか言ってたろ?白魔法使えなくなって癒要素なくなって色欲まで失くしたらお前はなんなんだよ?」
「………………はぁい」
まあ可哀想と言えば可哀想ではあるんだけどな。
せっかくの眼福、拝ませてもらうに決まってる。
何よりメアリーの方を見ないようにと必死なフィーナを見るのが幸せだ。
「………つーか遅えなあの2人、またなんかに巻き込まれてんじゃねえだろうな」
「ナーガの買い物は長いですから、リリレイちゃんの服を買いに行った時も2時間は悩んでましたよ?」
------この馬鹿僧侶が。
「リリレイ?誰だいそれ?」
「あー……まあそんなとこだ」
フィーナにリリレイのことは伏せておくべきだろうが。
俺が言えることではないが俺たちにとって今のリリレイの価値は多くねえだろ。
フィーナにその存在を教えるのは今じゃねえってのに。
この少女はお前が殺した人間の娘だと。
フィーナの思考を止める程度の武器にはなったろうに。
「…………あ」
やっと気づいたかクソ僧侶。
まあしょうがねえ、多少のリスクは背負ってこそ。
まあエルザもいねえしちょうどいい、どうせ最初からそのつもりではあったしな。
----------『完全超悪』
魔力の解放、悪意の放出。
敵意を剥き出しにするこの力。
お前なら分かるだろ?
「………なんのつもりだい?ナナシ?」
「とぼけんなよ?エルザが負傷しててお前は1人、こんな好機を俺が逃すと思うか?」
俺を見ながらフィーナは立ち上がる。
小さくため息を吐きながら剣を抜き、刃を俺に向ける。
「好機……ね、2対1なら勝てるとでも思っているのかい?舐められたものだね」
「………舐めてんのはテメェだろ、じゃなきゃ1人で俺たちとここに残る理由なんてねえだろうが?」
にしてもコイツ、動いてやがる。
『完全超悪』の悪意の中で当然のように動いてやがる。
全力ではないとは言え、やはり慣れがあるのか、それとも悪に理解でも示したか?
まあどっちにしろ関係ねえな。
少なくとも今俺のやりたいことにそれは関係ない。
アイツなら理解してるはずだ。
『小鬼の毒撃!!!!』
その声と現れた者たちの魔力を感じたフィーナが焦るように後ろを振り向き、突然の攻撃を剣で逸らす。
しかし剣は腕に逆巻く風によって遠くに弾き飛ばされていった。
「あれ?直撃だと思ったんだけど、殺気でも漏れてた?」
「くはは……貴様程度の力で殺気とは笑わせおるわ、不意打ちが当たってもいないのにあのように声を張り上げれば誰でも警戒するに決まっているだろう」
「そうだね、しかも相手はフィーナ君だ。不意打ちだからと言って油断はよくないねナーガ嬢」
「かかっ、しかしあの程度の技を武器を失ってまで逸らすのが精一杯とは……勇者とはいえ小僧は小僧じゃのう」
「ふん、オレ様なら腕ごと吹き飛ばしてやったものを」
「………ナナシお兄ちゃん?」
そうだよなネザー、お前なら分かるよな。
【ちゃんと連れてこい】って言葉の意味。
「………これは参ったね」
「お、いい目してんじゃねえかよフィーナ。ここまでやらねえとそんな面にならねえのは気に入らねえけどな?」
さあ、どうするフィーナ・アレクサンド。
笑うしかないような絶体絶命の危機をどう乗り越える?
泣いても逃げられないような死の瀬戸際をどう切り抜ける?
「聖女に王子に緋剣に魔王、エルザの仇に小さな少女にお爺さん、その上親友か。ナナシの周りはいつも人に溢れていて羨ましい限りだよ」
「能書きはいらねし、時間稼ぎならさせるつもりもねえよ。1対8だぜ?切り抜けてみろよ?」
その言葉を戦いの火蓋にしてディーンとネザーがフィーナに向かって行く。
ディーンは燃え滾る剣を、ネザーは地面から短刀を何本も作り出してフィーナに向かって放り投げた。
さあ、見せてみろフィーナ・アレクサンド。
勇者という人間を、ここで見極めてみせる。
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