第25話:紅神家の真実

「力を失っているって、今は力を使いたくても使えないってことですか? だったら、ご実家に事情を説明して、一時的に制約をなくしてもらえば」

「そうじゃない」


美鈴の勘違いを綾香は素早く訂正した。


「そうじゃないの。今の零斗の中には、かつての力は無い。文字通り、失っているのよ」


ニュアンスや例えの話ではない。

口にした言葉の通りだ。


「力自体がないって、どういうことですか? だって先輩は覚醒者だって、さっきそう言っていたじゃないですか」

「零斗が紅神を出るために課したのは、ただの制約じゃない。命素エナは魂の素材だといったでしょ? 自身の力を別の器に封じ込めることは、命を引き裂いて取り出すことと同義よ。実際、貴女も見たでしょ? 力を使った後の零斗の様子を」


問題ないと、零斗は言っていた。

しかし、とてもそうは思えないほどに消耗し、零斗の顔色は白く、眼の下には深い隈が現れていた。


「命を引き裂く? そんなことが……」

「できる。紅神ならね」


今までとは違う、少し重い空気が部屋に立ち込める。


「君は確か、今朝の騒動からずっと零斗の傍にいたけど、おかしいとは思わなかった?」

「おかしいって……何を、ですか?」

「アイツの行動、その全てについて」


初めて零斗に助けられた時の単騎駆け。

仮想空間とはいえ、自らを抗体に喰わせて勝利した、シミュレータの対決。

突然、現れた抗体との、生身での戦闘。

自身の負傷も厭わずに、敵の殲滅のみを目的とした戦法。


その全てが、常軌を逸していた。


「でもそれは、誰かを守ろうと……零斗先輩が優しいから」

「優しければ何でもできると思う? そんな人間は、心が壊れた廃人とさして変わらない。死して歩く屍と同じ。マナの力で肉体の傷を癒すことは出来ても、肝心の魂自体はそうはいかない。今だって、零斗の命は古傷を開いたままの状態なの。あんなことさえなければ、アイツがこんな ――――」


少しだけ、蓋がずれてしまったのだと思う。

覗いた隙間から、今まで閉じ込めていた感情が僅かに溢れ出してしまった事に、綾香はハッとした。


「……申し訳ない。少々、取り乱したわ」

「いえ……ご兄弟の事ですし、無理もありません。心配……ですよね」


言わなくても良いことまで口にしてしまうところだった。


「ともかく、私は立場上、自由に動くことは出来ない。あの状態の零斗を前線に立たせるしかないことも事実。考えても仕方がない。それに、今回は"彼女"がいる」

「? それって、どういう ――――」


彼女?

それはもしかして、地下設備から連れ帰った少女の事を言っているのだろうか。


「なに、今回は事態を打開する方法のアテがあるという話さ。……さて、そろそろかな?」

「?」


 コンコンッ


「はいよん」

「こんばんは。少しだけ、宜しいですか?」


ノックに対し、綾香が返事をすると、そこには高校生くらいの少女が居た。

ワインレッドの髪と、桜色の瞳がよく似合う大変可愛らしい雰囲気の少女は、初対面でも特に緊張することもなく花のような笑顔を美鈴に向ける。


「初めまして、藤堂とうどう 朱音あかねといいます。零斗さんの同居人で、ここの孤児院で暮らしています。貧血で倒れたと伺いましたが、お体の具合は如何でしょうか?」

「あ、霧島 美鈴です。この度は、どうもお騒がせしました」

「いえいえ、零斗さんと一緒に暮らしていると、この位の事は日常茶飯事なので。それより、お腹の方は空いていませんか? もし召し上がれるようなら、もう少しで夕食の支度が整いますので、いかがですか?」

「待ってたよ、朱音ちゃん。今日はゴタゴタ続きだったから、昼飯も食べ損ねるし、もう腹ペコ」

「良かったぁ。では、居間の方に準備しておきますね!」


そう言い残すと、朱音は部屋を後にし、二人の食事の準備をしに向かった。


「今後の話は、また後にしましょう。今は英気を養わないと」

「いえ、そんなことは」


開いた扉から、とても良い香りが流れ込んでくる。

それに誘発されてか、美鈴の中の虫が騒ぎ出す。


 くきゅぅうう~~~……


「ゔっ……」

「君のお腹は正直者ね」


既に日も沈み、時間的には既に夕食時だろう。

だけれど、まさかこんな異常事態であっても空腹を感じるとは思わなかった。


「武士は食わねど高楊枝、って? さぁ、行こう」

「あ、あの。その前に、最後に一つだけ伺っても良いですか?」

「む。まだあるの……いいけど、一つだけよ」


美鈴には、先ほど零斗は力を失っていると聞いてからどうしても気になっていることがあった。

そんな状態で零斗が再び襲われたとしたら、今度こそ危険なのではないか、と。


あと数分くらいの余裕はあるだろうと、綾香は美鈴の質問に対して答えることにした。


「先ほどの、零斗先輩の事ですが、このままで良いのですか? 何処かに身を隠した方が……」

「そうしたいのは山々なんだけど、こちらが動かせる戦力は限られているからねぇ。今後の計画を考えると、アイツを対象から除外することは難しいのよ」

「そんな……」


それはつまり、零斗は襲撃者を捉えるため何らかの作戦に参加するという事だ。


「まぁ、そう悲観的にならないで。確かに零斗は力を失ってはいるけど、非力という訳ではない。現にこうして抗体を仕留め、襲撃者を撃退しているでしょう?」

「それは、そうですが……」

「言わんとすることは分からなくもないけど……。そうね、霧島。あなたは抗体の脅威度について説明は受けている?」

「? はい。事前講習の際に、簡単にですが」


抗体には個体の特性に鑑み、その総合評価に基づいてSSS~Eランクに脅威度は大別される。

それらは凶暴性、攻撃力、耐久力、攻撃射程、作戦難易度、俊敏性、マナ総量などを元に算出される。


ちなみに、加賀谷高戦に来る前に受けた事前講習では、ざっくりと各レートについて以下のように説明されていた。


『SSS』レート

多国籍軍を結成し、戦略的に戦う必要あり。近隣都市は問答無用で退避。移動予測を立て、連合軍の一大攻勢、または戦略兵器を使用して対処。 ※ 殲滅の保証なし


『SS』レート

確立した意思を持つ個体。一個師団にて対応。遅滞戦闘に移行し、近隣都市の住民避難を最優先に行う。


『S』レート

Aレートに比べて非常に火力が高い個体。"フォトンブラスト"と呼ばれるエネルギー集束砲を放つ。人間の思考を理解し、過去には意思疎通に成功した例もある。


『A』レート

本能的ではあるが、高い知性を有する。軍による大規模作戦によって対処する。ほぼ全ての個体に特異能力が発現し、都市型防護結界によって被害を防げるのは、このクラスまで。


『B』レート

知性が芽生え始めた状態。

軍による排除行動が必要。民間の警護会社では、許可を得られている一部の企業のみ対応可能。


『C』レート

巨大化した状態。対処にはストライカーの装備が必要。民間の警護会社で対応可能。


『D』レート

巨大化した状態。歩兵戦術で対応可能。民間の警護会社で対応可能。


『E』レート

駆除対称。


これらの脅威度に対し、レートのランクアップ間近の個体には"+プラス"、ランクアップ直後の個体には"-マイナス"を付与して評価する。


「では問題だけど。抗体を基準に考えた時、零斗はどの脅威度に相当すると思う?」

「えっと……」


確か、零斗は今日の抗体襲撃の際、あの巨大な個体をC+と言っていた。

ならば、それを仕留めた零斗は、C+以上という事になる。


「…… "B"、でしょうか?」

「おぉ、なかなかいい線をつくけど、残念。"A"だよ」

「"A"……ッ!?」

「気休めにしかならないでしょうが、これで少しは安心できるかしら?」


それはつまり、上位個体と呼ばれる抗体と単身で渡り合えるという事だ。

といっても、これまでの零斗の戦闘を間近で見てきた美鈴にとって、意外というほどのものでもなかった。確かに、それだけの戦闘能力を有しているのであれば、簡単にやられたりはしないだろう。


ここで、美鈴の頭に一つの興味が生まれた。

不謹慎といわれるかもしれない。けれど、美鈴はどうしても聞いてみたくてしょうがなかった。


「あの……ならもしも、零斗先輩が力を失っていなかったとしたら、どうなんですか?」


その質問はもしかしたら地雷だったかもしれない。

緊張で、掌が汗ばんでいくのがわかる。美鈴の質問を受け、綾香は視線を向け直すと、ゆっくりと口を開く。


「……知りたい?」

「……はい」


綾香の様子は非常に穏やかだった。

それでも、視線がかすかに変化したことに美鈴は気が付いた。まるで、こちらを値踏みするような、そんな視線。


「良いわ。零斗の本来の脅威度は ――――」


突風が吹いたのか、窓がガタガタと音を立てて揺れる。

それでも、綾香の言葉はしっかりと美鈴に聞こえていた。

そしてそのことを、美鈴は決して口外しない。してはいけないのだと、本能的に理解した。


それが露見すれば、国そのものが揺らいでしまうと分かったからだ。

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虹の在処 -化け物は戦場で恋を知る- 防人 康平 @sakimori_kouhei

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