女勇者、褐色ロリっ娘魔王をお持ち帰りする。~拾った魔王が可愛くて可愛くて可愛すぎるんですけど!~

榊原モンショー@転生エルフ12/23発売

第1話

 王国史上二人目の女勇者、シルファ・ラプラス。


「悪はこの手で滅ぼさなければなりません」


 魔王討伐の勇者パーティーのリーダーに就任した彼女は、腰に伝説の剣を携えて高らかに宣言する。

 代々、勇者クラスの力を持った者にしか扱えないという伝説の聖剣――《レーヴァテイン》の剣柄に、その白い手を宛がった。

 シルファの見据える先は、紫の空と二つの月光が不気味に輝く魔王軍の本城だ。

 ここに来るまでに、様々な魔物を打ち砕き、進んできた。

 残すところはあの本城を攻め落とすのみ。そうすれば、この世を混沌に落としていた魔王は滅び、世界に再び平和が戻ることだろう。


「これまで、数々の災厄をもたらしてきた魔王の首を土産に、王国へ凱旋しましょう。皆さん、最後の戦いですッ!」


 白銀の剣を空に掲げて、パーティー全体の士気を上げるシルファに、勇者パーティーのボルテージも最高潮だ。


「この命、王国の為に!」

『この命、王国の為に!』

「命を燃やし、悪を討ち滅ぼせッ!!」

『ゥオオオオオオオオオオッ!!』


 地が震えるほどの咆哮に、シルファの金髪が揺らいだ。

 ほっそりとした手足と凜々しい表情。左右に揺れる金色のポニーテールが煌めいた。

 白銀の鎧に身を包んだ彼女は、神々しさと共にある。

 シルファは檄をかけ終わった後に、ふと目を瞑ってこれまでの激しい戦いを懐古した。

 これから始まる最終決戦。不足はない。万全の状態で臨んだのだから、と。

 心の奥で高ぶる気持ちを抑えて、シルファは一歩踏み出した――


「全軍、本丸へ向かって、」


 ――その時だった。


「……てっ」


 ぺたん、と。

 シルファの前に何かが転がった。

 可愛らしく、幼い声が、緊張感に満ちた勇者パーティーに響いた。


「あ、あっ、その、大丈夫? 怪我はない? ごめんね、お姉さん達が注意してなかったから……」


 咄嗟に、シルファの足に当たって転げた一人の少女に向けて顔を近付ける。


「け、怪我してるじゃない。ちょっと消毒しなきゃ。ごめんね、痛くなかった?」


 シルファは、慌てて後方を向き直す。


「す、すまない! この子が怪我をしているようだ、しばしここで待機命令を出す! 副長、頼めるか?」

「――畏まりました」


 シルファの言を受けて、老年の男性が前に出てきたのを見計らった彼女は、少女の手を引いた。


 勇者パーティーから少し離れた場所に、小さな広場に出たシルファと少女。

 少女は呆然とした様子で、じっとシルファを見つめていた。

 黒褐色の肌に、紫がかった透き通るようなロングストレート。

 小さく華奢な手足は触れれば壊れそうなほどだった。


「足、怪我してる。ポーションがあるから、それを――」


 シルファは自ら装着していた白銀の鎧を脱ぎ捨て、服の袖を千切った。

 同時に、腰に提げていた回復用のポーション液を少女に垂らそうとするが。


「わたし、ひとりでなおせるよ」


 そんな舌足らずで、可愛らしい声がシルファの耳に入る。

 すると、少女は手に紫色の光を宿して、自分自身の足についた傷を簡単に治していく。


「……え!? あ、あなた……何で……!」


 シルファはその光景を見て驚愕するしかなかった。

 そう、なぜならその紫色の光は――。


「なんであなた、魔力が使えるの!?」

「……ふぇ?」


 足の傷を治した少女が、疲れたように目をとろんとさせてシルファの胸によりかかる。


「まりょくつかっちゃったら、つかれちゃった……。おねえちゃんのむね、ふっくらしてて、きもちいい」

「え!? そ、そう? あ、でも、悪い気はしないかも……」


 水辺のほとりで座る女勇者の胸に身体を預ける小さな女の子。


「ね、ねぇあなた名前、何て言うの?」


 ポニーテールの毛先をくるくるとまわしながら、シルファは問う。

 すー、すーと小さな寝息が胸の谷間にかかる。

 ちょっとくすぐったい気持ちだった。


「わたし、なまえないよ」


 少女は呟いた。


「名前が、無い?」

「うん。ちいさいころから、まおーさま、まおーさまってよばれてるだけ」

「ま、まおーさま……。あれ? ちょっと待って、まおーさまって、あなたまさか魔王様!?」

「ふぇー?」

「魔王……この子が、魔王……! いえ、あなたが魔王でももういいわ! 何この生き物可愛い可愛い可愛すぎるんですけど!?」


 ばっと、目の前の少女を引き離したシルファだった。

 だが、その紫色の髪と、悲しそうな瞳は、なぜかシルファの心を強く、強く締め付けた。


「みんなだっこしてくれないから、おねえちゃんがだっこしてくれてうれしい」


 にへらと、だらしない笑みを浮かべた少女はもぞもぞとシルファの胸の中に顔を埋めた。

 瞬間、シルファの頭の中で、何かがバチンと弾ける音がした。


「ぎゅーーーーーーっ」


 シルファは全ての理性をかなぐり捨てて少女を深く、優しく包み込んだ。


「おうち、帰りたい?」

「かえっても、おもしろくないからやだ」

「だから一人でお城から出てきちゃったのかな?」

じいやもおこってばっかだし、そとにはひとりででられないし、だれもだっこしてくれないから」


 そんな淡々とした問答で、シルファは自分でも気付く間もなく勇者にあるまじき一言を放ってしまっていた。


「ねぇ、あなたウチ来ない?」

「ほんと?」

「ウチに来れば、いくらでも抱っこしてあげるわ。夜も一緒に寝ましょう? 朝も昼も夜も、私と一緒に過ごしましょう?」

「……いく」

「何なら、朝昼晩ごはん全て完備するわ。あなたの欲しいものなら何でも買ってあげる。その代わり夜は抱っこさせて。あなたを抱っこするために私は勇者になったのかもしれないの!」


 ぎゅーっと、ぎゅーっと、何度も何度も少女を抱きしめるシルファ。

 紫の綺麗な髪の毛に顔を埋めると、ほんのり幸せな香りがした。

 目をキラキラとさせた少女はシルファをじっといつメタ。


「いく。えーっと、……えっと、」

「シルファ。私の名前はシルファよ」

「シルファ……さん」

「っくふふふふううう……!!! もうだめぇぇぇ!!」


 名前を呼ばれて思わず身体の芯が熱くなるのを感じるシルファだった。

 気を取り直すのにも一苦労だ。


「ありがとう。あなたの名前は、そうね、今日からあなたはまーちゃんよ!」

「まーちゃん……」

「そう! 魔王様だからまーちゃん! 良い名前だと思わない?」


 昔から、シルファはネーミングセンスが絶望的であった。

 初めて飼ったペットのヘルハウンドに、「ヘルちゃん」と名付けるほどには安直だったのだが、初めて名前を貰った少女――否、まーちゃんは徐々に嬉しさが込み上げてきていた。


「わたしは、まーちゃん」

「そう、あなたはまーちゃん」

「まーちゃん!」

「えぇ、まーちゃん!」

「わたしは、まーちゃん」

「そう、あなたはまーちゃんよぉぉぉぉぉぉぉ!!! おうち帰りましょう、まーちゃん!」

「はい、シルファさん!」

「えっと、それで、まーちゃんにはちょっとお願いがあるんだけどね――」


○○○


「……し、シルファ様。その子……」

「魔王は先ほど私が直々に倒してきたわ!」

「ほ、本当ですか!?」


 パーティーメンバーが次々と驚きを口にする中で。


「まおーさまに、やられそうだったところを、しるふぁさんに、たすけてもらいました」


 まーちゃんは、シルファに抱っこされたまま棒読みで暗唱するかのように呟いた。


「ほ、本当ですかシルファ様!」

「ええ! これで世界に平和がもたらされたわ!」

「しるふぁさん、ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございます」

「というわけで、パーティーは解散よ! お上に言っておいてちょうだい。私はこれから田舎に籠もってこの子を育てるの! 勇者稼業はもうやめる!」

『――はいぃぃぃぃ!?』

「ねー、まーちゃん♪」

「ねー、シルファさん!」


 こうして、魔王軍本丸を攻めることなく、大将は勇者の手に落ちた。そして――。


○○○


 王国の辺境にある一つの村に、二人の姉妹がやってきたという噂が流れていた。

 かたや、雪のように白く細い手足に整った顔立ち。妹にデレデレな姿は、村の風物詩となっている。

 金色に輝くポニーテールが楽しそうにゆらめくなかで、彼女は妹を抱いていた。

 褐色の肌に小さな身長。紫色の瞳とロングストレートを持つ妹は、まーちゃんと呼ばれている。

 彼らは、出自を決して語ろうとはしないのだという。


 小さな一軒家を借家にして暮らすその姉妹は、日も暮れた辺りでふっと蝋燭ろうそくの火を消した。


「シルファさん、だっこ」

「うん、おいで~。……うへへ、今日ももちもちのほっぺさんですね~」

「しぅふぁしゃん、ふにふに~」


 一つのベッドに二人は並ぶ。

 目をこすりながらシルファの胸にうずくまるようにして、小さな寝息を浮かべるまーちゃんと、彼女の頭を優しく撫でつつ……少し不気味な笑顔を浮かべるシルファ。

 その二人が、かつて人類を震撼させた魔王と、それに果敢に立ち向かおうとした勇者であることを知る者は、誰もいない――。

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