第6話『スクワッド』
※
「私は技術科の一年、湯霧かれんって言いますー。よろしくー」
先に自己紹介を軽く済ませた零二に続き、目の前の茶髪の少女は自らを湯霧加恋を名乗りぺこりと頭を下げた。それに倣って、零二も「あ、どうも」とペコリと頭を下げる。
「みゆきちゃんは、さすがに自己紹介くらいはしたんだよねー?」
「ああ、名前くらいは聞いた」
「じゃあ飛ばしてー、と。みゆきちゃんとー、しっちゃかめっちゃかしてるのがー、戦闘科一年の的場ももかちゃん」
「マトバって、あの?」
零二は、加恋に他己紹介された桃色髪の少女————深幸に髪の毛を引っ張られつつも彼女の腕を噛んで反撃している————的場桃花に目を向け、その名前が上司に渡された要人リストの上の方に記載されていた名前と一致することに気付き、確認をするように呟いた。
「そうだよー。ももかちゃんは、マトバコーポレーションのお嬢さまだよー」
「じゃあ、まさか。……十束ってのも?」
「そ。みゆきちゃんは、十束重工のお嬢さまってわーけー」
零二の問いに、あっさり頷いた加恋を見て、彼は内心で、またややこしいことになったと頭を抱えた。
というのも、零二に「あの」と言わしめた十束重工とマトバコーポレーションという企業は、自衛軍においてもウィザードならばガジェットは近距離の十束、遠距離のマトバと言わしめるくらいガジェット開発においては大企業であったからだ。両社は並んでこの国では右にでるものはおらず、世界でもその技術力と資金力はトップクラス。安心と信頼の十束製、進歩と革新のマトバ製と言えば、どこでも通用するガジェット格言である。
そんな世界的大企業のトップの娘二人と、入学初日から早々にして関係を持ってしまうなんて、零二は状況がどんどんと悪い方向へと流れていっていることに対して、辟易を通り越して自分の運のなさを嘆くしかない。
「それで? そんな良いところのお嬢さん方が、いったい俺に何の用で?」
「まあまあ、その前にもう一人。紹介しなくちゃいけない子がいるでしょー。ほら、つくもちゃーん。ちょっとこっちおいでー」
加恋は、さきほどからずっと無表情で目の前の事象には我関せずといった感じで、零二から少し離れた部屋の隅の方で三角座りをしてぼうっと呆けていた少女に声をかけた。ところが、ウェーブのかかった紫髪をショートヘアにした幼い顔つきの少女は、ぷいっと無言で顔を反らせるだけだった。
「ほーらー、こっちおいでー。飴ちゃんあげるよー」
まるで拗ねた子供をあやすような表情で加恋は、ポケットから某付きのキャンディを取り出してみせる。それを横目で見ること数秒、ようやく重い腰をあげてお尻を手で払うと、トテトテと言う擬態語が似合いそうなくらい可愛らしい足取りでゆっくりと近づいてきた。
零二と加恋の目の前で立ち止まった少女は、ゆっくりと顔を上げて半眼に開いた瞳を加恋が持っているキャンディに向ける。
「……二個よこせ」
「だめだよー。一度にたくさん食べるとお腹ぷにぷにになっちゃうよー?」
「……けち」
ボソボソと不平を漏らした紫髪の少女は頬を膨らませてキャンディを受け取ると、零二の方に向き直るとジト目を向けた。
「……あんだよぉ。これはボクのだぞぅ」
「盗らねえよ、そんなもん。つーか俺、甘いものは、わりと嫌いだし」
零二は嫌そうな顔をして某付きキャンディに上司の圧を思い出して若干引き気味になりながら、視線を加恋の方に戻した。
「つーか、このガキなに。ここ、高等部じゃなかった?」
零二の発言も最もであり、紫髪の少女の年齢は、彼女の華奢で幼気な身体や顔つきから、多めに見積もっても小学校から中学校に上がりたてと言っても過言ではない。そんな幼い少女がどうして高等部の訓練棟にいるのか。その応えを、加恋はキャンディを無表情で嘗め始めた紫髪の少女の頭を撫でながら言った。
「ほら、うちは飛び級があるでしょ。この子はその飛び級で高等部に今年入学した私たちと同じ一年生。ほら、つくもちゃん。自己紹介はー?」
加恋に促されて渋々といった具合に紫髪の少女は「志羽つくも」と自らの名前を明かす。そういえば、と零二は思い出す。
(そういえば、リストにもいたなあ。三つ飛び級して魔法学園の初等部から高等部にあがった天才児がいるって。これがその天才児ってやつか……。俺には飴ちゃんと一緒に年上を舐めてるガキにしか視えねえけど)
飴を咥えながら舌を小さく出してあっかんべーを零二に向けて行っている紫髪の少女————志羽津雲に、彼は片手を挙げて「よろしく」と返しておく。
「それで? 全員の名前がわかったところで、どうして俺はここに連れてこられた?」
「うーん、それには私たちの方に込み入った悲しい事情があってねぇ」
加恋は申し訳なさそうな表情でそう前置きしてから、自分たちの事情を話し始めた。
※
「なるほどね。つまり。なにか。あんたらは俺に、そのスクワッドってやつに入ってもらいたいわけか」
「そのとおりー」
ぱちぱちと手を叩いた加恋は、「まあ、私たちというよりかは、みゆきちゃんが、なんだけどねー」と付け加えた。加恋が視線を流した方向。そこには取っ組み合いに疲れたのか、汗だくで荒い息を吐きながら大の字になって床に寝転んでいる深幸と桃花がいた。殴り合いの結果は接近戦に長けている深幸の方に分があったらしく、受けているダメージは桃花の方が大きいようだ。前者は勝ち誇った表情で天井を仰ぎ見ており、後者は捲れてしまったスカートを戻す気力もなく「この脳筋バカぁ……っお父様に言いつけてやりますわぁ……」とうつ伏せで泣きべそをかいている。
零二は何とも言えない表情になりながら、彼女らから視線を外して加恋に向き直る。
スクワッド。
事前資料において、零二は魔法学園において戦闘科が定期的にチーム対抗戦形式の魔法戦闘演習を行っていることは知っていた。そのチームの一個単位がスクワッドと呼ばれ、通常戦闘演習ではそのスクワッドから五人の部隊員を選出して登録する必要がある。つまり、スクワッドを組むには五人以上の部隊員が必然的に必要となる計算だ。
十束深雪、的場桃花、湯霧加恋、志羽津雲、そして枇々木零二。
確かに、この部屋には五人の人間がいた。しかし————と、眉をひそめている零二が考えていることを察して、加恋が「そうだよねー」と同意する。
「おかしいよねー。スクワッドは五人揃わないと組めないからって、枇々木くんみたいな普通科のひとを連れてくるなんてねー。ほらー、でも仕方ないんだよー。あの二人はさー、ただでさえ家柄がすごくて浮きやすいのにさー、性格があの通りアレでしょう? そもそも四人目の数合わせ要員で戦闘が苦手な技術科の私がここにいる時点で、ねぇ?」
「……戦闘科でスクワット組んでくれる友達がいないのか」
「そのとおりー。どうやらさー、他の人たちはさー、入試の合格発表の日からすでに戦闘科の入学予定者同士でグループ作ってたらしいんだけどー、あの二人だけ誰にも声をかけてもらえなかったらしくって。入学式に来てみたら、もうあらかた仲良しこよしなスクワッドが出来上がっちゃってたみたいでー、どこにも入るスキがないらしくてさー。ここにいるつくもちゃんは、飛び級のせいで同じように他から浮いていたのをいいことに、お菓子を毎日買ってあげる約束で引き入れてきたわけだし。私は技術科なのにあの二人の腐れ縁っていう理由だけで半ば無理やり入らされちゃったし。それでも一人足りないからって、まさか普通科から連れてくるなんてねー。とばっちりだよねー」
「それってルール的にどうなの? 確かスクワッドは戦闘科がやる魔法戦闘演習なんだよな?」
「あ、それなんだけどー」
加恋は腰のサイドバックから取り出した自らの携帯端末をしばらく操作し、そのディスプレイを零二の方へよこした。
「ほら、これ。これが魔法学園の三校対抗試合の公式ルールなんだけどー」
年に一度行われる三つある魔法学園同士の魔法戦闘演習の交流試合、三校対抗試合————通称、トリニティ・マッチの公式ルールが記載された文書データをスクロールしながら零二に見せる加恋。定期的に、この第三魔法学園内で行われている戦闘科の魔法戦闘演習も、そのトリニティ・マッチの試合ルールに準じることになっている。零二は、その細かいルールブックの文字列に視線を奔らせてから、天井を仰いで溜息を吐く。
「つまり、スクワッドに技術科や普通科の人間が入っちゃダメっていう記載がないって? そりゃあ、ちょっと無理があるんじゃない?」
「私に言わないでよー。まあ、戦闘科以外の学生をスクワッドに入れることを禁止にする必要がない。ていうか、そもそも戦闘科のやる魔法戦闘に、技術科や、まして普通科の人間が入れるわけないってことくらい、私だってわかってるよー? でも、就職後のガジェット研究開発資金の予算をちらつかせられちゃったらさー。入らざるを得なくなーい?」
「あの二人の友達なんだろ? 湯霧さんにはご愁傷様だけど、なぜ無関係の俺が誘われてるんだ。あんな良いところのお嬢さんたちと関わりを持った覚えは、あいにくないんだけどな」
「加恋でいいよー、枇々木くん。ほら、今朝、入学式の前に、ちょっとした事件があったそうじゃないー? その時、みゆきちゃんがその場にいたみたいでさー。私は詳しくわからないけれど、枇々木くんなら心当たりがあるんじゃない?」
「……うぐ」
言葉に詰まった零二に対して、加恋は肩をすくめて一枚の紙を手渡してくる。
「これがスクワッドの登録票だよー。ここと、ここに、学籍番号と名前を記入すれば登録かんりょー」
「おいおい、待て待て。まだイェスって言ったわけじゃないんだけど? つーかイェスって言うつもりもねえし。そんな面倒なこと誰が引き受けられるってんだ」
加恋が差し出してきた紙とボールペンを慌てて押し返す零二に、床でへばっていた深幸がバッと起き上がってズカズカと歩み寄ってくる。彼女は零二の目の前までくると、彼の胸倉を掴み上げてから、にこっと背後に阿修羅の如く怒気を孕んだオーラをたぎらせながら微笑んだ。
「入らなきゃコロス♡」
「お、おーぼーだー。おい幼馴染なんだろ? 何とかしろよ、加恋さん?」
零二は助けを求めるように加恋の方を見やったが、当の彼女は諦めたふうに溜息をつくだけだ。
「加恋って呼び捨てでいいよー、枇々木くん。それにさー、諦めなよー。みゆきちゃんはやるって言ったら、ホントにやっちゃう子だからー」
「いいのかよ。十束のお嬢様がこんな恐喝事件を起こしてさ。明日の朝にはスキャンダルだぜ、きっとマジで」
「あんたこそ、わかってるわけ? ここには十束と、あそこでパンツ丸出しで伸びてるクソ女は的場なのよ? お金なんて有り余ってるわ。あんたみたいな庶民をたった一人消すなんて、造作もないことよ?」
「……マジで最低な台詞だぞ、それ。しかも金持ってるのはあんたじゃなくて親の方だ……っ、ちょっ、マジで絞めるなっ。首、しまるっ、おいっ。てめっ、堕ちる堕ちる————」
「あんたがサインするまで止めないから。安心しなさいよ。あんたに戦力は求めてないわ。試合が始まったらスタート地点に棒立ちで構わない。あんたウィーカーのくせ今朝みたいな動きができるんだから、危なくなったら自分の身を守れるくらいは守れるでしょ。ねえ、ちょっと聞いてる?」
泡を吹きかけていた零二を揺さぶるが、決して前言の如く胸倉を掴み上げた手を離そうとはしない深幸に、とうとう零二は観念して右手でペンを探した。
「はいはーい、ペンはここだよー」
すかさず加恋が零二の右手にペンを持たせ、半ば強引に登録票の上に持ってくると、遠のく意識の中で零二はなんとか『枇々木零二』という自分の数多くある偽名の中の一つを思い出し、サインする。
最後の文字を書き終えたのを見届けると、パッと零二を解放した深幸は、加恋からパシッとスクワッドの登録票を受け取って「おっけー」と軽く頷いた。
「……おっけー、じゃねーよ。テメエ、俺を殺す気か?」
跪いて咳をしながらご無沙汰だった新鮮な空気を肺に送り込んでいた零二は、ようやく息を整えると恨みがましい視線を深幸に投げかける。ところが、彼女はというと、その視線をどこ吹く風で受け流しながら鼻を鳴らすだけだ。
「……くそっ」
こうなってくると悪態をつくしかない零二は、「……よっわ」と呟きながら彼の方を呆れた視線で眺めてくる津雲を手で追い払うと、立ち上がって部屋の外に出ていこうとした。
「ちょっと。どこ行くのよ」
「帰るんだよ。言ったろ。部屋の片づけが残ってるって」
振り返えらずに答える零二の頭を、深幸は背後から腰に差していた刀剣型のガジェットを振り落した。鞘に入っているとはいえ十分な凶器であったその打撃を頭頂部に受けて、その痛みに呻きながら蹲る零二は再び叫ぶ。
「テメェ! 俺をマジで殺す気か!?」
「手加減はしてるわよ。それにあんた、ヒットの寸前に魔力を頭に集中して防御力上げたでしょ。その反応速度があれば戦力にならなくても足手まといにはならないわね。問題ないわ」
「ああ、そりゃどうも褒めてくれてありがとさん! だが、問題は大ありだ! こんな他人の後ろから手軽に撲殺してこようとする女と一緒の部屋にいられるか! 帰る!」
「だから、待ちなさいって言ってるでしょ」
再び頭を叩いてこようとした深幸に、零二はさっと振り返って振り落された刀剣型ガジェットを白刃取りした。しかし、途中で魔力を流すことで振りの速さをブーストした深幸の攻撃に、零二の両手は空かしてパンと虚しく打ち鳴らされるだけだった。
「ははは、その手はくらうかよ」
「くらってるようだけど?」
棒読み口調の零二の額から一筋の血が滴り落ちているのを指摘して、深幸は溜息を吐いた。
「私の見間違いだったのかしら……。まあ、いいわ。加恋、みっともないから始まる前に、その頭を治癒魔法で手当てしてあげて。ついでにあそこでへばってるパンツ丸出しのクソエイム女も頼むわ」
「らじゃー」
汎用の治癒魔法によって加恋から簡単な手当てを受けた零二は、かち割られた頭の治りたての傷口を撫でながら先ほど深幸が言った台詞に違和感を覚えていた。
「……ん? ちょっと待て」
その違和感の正体が何なのか、尾を引いていた頭の鈍痛が消えていき、クリアになってきた思考で、ようやく思い当たる。
(始まるって、何が?)
口を開けようとした零二を遮って、部屋の扉が音を立てて開かれた。入ってきたのは戦闘科の上級生らしき数人の男子学生だった。その一番手前にいるリーダー格らしき男子学生が手元の書類を見てから、顔を上げて部屋を見回す。
「えー、スクワッドリーダーの十束深幸さんはいますか?」
「はい、私です」
緊張した面持ちで前に出る深幸に、声をかけてきた男子学生は頷いて手元の書類に目を落とす。
「えー、それでは制限時間になりましたので、スクワッドメンバーの登録が五人に満たないため、今回の新入生対抗試合について、あなたのスクワッドは棄権ということで、よろしいですか?」
事務的な口調で話した男子学生に対して、深幸は「待ってください!」と先ほど零二がサインした登録票を突き付けた。
「さっき五人目を入れました。これで試合に出られますよね……?」
登録票を受け取った男子学生はそれに視線を流すと、驚いた風な表情になって部屋を見回して零二が黒い制服を着ている普通科の人間であることを認めた。その視線にいたたまれなくなった零二はペコリと会釈する。それに対して会釈を返した男子学生は、困ったという表情で手に持ったボールペンを回す。
「……うーん。困ったな。スクワッドに、まさか普通科の人間を入れるなんて。……技術科の子が入ってるってだけで、あれだけ問題視されたのに。さすが会長の妹さんはやることが違うね」
「……っ! ね、姉さんは関係ありませんっ! 五人揃ったら出られるって言われたから集めただけですっ!」
「そうは言ってもね。前代未聞だよ、これ。ちょっと僕の判断ではどうしようもないから、少し待っててもらえるかな。上に確認する」
男子学生はそういうと、胸ポケットから携帯端末を取り出してどこかへ連絡を取り始めた。その相手と二言三言話した後、通話を切る。それから数分後、携帯端末が再び鳴り、それに受話して「わかりました」と通話を切ると、やれやれと首を振って深幸の方を見やった。
「おっけーだってさ。この登録票は受理します。これにより十束深幸さん、あなたのスクワッドは大会規定要件を満たし、本試合の出場が可能となりました。よかったね。会長の鶴の一声だってさ」
「だっ、だから姉さんの名前は出さないで……もがもがっ」
「まあまあまあまあ。みゆきちゃん、落ち着いて。ありがとうございますー」
台詞途中で深幸の口をふさいだ加恋が、愛想笑いで男子上級生に頭を下げた。そんな彼女らから視線を外して踵を返すと、男子上級生は連れを伴って部屋を出て行く。
「あっ、すぐに準備してくださいね。キミらの今日の試合相手は、もうとっくに入場して待機してますよ」
扉を閉める間際に言い残した男子学生の台詞に、黙ってやり取りを聞いていた零二は「は?」と間抜けな声を口から漏らした。
※
「……なぜこんなことに」
零二の呟きは、どよめきに掻き消える。
演習場に入ると、そこはすでに熱気で満ちていた。
入学式当日早々。
その午後から組まれた新入生対抗トーナメントの各初戦試合は、入学式よりもむしろこちらがメインイベントであるといってもいいくらいに白熱していた。巨大ディスプレイが備え付けられた観客席には、新入生の父母らしき人々や、入学式に招かれた来賓、数多くの戦闘科の上級生たちが詰めかけていた。彼ら彼女らは、本日の最終試合に「あの」十束重工とマトバコーポレーションの令嬢二人がタッグを組んだスクワッドが出てくることを知っており、その登場を今か今かと待ちわびていた。ところが蓋を開けてみれば、彼女らのスクワッドが人数不足による棄権で相手方の不戦勝で終わるという肩すかしをくらっていたのだ。
そこに、今しがた進行司会の訂正が入り、急遽、試合が執り行われることになった。進行役の上級生の熱い紹介とともに入場する十束と的場の令嬢、そして飛び級で高等部入学を果たした麒麟児の入場で歓声が沸いていたところまでは良かった。しかしその後、技術科の少女が入場してきたかと思えば、最後は肩を落としてやる気がまったく感じられない黒制服————つまり普通科の少年である。
歓声はどよめきに変わり、やがて一部からは大きなブーイングが木霊したのは無理もない。
『ななな、なんということでしょう! 技術科ならまだしもっ、未だかつてこの練習場に足を踏み入れた普通科の人間がいたでしょうか! いや、いませんっ! ルール上どうなんだという指摘も観客席から漏れてきているのは私にも聞こえましたが! しかし! 生徒会からの通達がありまして、ルール上は特に問題はないとのことです! 我が大会放送班もまったくのノーマークで解説の仕様がありません! えー、今入ってきた情報の真偽は定かではありませんがーっ、本日入学式前に起こったボヤ騒ぎを、彼が止めたとか止めてないとか! しかし残念ながら実力はまったくの未知数だーっ! さあ、面白いことになってきたぁ!』
演習場の一郭に設けられている放送席には、マイクを持った司会進行役らしき上級生の女学生が興奮気味に叫んでいるのを零二は遠目に見やりながら、前を歩いてスタート位置に移動していく深幸へ声をかける。
「言っとくけどさー。未知数もなにも、俺はまったくの戦力にならねえぞ?」
零二の台詞に「私もー」と片手を挙げる加恋。背後を振り返らず鼻を鳴らした深幸は、「当たり前でしょ」と前置きしながら続けた。
「人数合わせに期待はしてないわ。足手まといにならないように、あんたたちは試合が始まったらフラッグの近くでじっとしてて」
「はーい」と返事をする加恋とは違って、零二はジト目で深幸の後ろ髪を眺める。
零二がついさっき加恋から教えてもらった新入生対抗試合のルールは簡単だった。
五人対五人の魔法戦闘試合。
相手の陣地にあるフラッグと呼ばれる身の丈代の旗を引き抜いて自陣に持ち帰るか、相手全員を戦闘不能にすれば勝利となる。逆に敗北条件は、相手にフラッグを取られて相手陣地に持ち帰られるか、チーム全員が戦闘不能になるか。戦闘不能というのは、気絶するか、それぞれに割り振られたヒットポイントがゼロになった場合を指す。遠距離系魔法は全て威力に応じたヒットポイントを削る非殺傷魔法に変更。また、ガジェットによる近接直接物理攻撃もリミッターが課せられて、致命的な攻撃だと審判役が判断すれば即失格となる。さらに、特殊条件として、それぞれのフラッグにもヒットポイントが設定されており、それをゼロにする攻撃を行ったチームは即敗北となる。
要は、人質奪還作戦を模したお遊び試合だ。零二は市街地を模しているのか、大小さまざまな構造物が置かれた演習場上空に、魔法にて浮遊する巨大ディスプレイにでかでかと映っている自分のやる気なさげな顔を眺めながら(潜入任務とは……?)という疑念を置いて溜息を吐く。
「実質、五対三でどうやって勝つつもりなんだ?」
「……あんたには関係ないでしょ」
「そりゃそうだけどさ。無理やり連れてこられて全治数か月のケガするなんてやだぜ、俺は。言っとくけど、相手がこっちまで来たら俺は即行で武装解除して降伏するからな?」
「べつにそれでいいわよ。あんたには何も期待してないわ。それよりも————」
深幸は隣に立って巨大なクロスボウ型ガジェットを重そうに担いでいる桃色髪の少女を睨んだ。
「わかってんでしょうね、マトハズレ。もし私に一発でも当てたら承知しないわよ」
その言葉に桃花はムッとした表情になったあと、嘲笑するように口元を小指を立てた手で隠す。
「あーら、何をおっしゃっているのかしら。もしあなたに当たっても、わたくしの射線に入る愚鈍でヘボなあなたがお悪いんじゃなくて?」
「言うじゃない。当てられるもんなら当てて見なさいよ。糞雑魚エイムのくせに」
「ぬぁんですってぇっ!」
「まあまあまあまあ。ほら、チームワーク、チームワークだよー。思い出してー。私たちは、今は、仲間。な、か、ま、なんだからー。ね? 仲良く、仲良くー」
「「こんな女と仲良くするなんて御免よ(ですわ)っ!」」
なだめる加恋に、同時に抗議の声を上げた深幸と桃花はお互い「「ふんっ」」とそっぽを向く。零二は(ホントは仲が良いのでは……?)という言葉は呑み込んで、隣で黙って座り込んでいた津雲に視線を流した。彼女は、地面に列をなして歩いている蟻を細い枝で潰して暇を持て余している。そんな津雲の頭頂部で愉しそうに揺れているアホ毛を眺めながら、もう一度、深い溜息を吐いた。
「おいおい、大丈夫なのか? 俺が言うのもなんだけどさ。まだ棄権していた方がマシだったんじゃないか? こんな協調性のないやつら。ボコボコにのされる未来しか見えないんだけど?」
喧嘩する姉妹を見つめる母親のような目で深幸と桃花を眺めていた加恋に零二が耳打ちすると、彼女は「まあまあ」と前置きしながら、背伸びしてヒソヒソと零二に耳打ちを返した。
「安心して? みゆきちゃんとももかちゃんは昔から見てきたけど、二人とも運とチームワークが悪いだけで、実力はあるから。そこに、新しく、つくもちゃんが入ってきたんだよ?」
零二が加恋のその意味深な台詞の意味を知るのは、試合開始後十分が経過したころである。
遠距離支援砲撃を行う桃花のもとで、始めのうちは相手チーム五人と数の差に負けず良い感じに戦闘を繰り広げていた深幸と津雲であったが、運悪く桃花の支援砲撃が相手チーム三人を相手に善戦を繰り広げていた深幸を背後から強襲。自分のヒットポイントが大幅に削れてしまい、慌てて相手から距離を取ろうと後ろへ跳んだ深幸が、ちょうど相手チーム二人を相手に善戦していた津雲とぶつかってしまい、二人は盛大に転倒。相手がチャンスとばかりに彼女らを取り囲もうとしたところ、牽制して二人が立て直す時間を創り出そうした桃花が、自分の全魔力を込めて放った渾身の一発を放つ。ちょうどその頃、「じゃまよ、馬鹿!」と深幸に言われた津雲が頬を膨らませて、深幸を自分の斧型ガジェットで吹き飛ばした。あろうことか、そこに桃花の牽制砲撃がドンピシャ。深幸のヒットポイントがゼロに。続いて、魔力切れを起こした桃花が目を回して前のめりに倒れて気絶して戦闘不能。津雲はというと、さすがに五対一では凌ぎきれず程なく敗北して地面に倒れた。
「……ね?」
ギャグのようなその醜態を眺めていた零二に、加恋が頬をかいて笑いかける。しばらくして、相手方チームの五人に囲まれた二人は、互いに見つめ合った後、同時に両手を挙げて「「参りました」」の一言を口から発した。
魔法戦争を終結に導いた最強のウィザードが、今度は落ちこぼれとして学生生活を送るようです。 まいなす @mainas
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