スイーツホリック

秋生

甘すぎくらいが丁度いい

初めて天里のお菓子を食べたのは、小学校三年生のバレンタインだった。

あまり親交は無くとも、同じクラスだったから。なんてことはない、所謂義理チョコというやつだ。

「すごい!天里ちゃんのお菓子、お店屋さんみたい!」

本当に美味しくて、心の底からそう思った。当時の天里はそれを聞いてはにかんで「ありがとう」と言ったのを今でも鮮明に覚えている。

忘れるはずがない。それが始まりだったから。

バレンタインをきっかけに天里と話すようになり、中学、高校と時を重ねてきた。

天里のお菓子を数え切れないくらい食べてきた。幾度となく彼女だけが創り出せる甘さに惹かれてきた。

夕方の教室。一つのイスに二人で腰掛ける放課後。高校三年生になってお互い受験勉強で忙しない日々を送っている。それでも、会えないのは寂しいから放課後に一緒に過ごそうということで、こうして空き教室で話し込んでいる。

「天里はさ、やっぱり調理系の学校に進むんだよね」

「そうだよ、瑞季はちゃんと学校決めたの?」

「調理系の学校があるなら試食系の学校もあっても良いと思うんだよね」

「残念ながら無いかなぁ」

天里はふふ、と小さく肩を揺らして笑う。私の肩に預けられた体からは甘い匂いが漂っている。

「天里ってさ、甘い匂いがするよね」

「そうかな」

体を起こして制服の袖口に鼻を寄せる。彼女はあ、と何かに気づいたようにして立ち上がった。

「瑞希は鼻が利くなぁ」

机の右側にあるフックに掛かった紙袋から何かを取り出す。

「昨日ね、作ったんだ」

リボンなどで可愛く包装された袋を私の手のひらに置く。

「何だろ、わ!なんかすごい可愛いお菓子だね」

手のひらサイズの黄金色のお菓子。口に入れると、ほろほろと崩れて優しい甘さが口の中で溶けていった。

「キャラメル?」

「そう、生キャラメル。美味しい?」

「うん。天里も食べる?」

「ひとくち」

天里はあ、と口を開けたのでそこにお菓子を近づける。

柔らかそうな唇がキャラメルを食む。今、そのふっくらとした唇に触れたなら、きっとキャラメルみたいに甘やかなのだろう。触れてしまえば、今のままではいられないな。

それに、私以外には触らせたくないだなんて、友達に対して抱く思いにしては随分と自分勝手だな。

「瑞季?ぼーっとしてるけどどうしたの?」

「ん、なんでもないよ」

「そっか。来週は模試があるから、次は再来週になんか作ってくるね」

「うん、楽しみにしてる」

少しでも特別に思って欲しい。少しでも私のことを考えていて欲しい。

友人としての距離感では既に物足りなくなっているのに気付きたくない。

気付いて欲しくない。触れたいけど触れたくない。少しずつ大きくなっていく矛盾に自分が一番困惑している。さっきまでたくさん甘かったのに、今はなんだか苦いな。

キャラメルはすぐ溶けてしまうから、困るな。

「じゃあそろそろ帰るね」

「天里」

「ん?」

「私ね、天里の作るお菓子が世界一美味しいと思ってるよ」

「...うん、ありがと」

不意打ちに赤くなる頬。本当に嬉しそうに笑うから、こっちまで照れてくる。

天里の甘さのおかげで、たくさんの物事の苦さを乗り越えられる。

もっと深い関係になりたいような、今のままでも楽しいような。

曖昧ささえ、天里がいるから楽しめるね。



あれから、またたくさんの時間を天里と過ごした。

マカロン、バウムクーヘン、カップケーキ。時を積み重ねて、重ねた苦さをまた甘さで打ち消して。

そして、甘さが溢れたんだ。

「来週だね、受験」

「どうなることやら」

「瑞希はこの街から出て行くの?」

「そうだね、一人暮らしになるよ」

「瑞希の大学、私の行きたい学校とあんまり離れてないよね」

「そうだね」

「い、一緒に住むのはどう?」

天里から放たれた言葉に思わず目を丸くする。

「そしたらさ、私は瑞季にお菓子の味見してもらえるし、瑞季はお菓子いっぱい食べれて一石二鳥じゃない?」

要は、卒業してもお菓子の味見係になって欲しいのだろうか。でもそれだけで一緒に住む理由になるのかな。さっきから天里と目が合わない。本心はきっとまだ別のところに隠しているのだろう。

「本当は?」

「......」

天里は頬をこれでもかというくらいに赤く染めて小さく零した。

「...離れるの、嫌だ」

今、この瞬間がチャンスだと思った。この機を逃してしまえば、きっと私は本当のことを言わないままになる。

「私も離れたくない。天里が好きだよ」

座っている天里を上から抱きしめる。ぎゅう、と力いっぱい。

「一緒に住もうね。毎日でも天里のお菓子食べるよ」

「...それだと、瑞季ちゃん太っちゃうなぁ」

へへ、と安心しきって思わず声が漏れた。

一旦離れて、天里は制服を正す。少し、緊張した面持ちで口を開いた。

「お菓子言葉って知ってる?」

「花言葉みたいなやつ?」

「そうだね。今まで瑞季に作ったお菓子、ちゃんとそういう意味もあるから」

スマホを取り出して、検索してみる。一番上に出てきたサイトをタップする。

キャラメル。

「一緒にいると落ち着く」

バウムクーヘン。

「幸せがいつまでも続きますように」

カップケーキ。

「あなたは特別な人」

意味に気付いたら、もう元には戻れないし、もう後ろも振り返らない。

「告白する勇気が無かったから、遠回しでも伝えようと思って...でもあんまりお菓子言葉とか知らないだろうし」

「でも、今ちゃんと伝わったよ」

もう、友達じゃ足りないね。

スクロールして、他にもお菓子言葉を調べてみる。すると、私が一番彼女に作って欲しいお菓子を見つけた。

初めて天里が私にくれたお菓子はクッキーだった。クッキーの意味は「あなたは友達です」

あれからこんなふうに意味が変わるくらいには一緒に居たんだな。

「天里」

「......」

少し私から近づいて、少し天里からも近づいて、触れた。

あのとき予想したみたいに甘くはなかったけれど。

「泣いてるの?」

「聞かないで」

「ふふ、しょっぱかったから」

「言わないで!」

口直しが欲しい。私が好きなのはやっぱり天里の作ったお菓子だから。

「天里」

「ん?」

「私ね、一緒に住んだら、天里のマロングラッセが食べたいな」

彼女は驚いて、照れて、はにかんで。やっと表情が落ち着いた頃に、静かに答えた。




「言われなくても瑞季に作ろうってね、私ちゃんと思ってたよ!」

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スイーツホリック 秋生 @ito-mo

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