第11話 扉の先と異世界のお仕事

「大変ご迷惑をお掛けしました」


「先輩゛〜! お゛か゛え゛り゛な゛さ゛い〜!」


 上司に頭を下げていたフタバの体にどすっと衝撃が走った。


 謎の魔力酔いで倒れて2週間ちょっと。


 久しぶりに見たその姿にナナミは顔をぐしゃぐしゃにして喜び、腰元にへばりついた。


「すみません、突然の休みになってしまって」


「えっと...フタバちゃん? 腰大丈夫?」


「お気になさらず。よくあることなので」


「そっかぁ」


 淡々と話すフタバとべそべそ泣いているナナミの温度差に上司も若干引き気味である。


「まぁ、フタバちゃん最近働き詰めだったし。前休んだのいつだった?」


「...覚えていません」


「その...ごめんね、労働状況最悪オーバーワークの部署で」


「いえ、万年人手不足なのは承知の上ですから」


「うん...ごめんね...」


 上司も上司で机には大量の書類。フタバが挨拶に行く前まで、隈の残る虚ろな目でハンコを押していたところだった。


「人員を増やそうとはしてるんだけどね...」


 そう言って遠い目をする上司。


 以前大規模な人員募集を行ったが、条件に合う魂は見つからず、今では時々新人が入ってくる程度に収まっている。

 大切な仕事であるが故に採用条件が異様に厳しいという話は採用担当や就職中の魂の間でも有名らしい。


「ああ、そうだ。ナナミちゃん」


「な゛ん゛て゛す゛か゛?」


「あらま、一回顔拭こうか」







「じゃあ、フタバちゃんは病み上がりだからあくまでもナナミちゃんの監督役ということで。一人でやる仕事はもう少ししてからね」


 上司はそう言って2人に書類を渡した。


『世界間接続部の封鎖について』


 作業手順と道具の場所が簡単に示されている、説明書のようなものだった。


「ナナミちゃんこれ系の仕事初めてだったよね?」


「はい!」


 勢いのある返事に微笑んだ上司はそっと立ち上がり、ついておいでと小さく手招きをした。


「普段はこの仕事担当の子がいるんだけど、この前怪我しちゃったみたいで、いろんな部署で代わりばんこにやってるんだ」


「今週はうちの当番だからね。本当はもっと人数増やしたかったんだけど、とある世界の神様が突然転生申請を出してきちゃって」


「あぁ、あそこですか...」


 察しのついたフタバはゲンナリとしている。

 それは過去数回にわたって唐突かつ締め切りの近い仕事を生み出し、所内に阿鼻叫喚の光景を作り出した元凶であった。


「そう、転生者の人数も多いものだから私含め職員の手が回らない状態なんだ」


「なんとか捻り出して私たち2人なんですね」


「そうなの。まあ、難しい仕事は担当の子が先に終わらせてくれてたみたいだから、2人のやつは単純作業ではあるかな」


「『ねじれ』って言われるような大きい穴じゃなくて、最大でもドアぐらいのしかないはずだから」


 そう話している間にたどり着いたのは備品室。


 踏み入れた瞬間は厚紙の匂いが、奥に進むほど埃臭さが増していく管理所のストックポイント。


 室内は無個性に並んだ金属棚と立てかけられた工具類で埋め尽くされ、大量の段ボールが積み上げられていた。


 不快な匂いに顔を顰めるナナミの横を通り抜け、上司は部屋の奥へと足早に進んでいく。


「確かこの辺なんだよね」


 ガサゴソと何かを漁る音が聞こえるがナナミたちの耳に届くが、上司が何をしているのかまでは見えない。


「おっ! あった!」


 明るい声が無機質な部屋に響いた。


 ようやく強烈なダンボール臭から逃れられることを察知したナナミは嬉しそうに奥から近づく足音を出迎える。


 上司は埃のついた腕いっぱいに何かを抱え、それをナナミたちに手渡した。


「良し、これで塞ぐの。今回は規模が小さいからこのくらいで足りるんじゃないかな」


 トンと2人の手に乗せられたのは見慣れたものだった。真っ黒な帯が何重にも巻きつけられた輪型の日用品。配達時には必ずと言っていいほどお世話になっているアイテム。



「ええっと、先輩。これって...」



「...ガムテープね」


 —————————————————————


「おい! 今日の飯はなんだ!」


「今日は疲れたからパッと肉焼くだけねー」


 今日もきた。私の家にちょくちょくやっていくる小さなお客さん。

 3人セットの少年たちはいつのまにか私の部屋に現れ、ご飯を食べると消える。一人暮らしの私が今経験している不思議な出来事だ。


「そうそう、サークルで行った場所にこんなの売ってたんだ」


「甘い匂いですね...なんですか?」


「あれ? 知らないか。『マカロン』っていうお菓子」


 派手な髪色の3人組はびっくりするほど世間知らずで、野生的。この前なんてベランダに遊びにきていた鳥を捕まえて食べようとしていたほどだ。もちろん止めたが。


「ねぇ〜、飯まだ?」


 青い髪を揺らしながら足元にくっついている少年がご飯を催促してきたので、一度リビングの方へ連行する。


「まったく君たちは...勉強とかしないの?」


 おそらく小学生ほどの彼らに声をかけた。私は彼らと会ってから一度も勉強をしているところを見たことがない。

 最近の小学生は宿題が少ないのかとも思ったが、学校の話すら出てこないので真相は闇の中だった。


「勉強なんかしてどうするんだよ」


「そりゃ、将来のためじゃないの?」


「将来?」


「うん。選択肢はあればあるだけ良いだろうし。君はないの? 将来の夢」


 私がそう聞くと、彼は少し言い淀んでしまった。小学生(推定)には早い質問だったかと話題を変えようとしたところ、少年はバッと立ち上がり大きく宣言した。


「夢...は......。もっと強くなって、王になることだ!」


『王』。偉い人という意味か、それとも強さへの憧れか。どこかの漫画に影響されたのかと微笑ましく思いつつ、目を輝かせて王になると宣言する少年に心があらわれたような心地がした。


「王様? 君が王様かぁー」


「なんだ、不満でもあんのか?」


「威厳ないなと思って」


 少しからかい混じりに言うと、少年が膨れっ面で抗議してくる。そんな抗議を聞き流しつつ残りの2人に目を向けると、彼らは『王』になると言った友人のことをこれまた光のある目で見つめていた。


「コイツはバカだけどすごいんですよ。体は強いし、根性もあるし!」


「すぐ突っ込むバカなんだけどね〜。ちゃんとやれるから大丈夫だよ」


 少しバカという言葉が目立ったが、純粋で綺麗な友情だった。何か心の中の黒いものが浄化された気がした。小学生ってこんなピュアなんだと一種の感動に浸っていると、真横から爆音が聞こえた。


「大人になったら見とけよお前ー!」


「はいはい」


 少年の頭を撫でつつ、少しの興味で質問を投げかけた。


「じゃあ、未来の王様。君の国はどんな国?」


「ああ! メシには困らねぇ国だ!」












 あれから数ヶ月。小さなお客さんたちはすっかり顔を見せなくなってしまった。影も形もなく、思い出だけが残っている。


 ...もしかしたら、彼らは妖精だったのかもしれない。


 少しメルヘンすぎる気もするが、少年たちの痕跡は次の日には消えていたし、隣人に尋ねてもわからないと言われるだけだった。


 もしくは疲労による幻覚か。


 何はともあれ今日、私は大学を卒業して新たな一歩を踏み出そうとしている。


 就職先は大学から新幹線で数時間の場所。このアパートはほぼ学生しか住んでない場所で、隣の子は職を見つけて早々に引っ越してしまった。私もこことはおさらばだ。


 もうすでに部屋の中はすっからかん。最後の挨拶にと部屋を見回す。


 最後の学生生活。決まらない進路やらなんやらで追い詰められていた私は不思議な少年たちと長いようで短い時間を過ごした。


 最初は捨て猫のように警戒していた彼らが自分から寄ってきてくれるようになったのはとても嬉しかったし、私の作った地味な料理を食べている姿に癒されていた。


 赤い目の彼に噛み付かれた時はびっくりしたが、しっかりと謝れる良い子で料理の手伝いをしてくれる優しい子だった。


 青い髪の彼のふわふわした様子には若干困惑したが、その楽観的とも言える提案に不安が軽くなった。


 色白の彼は生真面目で最後まで最低限の警戒は解かなかったが、2人のストッパーとして私に助言をしてくれた。


 全てが私の大切な思い出で、一生忘れない宝物だ。


 ピコン


 可愛らしい電子音と共に腕につけていた端末にこの後の予定が表示された。


 思い出に浸っていたらもうこんな時間だ。


 床に置いていたバッグを拾い上げ廊下に出る。

 そこでふと思い立った私はくるりとリビングへ体を向けた。


「今までありがとうございました」


 深くお辞儀をし、振り向くことなく玄関へと向かう。最後の部屋からはあの日嗅いだ草原のような香りがした。


 懐かしい香りに包まれながら私は、寂しさを振り払った清々しい気持ちでドアを開いた。


 —————————————————————


 ベリッとテープをちぎり、切れ目に沿って貼り付けていく。

 細かい切れ目にはサイズが合うように小さく千切り貼り付ける。

 時々力加減を間違えて使い物にならないテープ片が出てくるが、めげることなく貼り続ける。


 そんな作業を続けてかれこれ数時間。ナナミ、フタバ両名の手がベタベタしてきた頃、ようやく作業が終わった。


「よっし、終わった〜!」


「お疲れ様」


 空間内の切れ目をガムテープで黙々と塞いでいく。ただそれだけの単純作業。

 この空間に響いていたのはテープをちぎる音と貼り付ける音、そしてガムテープの切り口がひしゃげるたびに聞こえる深呼吸の音だけだった。


「まさかガムテープで物理的に穴を閉じるなんて思いもしませんでしたよ」


「見た目がただのガムテープでも貼り付けた瞬間に空間に溶けてしまうのだから驚きよね」


 そう言って空になった段ボールを見つめる2人。


『切れ目、ねじれも安心!マジカルテープ!』


 誰かが作ったらしいPOPにそう題された謎多きテープ。見た目は科学世界の商品そのものだが、切れ目に貼り付けると接着、同化しどこに貼ったかすらわからないほど完璧に修復して見せる。


 その製作過程は謎に包まれており、技術者の悪ノリで生まれた説や仕事に追われる空間管理課の悲鳴から制作された説などが噂されている。


「それにしてもサイズがバラバラでしたね」


「大きさはつながる場所によって変わるから、どうしようもないわね」


 小指サイズの小さな切れ目から人1人が通れるようなものまで。特に小さな切れ目を見つけるのは至難の業であった。


「これもどことどこを繋いでたんでしょうね〜」


 先ほどまで切れ目だった場所を撫でながらナナミが呟いた。塞ぎ尽くした空間内は切れ目など元から無かったかのように静止している。


「押入れや路地裏、社の中。極小のものはフローリングの隙間ということもあるそうよ」


 そう答えたフタバがチェックシートの欄を埋めていく。


 接続部の封鎖——— ✔︎

 空間の静止——— ✔︎

 転移生物の確認——— ✔︎

 ・

 ・

 ・


 上から順にペンを走らせ、1番下に到達したところで、そういえば...と話し出した。


「別世界と繋がったせいでベッドの隙間からスライムが湧き出てきたこともあったらしいわ」


「うへぇ。寝てる間に消化されちゃいそう...」


「されたわね」


「されちゃったんですね!?」


 自身がスライムにじっくり溶かされる状況を想像し、ナナミは身震いした。


 可愛いスライムも立派な魔獣。骨まで溶かすその粘液に囚われれば、意識が残ったままじわじわと死を待つしかないらしい。ナナミの同僚が魔術世界の転生者から聞いた話である。


「やだも〜。ベッド行くのが怖くなるじゃないですか!」


「どうせ職場転生管理所には湧かないわよ。職員の部屋に繋がるなんて聞いたことないわ」


「なら良いんですけどね...」


 不快感を残しつつも安心したような表情を見せるナナミ。転生が身近であっても死に関する話は恐ろしいようだ。


「先輩達は転生者の死因について話したりしないんですか?」


「まぁ、最初の頃は話してたけど、みんな回数を重ねていくごとに感覚がマヒしていくのよね」


「じゃあ滅多に驚かないんですね」


「そうでもないわよ。この前の転生者は迫り来るトラックを避けて、傍から出てきたバイクも避けたのに、何もないところで転んで頭を打ったそうよ」


「なんですかそれ」


 そんな雑談をしながら段ボールを運んでいたフタバの目にすでにゴミを処理し終えたナナミが、残しておいたテープの芯で遊んでいるのが見えた。


「お。ピラミッドできた」


「......ここはスライム湧くわよ?」


「急いで帰りましょう」


 —————————————————————


 暖かな日の差す執務室。平穏な春の日に、特に意味もなく国の主軸3人が集まっていた。


「っ〜〜、やる気が起きん!」


「どうしたのです国王様。まだ仕事はたんまりと残っていますよ?」


 ドンと鈍い音が平和な執務室に響いた。

 山積みの仕事を前に動きを止めた国王を宰相が不安な顔で覗き込む。

 その心配も気にせず、突如立ち上がった王は溜まったフラストレーションを解放するかのように言い放った。


「今の我らに足りないものはなんだ! お前たち言ってみろ!」


「今折れたペンの替えとインク」


「国王様の公務に対するやる気じゃないですかね」


「そう、食事だ!」


 効果音がつきそうなほど自信満々に言った彼の瞳には幼き日の恩人と素晴らしい料理の数々が浮かんでいた。

 辺鄙な村で、農夫として一生を終えるはずだった少年たちにささやかな希望をくれたあの懐かしい日々。

 しかし、彼らの秘密基地が山火事によって消えたことで、恩人に会いにいくための不思議な『トンネル』はなくなってしまった。


「大体、世界のどこを探してもあの味が見つからないとは何事だ!?」


「やっぱりあれは異世界だったんだろ」


「『まかろん』なんていう食材聞いたこともありませんから」


「知るか! 底辺から苦楽を共にしてきたお前たちにもわかるはずだろう」




「あれこそが我らの『おふくろの味』というやつだと!」



 少年たちはなんとかして再び『トンネル』を見つけようとしたが、すでに塞がれてしまった切れ目が復活するはずもなく。

 あの頃の思い出や知識を糧に鍛錬を積み、遂に国王にまで成り上がったのだった。


 就任当初は恩人が遠い国の人間だろうと考え、条件に合う人物や出された料理を探していた。


 しかし、どれだけ範囲を広げようとも見つからない。挙げ句の果てには3人が病気にかかったと勘違いした侍従に医者を呼ばれたほどであった。


 北へ南へ、どこを探しても見つからない恩人。

 もうすでに死んでいるのではないかと思い始めた矢先、宰相が言い出したのが『恩人は異世界の人間だった』という話だ。


 彼がその説を疑い始めたきっかけは他国で開発された世界をつなぐ召喚魔法だった。


 召喚された異界の聖女が恩人と似た服装をしていたと耳にした彼は過去の文献を漁り、その疑念を確信へと変えた。


「もっかい繋げるかあいつこっちに引っこ抜くかしようぜ〜?」


「バカを言うな! いくらなんでも無法すぎるだろう」


「お前だって会いたいくせに〜」


「元の世界に返す魔法はないんだぞ!? 誘拐じゃないか!」


 会いたいという感情を優先する近衛隊長と恩人の心を優先する宰相の言い合いがヒートアップしていく。その横で国王が異様に静かにしていたことに2人は気づいていなかった。


「なるほど......」


 ぽつりと落ちた一言が騒ぎ立てていた2人の耳に入る。


「お前...まさかやる気じゃ......」


 宰相が顔を青くして王へと顔を向ける。視線の先の主君は少年の頃のようなキラキラとした瞳をしていた。


「宰相よ! 魔法に堪能な者を城に招集しろ! 召喚の儀を行うぞ!」


「気前良いじゃん。さすが我らの国王」


「あーもう。早速国王バカがやる気になったよ」

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