第10話 恋愛ゲームのお仕事
「帰ってきて早々に仕事。やっぱりブラックだなぁここ」
現世出張から帰ってきたナナミはデスクに積まれた仕事を見てため息をついた。
「うわ、他から回ってきたやつか。めんどくさいな〜も〜」
不満をこぼしながら手に取ったのは今日中に行う必要のある転生のお仕事。
転生者は幼さの残る青年。写真の中で困ったように笑う彼は転生者としては珍しい魔法世界の出身であった。
7:3で、ある程度科学の発展した魔法世界。魔法が一般的ではあるが、一部の人間が娯楽程度に機械を作り嗜んでいる。
なんと面白いことにこの世界、『パソコン』があるらしい。
「それで...なになに? 条件付きの転生」
「記憶保持...スキルなし...友好度上昇...」
書類の中身は特に特筆することはない一般的な転生の内容であった。注文の多さが気になるが、それも常識の範囲内。一つ一つの条件を頭に叩き込んでいく。
「他には〜?」
さらにページを進めていくと出てきたのはいわゆる推薦者欄。魔力たっぷりの文字が大きく書かれていた。
末尾のサインには転生者の信仰していた知恵の女神の名。転生者の評価欄には少ないながらも情熱的な文章が載せられている。
「女神様相当気に入ってたんだね、この子。『賢者たり得る者』だなんて、大絶賛」
神の推薦によって転生する人間はさほど珍しくない。しかし、この女神は一個人に情を注がない平等な神として有名であった。
ともなればこの青年に恋をしたか、いっとう熱心な信徒だったのか。いや、彼の背景を考えると戦禍で失くすにはあまりに惜しい逸材だったのだろう。
何か大きな発見をする筈だったが、戦争によってそれを成し遂げる前に命が尽きてしまったのかもしれない。
「自分の司る分野の天才が戦いで何も成せずに死んだとなればこう...なるのかなぁ」
神の考えはわからないが、なんだか少し寂しい気持ちになったナナミは咄嗟に自らの両頬を叩いて仕事へと意識を向けた。
「まあ、記念すべき担当10回目! 頑張っていきましょ〜」
「あなたの願いは学問を究めることですね?」
「はい...でもそんなこと貧乏人の僕には......」
「叶えましょう」
「へ?」
「その願い、叶えましょう!」
天使の羽と輪をつけたナナミは、熱心に青年に語りかけた。
「条件付きではありますが、受けるのであればあなたの探究に最適な環境を用意しましょう」
「飢えも、貧しさも、戦争もありません」
「機械が発展した世界なので多少の不便はあるかもしれませんが、実験道具は揃いやすく、過去の文献も自由に閲覧することができます」
「本当ですか!?」
「偽りはありません」
青年は疑うこともなくするりと現状を飲み込み、提示された内容に感動すら覚えているようだった。ナナミとしては今回の転生者に説得は必要なさそうだと一安心である。
「あなたは転生後、好感度値を認識できる世界。当世風に言えば『恋愛シミュレーションゲーム』のような世界へ行きます」
「恋愛...シミュレーション」
なぜそれが?とでも言いたげな青年にナナミが問いかける。
「ご存じありませんか?」
「話には聞いたことがありますけど...」
「では内容はわかっていますか?」
「.........キャラクターとの恋?」
「そうです」
恋愛ゲーム自体がマイナーなものらしく、転生の条件としてその単語が出てきたことに困惑を隠せない青年。
しかし、あの世界では珍しくゲームの大筋を理解しているため、早速ナナミは本題に移った。
「さて、あなたに課される条件。それは...」
「10人の好感度を最高にすることです」
「...なるほど?」
疑問は残りつつもなんとか返事を絞り出した青年にナナミは少し分かりにくかっただろうかと説明を付け加えた。
「ああ、身内はカウントされないので悪しからず」
好感度はあくまでも友人や恋人に対するもの。今回の転生は親兄弟からの好感度は換算されない設定であった。
「女の子10人......」
「やり方はさまざまですよ〜」
好感度を上げるだけ上げて立ち去るも良し、付き合っては別れるを繰り返すも良し、10股するも良し。
『攻略対象』と会うことができればもっと楽だが、もちろんそのほかにも方法はいくらでもある。
「好感度は調べられる場所や教えてくれる友人がいるはずなので、転生後に確認してください」
これについては『攻略対象』と出会えれば自然と見つかるものなのでナナミは軽く話すに留めた。
彼女はそこよりも難易度の心配をしているようだった。
どのようなゲームでも、傾向はある。
彼がハッピーエンドを掴めればそれに越したことはないが、恋愛ゲームのバッドエンドは意外と悲惨なものが多いことをナナミは同僚にやらされたゲームで知ったばかりであった。
「あちらはゲームのように簡単に好感度は上がりませんからね」
「難易度は高いですよ? やりますか?」
そう言って先ほどまでの気安さを消し、まっすぐ青年の瞳を見るナナミ。
試すような視線に青年は少しの迷いを見せたが、次の瞬間には真っ直ぐナナミを見つめ返した。
「わかりました......やります!行ってきます!」
そう叫ぶと青年は光の中へ駆けて行った。
ナナミがやり切った様子でデスクに戻り椅子を引くと。
くしゃり
足元から音がした。
何かと思い下を覗き込むとシワの入った資料が2、3枚。整理中に落としてしまったらしい。
「......やばっ」
慌てて拾い上げるとそこには【注意】の文字。
それは転生前に職員がすべき事項の一覧だった。
注意事項は全部で4つ。
1:転生に際する条件についての説明
2:書類に記載したステータスで送る
3:好感度上昇の難易度に関する説明
そしてナナミが説明を忘れていた最後の項目。
攻略対象となる人物の概要。
『攻略対象』。それは転生者と親しくなる人間、その中でも好感度が上がりやすい者のことである。
なぜ攻略対象に関する説明が必要なのか。
それは攻略対象の好感度が100を大幅に超えた結果、バッドエンドになった前例があるためである。
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天使と別れを告げた後、僕は料理好きな父と少しドジな母の間に生を受け、貧困も災害もなく暮らしている。
この世に生まれて早15年。触れたことのない機械や高くそびえるビル群には驚いたけれど、今ではすっかりこの世界の一員だ。
そして何より勉強。学校ではたくさんの科目を学べるし、図書室は無料で本を読むことができる。先生は教育熱心な人で、僕が名門校を目指すと言ったら喜んで手を貸してくれた。
無理矢理戦いに駆り出されることもない。木の根を齧って飢えを凌ぐ必要もない。大人は僕を蔑まないし、友達も少ないながらにできた。
はっきり言って恵まれ過ぎている。
本当に僕をここまで育ててくれた父母や先生たちには感謝してもしきれない。
みんなのおかげで今、僕の目の前には国内屈指の名門校『雛園学院高校』の校舎があるのだから。
さあ、ここで僕の輝かしい高校生活が始まるんだ!
なんて思っていた時期もありました......。
「メガネくんさぁ〜、この後空いてる〜?」
「ダメ! 僕と遊ぶ約束してたんだから!」
僕の両隣を陣取るのは誰もが見惚れる美人。
2人は見惚れる群衆に目もくれず、僕を挟んで言い合いをしている。
「どーせゲーセンじゃん。新しいエリア完成したらしいからさ、遊園地いこ?」
そう言って腕を絡ませてくるこの人は鈴。
かなりのオシャレさんで僕が関わっていいのかと不安になるくらいの天真爛漫な一軍陽キャ。席が隣ということもあって、勉強のサポートをしたところ一緒に下校するくらい仲良くなった。
「何処行こうが関係ないだろ! 僕は3日前から約束してたんだ!」
鈴を引き離そうとしているのが幸。
部活動体験で意気投合してから歴史について語り合い、一緒にゲームをしたりしている。最近は歴史研究部かゲーム部、どちらに入ろうか悩んでいるらしく何度か体験入部のお誘いを受けている。
さて、話を戻して『雛園学院高校』について。
全日制普通科の私立高校で、進学実績も国内トップクラス。
勉学重視の学校だが部活動も種類があり、全国大会で優勝した部活もあるらしい。
運動部に関しては特別強いわけではないが、毎年どの部活もそこそこ勝ち上がっている。
また、年に一回『美人NO.1グランプリ』と言う他校から人が集まる謎の行事がある。
私服可であるためわかりづらいが、由緒正しき男子校である。
もう一度言う。男子校だ。
「ねぇ〜、いーじゃん! こんなチビより俺と遊ぼ?」
「バカ言ってんなよ尻軽! 僕が先だ!」
両脇の美人の性別は......言うまでも無いだろう。
僕は受験期の妙なテンションでこの世界で女の子の好感度を上げるという使命をすっかり忘れ、男子校を選んでしまったのだ。
それに加え、女の子と付き合うなど一切してこなかった僕は好感度の見える人間や機械に出会うことなく中学校を卒業してしまった。
その割には人生が順調に進んでいる気がするので、すでに条件を満たしているのではと錯覚したほどだ。
しかし、前世の友人(趣味:機械造り)が言うには「ボクが制作中のゲームには、好感度100で告白イベントがある」のだそう。
僕は一回も告白されたことがないので必然と条件は未達成となる。
つまり、今までの順風満帆な人生は偶然で、いつ人生が終了するほどの厄災がこの身に降り注いでもおかしくないのだ。条件が達成できないせいで今の幸福が崩れることを考えたら恐怖で夜も眠れない。
出来るだけ早く条件を達成したいところではある。
だが、雛園は男子校。高校内での女性との関わりは教師か教育実習生くらい。先生とは仲良くしたいと思うが、教師と生徒の恋愛となると大変だ。
いっそのこと孫的な意味で用務員のおばあちゃんの好感度を上げていこうと模索しているところである。
「あれ? 先輩じゃん」
おーいと手を振る鈴の向く先には同じ制服が2人。僕たちとは違う色のネクタイ。
先輩たちだ。
「おう!鈴!」
「相変わらず元気だね、昨日ぶりかな?」
彼らは生徒会の副会長と歴史研究部の部長。この前の部活動説明会で個別相談を担当してくれた人たちだ。
「先日はありがとうございました」
「いいのいいの。僕らの部活に興味を持ってもらえたのは嬉しいことだからね」
お礼を交えつつ雑談に移ろうとすると、袖をグイグイと引かれる。
幸だった。
僕の隣に引っ付いた彼を見て、部長は心底不思議そうに尋ねた。
「珍しいね幸君。君がそんなにくっついてるなんて」
「...別に......なんでも」
流石に部長の前では気まずかったのか不貞腐れたような顔で傍から離れる幸。
鈴は副会長と知り合いなのか、少しの会話と共に頭をわしゃわしゃと撫でられている。
「う゛〜、髪型くずれる〜!」
「相変わらず元気じゃねぇか! 3人で何してたんだ?」
ニカッと効果音のつきそうないい笑顔が向けられる。部長たちも下校途中だったようで、学校指定のバックには教科書が詰まっていた。
「...下校してただけですよ」
「なら、僕たちも一緒にいいかな?」
「...まあ......良いですけど...」
「そう! それはよかった!」
嬉しそうに僕の隣にやってきた部長はここぞとばかりに部活の説明を始めた。どうやらゲーム部と兼部しているらしく、僕が何部に入るのかを知りたいらしい。
「んじゃ俺ここ!」
「ちょっと先輩〜?割り込まないでよ〜」
悪い悪いと言いながら僕と鈴の間に入る副会長。部長の話に夢中になっていると突然バンと背中を叩かれた。
「鈴がよくお前のこと話してるもんだから気になってたんだ!」
ヒリヒリする背を撫でつつ、見上げると満面の笑みで肩を組まれる。副会長に悪気はないようだが些か力が強い。
「僕もまだまだ話したいことがあるな」
スッと目の前に躍り出た部長が僕の顔を覗き込んで微笑んだ。
「君にはぜひ我らが歴史研究部にきて欲しいと思っていてね」
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