第5話
その時だった。突如すすきの影から白い塊が飛び出し、熊に体当たりをかました。熊は予想外の場所からの不意打ちに驚き、大きく体勢を崩して転んだ。
「シロ…」
平助が呟いた。
シロはそのまま二人に駆け寄り、彼らの周りをくるくる回った。そして彼らに怪我がないことを確認し、安心したようにぴょんと跳ねた。
「助けに来てくれたのか…ありがとな、シロ。」
「シロが来てくれなかったら死んでただ。」
大人たちも安堵し、叫んだ。
「二人とも、熊が転んでいる間に逃げるぞ!」
「わかりました!」
太郎と平助はそのまま、熊から目を離さずに男たちの方へ近づいていった。
「よし、ひとまず山を下りる。戻ったら鉄砲や槍を持って迎撃の準備だ!」
「旦那、熊が起き上がりますよ!」
転んでいた熊がムクリと起き上がった。その目には、本来なら餌である生き物に一泡ふかされた怒りの色があった。
「まずい、皆、高台に…」
言い終わる間もなく、熊が吠えながら突進してきた。それにまたもやシロが飛びかかった。
「やめろシロ、殺されるぞ、逃げろ!」
太郎が大声で叫んだ瞬間、熊の前足がシロの華奢な体を思い切り踏みつけた。
「シロ!」
平助が悲痛な叫び声をあげた。
熊はその平助に向かって、今度は逃さないという意思表示か、大きな遠吠えをあげると、猛然と突進していった。
平助は身をかがめ、目を瞑って震えていた。が、自分に少しの痛みもない事を確認し、目を開けるとそこには、腹と口から血を流しながらも熊の耳に思い切り噛み付いているシロの姿があった。
「シロ…お前…」
シロはその勢いで、熊の耳を強引に噛みちぎった。熊はぎゃんと悲鳴を上げ、山の奥不覚へ逃げて行った。それを見届けると、シロの体はその場に倒れた。
「あ、シロ!」
太郎と平助が駆け寄り、平助がシロを抱きかかえた。
「兄ちゃん、シロの傷はどう?」
「これは…間違いなく致命傷だ。内臓が潰されてる。これではもう…」
「そんな!嫌だよ!シロ…」
平助の目から涙が溢れた。
するとシロは最期の力を振り絞り、平助の顔をペロリと舐めた。
「そんなに悲しそうな顔するなってことか…」
「シロ…」
平助はシロを優しく抱きしめ、背中をなでてやった。シロはそのまま、満足したようにまぶたを閉じた。
「お別れだな、シロ…」
平助はシロの亡骸をその場に横たえ、静かに涙を流した。平助だけでなく、太郎も、周りにいた大人たちも皆男泣きに泣いた。
村に帰った男たちは、槍や鉄砲で武装し、もう一度山へ向かった。人の味を覚えてしまった獣は、人里をいつ襲ってもおかしくないため、駆除しなければならない。
彼らはまず、山の麓に大きな落とし穴を作り、中に持ってきた槍を刃を上にして何本も差した。これにより熊が落とし穴に落ちた時に必ず仕留められる。
次に、銃を持った男たちは山に入り、熊を見つけて撃ち、麓の落とし穴に追い込んだ。熊はシロのおかげで耳が片方欠けていたため、彼らはすぐに個体を識別できた。
さて、熊の最期を見届けた後、太郎と平助は家に帰り、家族にこの日の事件の一部始終を報告した。
「そうか…危ない目に合わせて済まなかったな。」
父親が申し訳なさそうに言った。
「本当に無事でいてくれてよかった…」
母親は涙を流して言った。
「シロには感謝してもしきれないだ。」
「そうだな。」
太郎と平助は部屋の窓から夜空を見上げた。美しく輝く月の中のうさぎが、今夜は一段とはっきり見えた。
真夜中。太郎と平助は外に出て月を見上げていた。
「兄ちゃん、また鼻唄歌ってる。」
「ああ。またいつもみたいに歌詞は思いついていないよ。」
「なんだかいつもよりも随分寂しい歌だね。」
「…」
「そうだ、歌詞つける約束してただよね。」
「別にこの歌じゃなくてもいいぞ。」
「いや、これにしよう。今この瞬間、おいらと兄ちゃんがシロのために作る歌だ。」
「シロのために…か。結局、わしらの歌をシロに聞かせてやることはできなんだな。」
「ならせめて、おいらたちがこの歌をみんなに伝えていこう。シロがおいらたちのために命をかけてくれたお礼に、おいらたちもシロのために働こう。」
「…そうだな。」
「ようし、歌詞思いついたよ。えーっと…」
「…暗い曲なのに少し明るすぎるだよ。」
「いいだよ。シロは怪我をしてもすぐに飛び跳ねたりする元気な子だっただよ。」
「そっか。ふふ、そうかもな。元気すぎるくらいがちょうどいいかもしれないだ。」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。
うさぎうさぎ
何見て跳ねる
十五夜お月様見て跳ねる
十五夜 Anti-Ragweed @tamageri-ta
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