第4話


「よし。これだけあれば十分だろ。」

 一面のすすき野原で、太郎と平助は難なくすすきの収穫を終えた。

「兄ちゃん、早く終わったし、シロに会いに行こうよ。」

「村長の息子さんの目の届かないところには行くなって言われただろ。第一、この暗さじゃシロも寝てるかもしれないし。」

「そっか…」

「また明日会いに来ればいいよ。」

「うわああああ、た、助けてくれええ!」

 太郎が平助を慰めていると、不意に離れたところから悲鳴が上がった。

「今の声は誰だ?」

「おい、どうしたんだ?」

 村の男たちが心配して声を掛ける。しかし返事は帰って来なかった。

「お、おい、これは…」

 悲鳴が上がった側にいた男性が青白い顔で言葉をつまらせた。

「ど、どうしただ?」

「うっ!」

 太郎が男の側に行くと、そこにあったのは頭から血を流して斃れている、先程話しかけてきた青年の遺体があった。

「熊が出たのか?」

「どこにいるんだ?」

「すすきで隠れて見えないぞ!」

 男たちが一斉に、怯えた顔で辺りをキョロキョロと見回した。

「焦るな!焦って走り回ろうものなら熊は追いかけてくるぞ!」

 村長の息子が一喝し、皆幾分か平静を取り戻した。すると直後、熊の唸る声が青ざめていた男のすぐ後ろから聞こえた。

「う、うわあああああ!」

 一旦落ち着いた男はまたすぐに取り乱し、背中を向けて走って逃げようとした。

「あ、馬鹿!走ったって追いつかれちまうぞ!」

 周りの者がそう叫んだ頃にはもう遅く、あっという間に男の姿はすすきの中に消え、後には不快な咀嚼音だけが響き渡るだけだった。

「皆、襲われた者には悪いが、彼らを助けようとしてやられては元も子もない。今熊が死体を食っている間に山を下りるんだ!」

「でも旦那、熊がわしらを追いかけてきたら、村にまで被害が出ますぜ!?」

「むむ、しかし…」

「おいみんな、もう食う音が聞こえないぞ!」

 一人の男が叫んだ。はっとして皆が聞き耳を立てると、確かに先程までの咀嚼音が聞こえなくなっている。また熊を見失ってしまった。

「こ、今度はどこにいるんだ?」

「太郎!平助!後ろだあ!」

 村長の息子が叫んだ。

 はっとして二人が後ろを振り返ると、口の周りに血を付けた大きなツキノワグマが日本足で立っていた。二人は男のように走り出したりはしなかった。冷静に対処しようとしたからではない。恐怖で動こうにも一歩も動けなかったのだ。

「二人とも、目を見ながら後退りして高台に登るんだ!自分を大きく見せろ!」

 男の一人が叫ぶが、二人の耳には届かなかった。恐怖のあまりただ立ちすくむ事しかできなかった。その無防備な子どもたちに、熊は咆哮とともに豪腕を振り上げて遅いかかろうとした。

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