地平線を探して
流々(るる)
いつかきっと
「さてと。そろそろ戻らなきゃ」
サンドイッチを食べ終わり、ベンチから腰を上げた。
ウォーターボトルと入れ替えにドローンカメラをバッグから取り出す。せっかくここまで来たのに写真を撮り忘れたらカイに何を言われるか分からない。
(こんな感じかな)
スマホを見ながらアングルを決めてポーズをとる。
画像を確認してからバッグを前かごに入れ、赤い自転車へまたがった。
ソーラー型電動自転車が当たり前のいま、僕の愛機は年代物の真っ赤なママチャリだ。これに乗っているだけで小学五年生の僕でも街中の視線を感じる。
ここから第三バンチまでは二時間くらい、カイと約束している三時には間に合うはずだ。今朝の天気通知で四時から雨にする、って言ってたからそれまでには家に帰りたい。
あと十日で秋が始まる。残り少ない夏の風を感じながらペダルに力を込めた。
この第十二バンチは第一バンチと同じように軍の宿舎や兵器の格納庫がフェンス越しに並んでいた。地味な色合いの街並みが何となく緊張感を押しつけてくる。
サウスロードを目指して走っていると連邦の軍服を着た兵士たちとすれ違った。
(このまま戦争になんて、ならなければいいけれど)
宇宙連邦と地球共和国との間では対立が激しくなっていて、連日のニュースでも取り上げられている。いつ戦争が起きてもおかしくないと夏休み前の授業で先生も言っていた。
でも、そんなことより目の前の大問題、夏休みの宿題を片付けるという使命が僕にはある。サウスロードに出てからスピードを上げた。
メインストリートになっているこの道は東西をまっすぐに通っているけれど、街区ごとに二十メートルほどクランクしている。
道の正面には工場らしき建物が見えている。突き当りを左、そしてすぐに右へと曲がると、また正面に工場。車がスピードを出し過ぎないようにこんなへんてこな道を作ったらしい。
工場群を抜けてバンチも一桁に入るとオフィス街へと景色も変わる。来るときに通ったノースロードと街区の構成は変わらない。午前中にドローンカメラで写真を撮ってあるから、ここは休憩なしで愛機を走らせた。
第七バンチに入った所で二時。いいペースだ。この辺りの官公庁エリアは街路樹も大きくて、木陰にベンチも置いてある。
(この先は居住区だったよな)
赤いママチャリにまたがったままスマホを取り出し、位置情報を確認した。ここでもこの自転車は珍しいようだ。遠目で写真を撮っていく人もいる。
「ママチャリはやっぱり珍しいらしく、写真を撮られた。アイドルになった気分」
ボトルを口にしてから、スマホに音声メモを残した。あとでレポートを作る時のために街並みの印象もメモに残す。
第四バンチに入ると景色は一変する。
ここから第二バンチまでは一次産業エリア。畑や森、牧場が広がっている。第三バンチで生まれ育った僕にとって、この草の匂い、土の香りが今までのアウェイ感を拭い去った。
冒険なんて言えないほどの自転車旅だったのに、どっと疲れが出てきた気がする。
もうひと踏ん張り、待ち合わせをしている学校前の公園までは十五分くらいだ。
「ちぃっす」
「あ、カイ! めずらしく早いじゃないか」
三時にはまだ五分あるのに公園のベンチからこちらへ右手を挙げている。
幼稚園からのつきあいだけど、カイが約束の時間に遅れなかったことなんて記憶にない。
ママチャリをベンチの横に停めて、となりへ腰を下ろした。
「お前が自転車でコロニー一周するっていうから、ゴールのお出迎えをしなきゃと思ってさ」
「それにしては拍手も歓声もなかったけどね」
「まぁ細かいことは気にすんな」
笑ってごまかされたけれど、待っていてくれただけでうれしかったよ。
僕も笑顔になって、バッグからノートを取り出した。
「はい、これ」
「わりぃな。助かるわ」
カイは両手を顔の前で合わせ、頭を下げる。
夏休みの宿題になっていた算数のテキスト、その解答集をなくしたらしく答え合わせが出来ないからノートを借りたいと言ってきた。そもそも、全然やっていないんじゃないの、という気がしないでもない。
「三時の待ち合わせにしておいてよかったね」
「なんで?」
「四時から雨になるって言ってたじゃん」
「え、マジ!?」
「もぉ、天気通知くらい見ておけよ」
天気も季節も人口管理されているから、雨が何時に降るか、夏は何日までかもあらかじめ決められている。地球では今でも猛暑だとか大雨やらがあるらしいけれど、ここは穏やかな四季を感じながら過ごせている。
クリスマスイヴには必ず雪が降るし。
「で、コロニー一周はどうだったんだよ。第十二バンチの端まで行ったんだろ」
「どでかい金属の壁があるだけ。なんかさ、軍が使うハッチとか、宇宙空間を眺める展望窓とかあったらいいのにと思ってたけれど、やっぱ幻想だった」
ドローンカメラで撮ってきたばかりの写真をスマホに転送してカイに見せた。
「へー、こんな感じなのか。その辺の詳しいことは授業でも教えてくれないからな」
「南に向かって一周もしたんだ。地平線が見える気がして」
「さすがにそれはやらなくても分かるんじゃね。ぐるっと回って戻ってくるだけだろ」
「うん、そうだけどさ。自分の目で確かめてみたかったんだよ」
僕たちの住んでいるコロニーは、直径が約六.五キロ、長さが約三十キロの巨大な円筒型をしている。
コロニーは二分に一回の割合で回転し、その時に生じる遠心力を疑似重力として円筒の内壁で生活していることを小さい頃に教えられる。
そう言われても何のことかわからなかった。きっと地球に住んでいる人も、地球が丸いと言うことを実感していないんじゃないかな。
この回転軸には気象導管と呼ばれる設備があって、疑似日照や降雨・降雪装置が組み込まれているそうだ。
東西南北も方位を表すのではなく、位置情報で方向を表す記号として使われている。
カイの言う通り、南に向かって走っている間も目の前には次から次と畑や森、牧場が現れるだけで、地平線を目にすることはなかった。
「カイは自由研究も終わったの?」
「ああ。休みの間に家族で惑星メガデスへ旅行に行ったんだ。そのときのことをまとめた」
「ほんと!? いいなぁ、惑星旅行。まだ行ったことないよぉ。どうだった?」
「それがさ、ホテルの部屋がマウンテンビューなんだよ。マジかと思ったよ」
「えー信じらんない。せっかく惑星に行ったんならホライズンビューでしょ」
「だろぉ?」
「で、地平線は見れた?」
「展望ラウンジがあって、そこから見えますって話だったんだけど行ってた間は砂嵐がひどくて……」
「見れなかったの!?」
だまってうなずくカイ。
そうか、ダメだったのか。
いつか見てみたいな、地平線を。
*
「その頃からの思いがきっかけで、博士は
「そうだよ」
ゆったりと流れる時間を持て余し、若い彼に昔話を聞かせてしまった。
あの小さな冒険から五年後、ついに宇宙連邦と地球共和国との間で全面戦争へと突入した。いわゆる三年戦争におけるコロニー落としで地球は大きなダメージを負い、限られた地域でしか生活できなくなった。
そこで新たな居住可能となる惑星を探すプロジェクトが、停戦後に宇宙と地球の合同事業として立ち上がったのだが……。
「そろそろ交代の時間だな」
「あっという間ですね、一週間って」
「そうかもしれんな」
彼の言葉に思わず笑みを浮かべる。
確かに私が生まれてからの時間に比べれば、一週間などほんのわずかな時にしかすぎない。
「では、交代者のカプセルを解凍しにいくとするかね」
彼を伴いコントロールルームを出た。
この宇宙船はあらかじめ解析されたデータに基づき、人が住める可能性がある惑星まで自動航行となっている。
エリアBのハッチを開けると、薄暗い照明の中にいくつものコールドスリープカプセルが並んでいた。この船だけで五百を超える人々が眠っている。
壁のパネルを操作するとランダムに選ばれた二つのカプセルが解凍作業に入った。
「次に君と会えるのが新たな星の上であることを祈るよ」
「ぜひそうであって欲しいものです」
到達した惑星が詳細調査で居住不可と判断された場合は、また別の惑星を目指すことになる。
私がこの船に乗って何年の時が流れているのか、もう覚えていない。
たしか以前に当番となったのは十年ほど前だったはずだ。
それでも信じている。
きっとこの目で地平線を見る日が来ることを。
― 了 ―
地平線を探して 流々(るる) @ballgag
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