第4話 心の拠り所

「利夢、奇遇だね」そこにはいるはずのない霞の姿があった。

「なん、で……」彼女を見た瞬間いくつか思い浮かんだことがあった。

 何でここにいるの?

 何で来てしまったの?

 何で、何でそんなえがおなの?

 そんな苛つきと不満と疑問とが入り混じりながらも、恐怖が薄らいでいるのを感じた。そんな自身に嫌気がさす。あんな啖呵切って結果がこれだ。

「あっちにさ。席がふたつ空いてるからさ!そっちに行かない?」

 真っ直ぐに伸ばされた右手を素直に取れないのには、恐怖ともう一つ。どうしようもない意地が邪魔をした。

 そんな利夢の心境をよそに霞は利夢の冷え切った手をひったくり、無理矢理に立たせた。

「ほら、行こ!」

「……うん」二人はそのまま隣の車両に移って行った。恐怖がだんだんと引いていき、熱が戻てくるのを感じる。それと比例して溜まっていたものが吐き出るように口々から出てきた。

「何でここにいるの…何で来たの…何でs……」最後の一言が喉の奥で突っかかった。下を向いたまま悔しさと虚しさを噛みしめながらも、最後の一言が出なかったのは霞の気持ちも理解できてしまったから。のは一番最初に嫌いになったものだから。

「馬鹿だね利夢は…ここにいるのも、ここに来たのも、笑えるのも利夢ともだちだからだよ」顔を上げると笑顔の霞が、いつもの霞がいた。ここで利夢は初めて気づいた。自身の握られている手が震えている事に。

「馬鹿はどっちよ」


 二人は目的の場所。駅に着くまでいつも通りのくだらない趣味の話を続けた。もちろん電車の中だ。そうそう大声など上げられなどしないが、時々声を荒げかけて辺りを不審に見回してみたりと、まぁ楽しい時間というのはあっという間に過ぎるものだ。

 日は落ちかけ夕暮れ時。電車内に放送が入る。

「次は昭和、昭和駅……」

「もう着いちゃうね……」

「うん」

「大丈夫?なんて言うだけ野暮だよね」

「……」

 電車内は静かだ。電車の車輪の音、車両が揺れる音、乗客の息遣い、それぐらいしか聞こえてこない。霞は静かに横にいる利夢の顔を覗き込む。それ程までに、怖いくらいに利夢が落ち着いていたからだ。霞の視線に気が付いたのか利夢はチラリと視線を返す。

(普通だよね……うん、普通か……大丈夫。いつもの利夢だ)そう確認が取れた。そう確信した霞は自然と笑顔が溢れた。その緊張感のないある意味腑抜けた顔を見せられて妙に照れる利夢。

「何なのよ」頬を少し赤らめる利夢を見てより口角を緩ませる霞を見て同じように利夢も釣られて笑った。

 そんな微笑ましい一瞬が過ぎ、電車が止まった。利夢は立ち上がり座る霞を見下ろして言った。

「あ!そうだ。利夢ちょっと待って」霞はゴソゴソと自身の高校の指定バックを弄ると、それを利夢に手渡した。

「はい。御守り!」

 それはあの気持ち悪いゾンクラだった。

「嫌だよこんなキモいの」

「はぁ〜!」

 いつもの言い合いが始まる前に利夢は電車を降りた。

「バイバイ」

「また明日!」


 夕暮れと夜との狭間、逢魔時。街頭が灯りを灯し始める。いつもの帰り道だ。だがいつもとは違う圧迫した緊張感が利夢を包んでいた。怖い。確かに怖いが、あの時は程ではない。大丈夫だと言い聞かせながら目線を若干落としながら歩いていたのが不味かった。

「うわぁ!」

 前から来る通行人に気づかずにぶつかってしまった。前から来たその人も利夢には気づかなかったのか手に持っていたコンビニ袋を落としてしまった。

「す、すみません。私周り見てなくて」急いで道路に落ちたおにぎりやらを拾い集めた。

「い、いえ。こちらも不注意が過ぎました。申し訳ない」その人はスーツを着てどうやら仕事帰りのようだ。互いに誤り倒すとスーツの男が利夢の表情を見て心配するようにコンビニ袋からお茶を取り出した。

「もし良ければ、これどうぞ。顔色酷いですよ」その一言に利夢もハッとする。

「い、いえ大丈夫です」その明らかに最近の若者の反応に対してスーツの男は無理矢理にペットボトルを押し付けると、コンビニ袋を持って利夢の横を通り過ぎていった。

「あまりこんを詰め過ぎないようにね」スーツの男はそう言い残してその場を去った。その見知らぬ人の顔を見た。酷いクマが目の下を覆っていたのを見て同族嫌悪のようなものを感じたのは今の自分がどれだけ荒んでいるのかを分からせてくれた。

(気持ちが悪い……)

「はぁ、暖かい」そのお茶は地味にマズかった。


 利夢は警察との計画通りいつもの登下校の道を通り、そして取り押さえる。だと言うのにどうしてだろうさっきから人の気配が感じられない。それでも不思議と電車の中でのような動揺は起きない。これも霞効果だとしたら本当にウケる話だと利夢は心の中でほくそ笑む。

 少し俯いて、ただただいつも通りの道を歩く。時々街灯の明かりが目の前に広がる。

(もうこんなに暗くなったのか。なんだかいつもよりも日が落ちるのが早いな。気のせいかなぁ?)

 そんなぼんやりとしたなんとも緊張感のない感覚でいるをなんとも思わない状態から脱したのはいつの間にか目の前にいたコートを羽織った男から声をかけられたからだ。

「やあ、こんばんわお嬢さん」その声に頭が急にはっきりとした。そして異変に気がつく。何故か利夢は見知らぬ公園に立っていたのだ。


 警察側は騒然としていた。

「彼女からの連絡はないのか!」

 電話男が覆面警官に向かって叫ぶ。

「はい。こちらから呼びかけても何も返信もなく……」弱々しい答えが返ってくる。

「はい。じゃねんだよ!」

 つい口調が強まる。ダメだ悪い癖が出ている。切羽詰まると無駄な暴言が出る。もう前みたいな下っ端じゃないんだ。落ち着いて冷静に……

「犯人と思われる人物の方は?」

「こちらは大丈夫です。視界には捉えています。」

「よし。絶対見逃すなよ。」

大丈夫だ!犯人さえ押さえていればどうとでもなる。


「どうやら依頼人を見失ったようです。どうしますか?風鐘さん」セカンドバックを持ったいかにも仕事帰りの黒髪ポニーの少し離れたところにしわくちゃの赤のYシャツを着こなした風鐘がいた。

「どうにもこうにも、このまま尾行続行だ。美和さん。現状それがベスト。それにこっちは人数もいないし、俺はじゃないからな」電話越しにそう伝える。結構な返しが返ってきた。

「チッ、使えませんね」

「聞こえてるから」

 なんとも面倒な女を寄越したなと内心、思いながらも嫌な予感をひしひしと感じていた。

「それにしても何故こんなにも人混みの多い方へと行くのでしょうか?」そう尾行している男は利夢をつけずにやや逸れた方面へと進んで行っている。

「分からない。俺たちの存在がバレたような素振りはなかった。理由を挙げるとすれば霞さんの介入」本来ならいるはずのない存在。横入りされたことで犯人の中での何かが狂った。のかもしれない。今回の犯人はそれほどまでに自身の犯行に美学を持っている。

「本当に面倒な事をしてくれる小娘ですよ」悪態をつく美和だが、美和は知らない。霞を利夢に合わせたのは紛れもない。風鐘だ。

電話があったのだ。二人が事務所を出ていた少し後、どうしても、どうしても……


「どうしても利夢の力になりたいんです。お願いします」

「ダメだ」即だ。これはダメだ。擁護対象が増える。そしてそのお守りをするのは風鐘自身になる。しかもこれは依頼ではない。

仕事が増えるのは困る。こう見えても風鐘は労働は嫌いだ。

「頼めるのは風鐘さんしかいないんです」声色から分かる。必死だ。だがそれでもダメだ。なので風鐘は意地悪をすることにした。

「そんなに俺たちが信用なりませんか?」

 電話越しの霞の声が籠る。数秒の空白、一つ間を置いて先に声を発したのは霞だった。

「はい」はっきりとした声だった。風鐘を言い包めるための狂言か本心か。

「随分とはっきり行ってくれますね」どちらにしろ驚いた。小心者に見えていた霞が今では電話越しで姿も見えないと言うのに大きく感じる。自身の身を蔑ろにして友人の助けになろうとしている。側から見ても明らかな蛮勇だ。到底見過ごせるわけもない。ここは心を鬼にしなくては。

「だからと言ってお前に現場で何ができる?お荷物になって全体の連携の邪魔になるのがオチだ。」当たり前だ。これが普通。敬語を抜き去った貴志の言葉にはそれ以上の覇気がこもっていた。

「そうかもしれません」

「そうじゃない。そうなんだよ」結構きついことを言ったつもりだった。

「それでも利夢には私が必要なんです」

 霞はそう言い切った。何か根拠があるのだろうか。それにしても不思議でならない。ここまでして救いたい友情とは何なのだろうか。聞いたところによれば彼女達の関係は高校に入ってからだという。そんな短期間での間柄なら尚更だ。

「根拠は?」

「利夢は嘘をつくのが下手なんです。すぐに顔に出る。弱いから」

「だからお前が必要だと?」

「はい。利夢は認めないでしょうけど」少し笑った。緊張も解けたのかだいぶぶっちゃけた事も言い始めた。

「利夢は必ず挫けます」

「おいおい、随分とはっきりと……」そんなことを聞かれてはこの作戦自体が破綻する可能性が出てきたことになる。

「でも利夢は自分の弱いところを知っています。そんな自分を後から許せなくなる事も知っています。あとは勇気の問題なんです」もし霞の言っていることが本当なら心の支えになるのは信頼を置いている霞にしかどうにかすることはできないだろう。だが、しかし……どうしたものかと悩む風鐘にとどめを刺す。

「それに私に何かあっても風鐘さんが助けてくれるでしょ?」

くっ……と息を呑むほかなかった。

「分かった。だが許すのは電車内まで。そこまでだ」

「ふふっ、やった!」これがタラシか。


(まぁ実際、彼女は役に立ったし。よかったよ。あとは俺たちの問題)風鐘と美和はアイコンタクトを交わして容疑者を追った。

 人混みへ人混みへと進んでいた容疑者は大通りを外れていきなり人混みを外れた。二人は話し合って美和が後をつけ、風鐘が少し離れたところから広い視野で見張ることにした。

 少しして風鐘の胸中にある予感の正体に気がついた。

「美和さん。犯人を押さえつけろ」

「え?いきなり何故?それに犯人と決まった訳じゃ……」突然のことに困惑する美和。

「いいから、はやく!!」

 そんな焦りを見せる風鐘の背後から声がした。

「お久しぶりです」振り向くその先にはマネキン人形に純白のスーツと白ハットを被せたような人物が立っていた。

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