手を繋いだ少年

積鯨

手を繋いだ少年

 2019年、9月の下旬ごろだったと思う。

 まだ暑さの残る、そんな日の夕方だった。


 仕事を終え、自転車で家に帰る途中だった僕は、奇妙な光景を目にした。


 いつもの通勤路。児童福祉施設のある小高い山の麓には、手を繋いだ少年と老婆が立っていた。

 不思議なことに、彼らは平地ではなく緩やかな山の斜面にいたので、僕はつい気になって自転車のスピードを落としていた。


 少年は私立の保育園か小学校の生徒のような格好で、おそらく5歳から6歳くらいに見えた。田舎街の風景に似つかわしくない、小綺麗な格好だったのでよく覚えている。

 一方、少年の手を握る老婆は対照的で、背は曲がり、頭には手ぬぐいが巻かれていた。きっと普段は農作業でもしているのだろう。少年の祖母か、あるいは曾祖母であろう老婆は、遠目にもわかるくらいの笑みを浮かべながら、しっかりと少年の手を握っていた。


 僕は自転車に乗ったまま不自然にならない程度に彼らのほうを眺めていた。

 

 そして通り過ぎようとしたその時だった。


「あと10年で世界は滅びます! 気をつけて生きてください!」


 突然、少年が僕に向かって大きな声を上げた。


 世界が滅びる? あと10年?


 意味がわからなかった。


 僕は混乱して少年のほうを見た。


 すると彼はもう僕のほうなど見ておらず、日が沈んでいく夕空を眺めているようだった。


 そして隣の老婆もまた、大声を上げた少年に何か言うでもなく、彼の手を握りしめたまま、こちらに向かって微笑みかけるだけだった。


 僕は不気味に思い、すぐにその場を後にした。きっとあまり関わらないほうが良い人たちに違いないと、そう思ったからだ。



 


 僕は日々の喧騒の中でこの出来事を気にかけることもなく、毎日が過ぎていった。


 そして2020年4月。


 世界をコロナウイルスが席巻し始めた頃、僕は不意に、少年と老婆に出会った日のことを思い出した。


 あと10年で世界が滅びるから気をつけて生きてくれと、少年は言っていた。


 まるでSF映画のような話ではあるが、気になった僕は帰宅する途中、二人が立っていた土手に立ち寄ることにした。


 すると不思議なことに、昨日まで何ら変わりがなかった土手の斜面に工事が入っていた。看板が立っていたので近くで見てみると、土砂崩れの危険性が高いためにコンクリートで補強するとの旨が記されていた。


 後日、看板の通り、その斜面はコンクリートで覆われ、少年たちが立っていた場所には入れなくなってしまった。


 結局、彼らのことは何もわからず仕舞いであった。


 施設にいる知り合いにも聞いてみたが、私立小学校のような服を着るような子はウチにはいないと、きっぱり言われてしまった。


 その後も僕は、何度もその道を通っているが、少年と老婆の姿は一向に見当たらない。


 むしろ次に会うことがあったら、少年は開口一番に何と言うのだろうか。


 不思議な少年の警告と、彼に付き添う老婆の笑みが、今も脳裏から離れない。 

 


 




 

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手を繋いだ少年 積鯨 @tumige39

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