第10話 綺麗ですね……

俺にとってしょうもない理由で彼女はこの大学を目指し、俺の目の前に現れた。


しかも、とびっきりの美少女になって……だ。


記憶の中の彼女は眼鏡をかけていて、どことなく地味な印象しかない。


だが、今となってはどうだ?

目の前の美少女はすでに大学で噂になるほどの美貌を持つほどに変わってしまった彼女に驚かないはずがないのだ。


「ど、どうしたんですか?急に変な顔して?」

これこそ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたのだろう、彼女は驚く俺の顔を見て慌てる。


「い、いや……随分と印象が違うから驚いた」


「へっ?」

俺の言葉に彼女はこれまた変な声を出す。


あの日の彼女は、初対面にも関わらず軽口を叩けるくらいの余裕は持てたはずなのに、今はその余裕すらない。


「へ、へぇ〜。前はどんな印象だったんですか?」


「前は……、子供が迷子になって困っている印象しかない」


「な、なんなんさ!!」

俺の言葉に彼女は可愛らしく怒った素振りを見せる。


だけど彼女の口からあの時最後に聞いた口癖のような言葉を聞いて、俺はあの時の彼女と今の彼女が同一人物である事を理解する。


記憶の中の彼女はまぁ、背は平均より高いくらいのスラっとした女の子だと言うことは覚えていたが、なんせ迷子だったと言う事もあり、情けない印象しかなかった。


だが、今の彼女はその体型と眼鏡を外し、メイクを施した為かすごく大人っぽくなっている。


男子三日会わずんば、刮目してみよ……と言う言葉があるが、それは彼女にも当てはまるようだ。


……いや、女の子なんだけどね。


「じゃ、じゃあ、今の私はどうみえてるんですか?」

彼女は頬を膨らませ、腕を組みプンスカと言った表情でそっぽを向く。


「とても……、変わった」

俺は途中まで言いかけた言葉を飲み込んだ。


綺麗だなんて純日本人の俺が言えるはずもない。あの日の俺だって彼女に多少は緊張していた。


だけど、そのさらに上をいくほどの変貌を遂げた彼女に綺麗だ……なんてチキンな俺が言えるはずもなくお茶を濁した。


だが、彼女は納得していない様子だ。


「だから何が変わったんですか!!教えてくださいよ!!」


「うっ」

執拗な口撃に俺は言葉を詰まらせる。


何も言えずにいると、彼女は俺の近くにくると上目遣いにこちらを見上げてくる。


その破壊力に俺はなす術もなく、彼女から目を逸らし、極力小さな声で「綺麗になった……」と呟く。


このセリフを俺が言っていいのかわからない。

彼氏でもなければ、イケメンでもないただのデブが言っていい言葉ではない。


だが学内でも有名な彼女だ、勘違いはされないだろう。


だが、彼女は「へっ?」と言うと、「もう一回!!聞こえなかったんでもう一回言ってください!!」と催促してくる。


「あーもう、わかったよ!!綺麗になった、綺麗になりましたねって言ったんだよ!!」

と言うと、今井アリアは真っ赤な顔をして俺から距離を取る。


無言、沈黙、気まずい空気が二人の間に流れる。何か気の利いた事を言わないといけないような気がして仕方がない。


「ほ、ほら。学内の連中もみんな綺麗って言われてるじゃん!?」

俺から出た言葉は言わなくていい、いわば蛇足だった。


やはり女性を褒めることほど難しいのだ。

ほらみろ、今井アリアがジト目でこっちを見てるじゃないか!!


「へぇ〜。先輩は人の言葉を引用したんだ」


「うっ……」

そうは言ってもやはり恥ずかしいのだ、本音なんて言えるわけがない。


だが、彼女は後ろに手を組みまるで挑発するような上目遣いで俺を見つめながら、こちらにゆっくり歩を進めてくる。


「ショックだなぁ〜、先輩に綺麗になった自分を見てもらいたくて頑張ったのになぁ〜」


「はい?」

思っても見ない言葉が彼女から飛び出す。


他人が聞いたら勘違いしてしまいそうになる言葉を彼女は俺に向けて言ったのだ。


彼女からの言葉はもはや凶器だ……。童貞殺すマンだ……。


よかったね、俺で……。俺じゃなきゃ普通に勘違いされてたぞ!!


血反吐を吐きそうになるのを必死に堪え、息絶え絶えになりながらも、「なんで?」と言葉の真意を探る。


「な、なんでって……」

なぜかを問われた彼女は再び赤い顔をし始める。


「……今の私があるのは先輩のおかげだからです」


「俺の?」


……はて、何もしてないが?

俺は首を横に捻る。


「あの時、先輩に会ってなかったら……あの言葉がなかったら、今の私はなかったと思うんです」


「大したことは言ってないと思うんだが……」

と言うか、逆に醜態しか晒していない気がする。


考えてもみろ……初対面が猫を追いかけていて、大の男が白昼堂々にゃーにゃー言っている姿だぜ?


恥ずかしすぎて死にたいくらいだ。

穴があったら入りたい、墓という穴に……。


だが、そんな俺があの日何を言ったというのだろう。俺は首を傾げる。


「……あの日、あなたは道に迷っていた私を目的地まで案内してくれただけじゃなく、この大学に進学するきっかけも与えてくれました」


「いや、そんな大層なことは……」


「言ったんです!!」

大した事を言っていないはずの俺を少し怒りながら彼女は強い口調で念を押す。


「私はあの日、あなたに会わなければここには来ていなかったと思います。一人暮らしも出来ず、親の言いなりのただの動物が好きなつまらない生活をしてたと思います」

彼女の話す言葉から、自分があの日何を言ったのかを思い出す。


あの日、俺は妙に饒舌だった気がする。

その場のノリ……とはいいにくいが、彼女に聞かれるがままつまらない事を言った記憶はあったのだ。


「あんな事で……」

ついつい本音が口から溢れる。だが、その言葉を否定するように、彼女は首を振る。


「そんなことはないですよ……。あの言葉が私の背中を押してくれた。それは事実です。だから、あなたにお礼がいいたくて……あなたを探してました」

そう言うと、彼女は襟を正してぺこりとお辞儀をし、「その節はありがとうございました」と言う。


その言葉が聞こえてきたその刹那、夜の公園に強い風が吹いてくる。


すでに桜も散り、葉桜になった桜の葉が幾重にも舞い上がり、彼女の髪を靡かせる。暗闇に浮かぶ街灯と月の光がその下に見え隠れしていた表情を映す。


その煌めく光が映し出す赤みを帯た彼女の……今井アリアを神秘的なものに映す。だが、その神秘的な姿とは裏腹に、少し恥ずかしそうな微笑みで、「これからもよろしくね……、先輩!!」と言う。


その瞬間、俺の心臓が高鳴りを覚える。

それもかつて無いものだった。


特に薄着をしているわけでも、扇情的なものを見せられているわけでも無い。


ただ俺に笑いかけ、お礼を言っている……、ただそれだけだ。それだけなのに、なぜこんなに胸が高鳴るのだろう?


恋に落ちたから?いや違う……。

そんな簡単な事ではないような気がしてならない。


いつか、どこかで感じたような感覚なのだ。

だが、それは思い出せない……。


ただ、じっとその目に見つめられるだけで恥ずかしさを覚え、「ど、どういたしまして……」と言いつつ、目をそらしてしまう。


すると彼女はどこか嬉しそうに目を細める。


その笑顔の意味する事は分からない……だが、からかいや悪意ではない事は確かだった。


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俺、猫、君〜ウォーキング中に子猫を拾ったのだけど大学一の美少女まで付いてきてパパと呼ばれるようになってしまった件 黒瀬 カナン(旧黒瀬 元幸 改名) @320shiguma

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