第2章 舞花の語り
「私さ~見ちゃったんだよね~リスカの跡。」
「なんで……?」
口から出た言葉はこれだけだった。これしか言えなかった。他にも聞きたいことはあったけれど怖くて声が出なかった。桜はスマホを見ていた顔を上げた。
「トイレで手を洗ってるときにさ、見えたんだよね。見たときは何の跡かはわかんなかったけど、調べたらすぐに出てきたよ?」
やらかしたと思った。そんなところから気づかれるとは思っていなかったから油断した。
「なんでリスカしたの……?」
桜に聞かれたことにすぐに答えられなかった。このことは誰にも知られたくなかったから。だから答えられなくて顔を合わせられなかった。
「ふ~ん、答えられないってことはさ……やらせ?」
何を言われたのか分からなかった。顔を上げると桜と目が合った。笑っていた。
「やらせってことはさ~私かわいそう?っていうのを見せるためにしてんの? そんなことのためにリスカしたの? 痛くないの?」
わからない。言われている言葉が理解できない。私は呆然としながら桜の話を聞いた。桜の勢いは止まらなかった。
「私さ~リスカってちょっと興味があるんだよね~どうやってするの? どのくらいの力加減でやってんの? でも、痛いのはいやだな~どうしよっかな~」
憎い。
そう思った。私がどんな気持ちでしたのかも知らないのに、なんていうことを言うのだろう。確かに桜に話していなかったけれど、やらせだと決めつけられるなんて思ってもみなかった。桜とは一番仲が良いと思っていたのに……
「その跡ってさ、親にバレたりしないの? それとも親にかまってほしいからしてんの?」
もう無理だ。そのことを言われた瞬間感情を抑えられなかった。
「……っめて」
「え? なに?」
「やめて! なんでそんなこと言うの? やらせなんかじゃない! 勝手に決めつけないで!」
桜は憂いを帯びた顔で私に言う。
「じゃあ、理由は何なの?」
「それは……」
あんな過去は誰にも知られたくない……!
「……理由とかないんでしょ? あったとしても大したことじゃないんでしょ?」
「桜にはわかんないよ! 普通に暮らせて親もちゃんといて、幸せを当たり前と思っている桜には」
もう、止められない。
「お母さんは私を生んでからすぐに死んじゃって、お父さんと二人で頑張って暮らしていたのに、いきなりお父さんも死んでいなくなった時の気持ちなんて知らないでしょ?」
桜に取り残された私の気持ちがわかるわけない!
「これから一人で暮らしていかないといけなくなった時の絶望感なんて感じたことあるの!」
桜に問うように叫ぶ。彼女は静かに私を見ていた。
自分の頬に涙がつたっているのを感じる。
「暮らしていくために借りるしかなかった借金を自分で返さないといけなくなったことなんてないでしょう? 体を売らないといけなくなったことなんて体験したことがないでしょ?体を売って借金を返していた私の気持ちなんてわからないよね?」
自分の体を抱きしめる。
辛かった。いろんなところを触られて、一日に何人もの人の相手をして、自分の体がどんどん汚れていくのを感じた。
「そんな時、死にたくなってリスカをしてしまったのに、そんな私の気持ちをやらせ……? 大したことない……? そんなことで片づけないで!」
……言ってしまった。桜にもひどいことを言ってしまった。どうしよう。桜と顔を合わせられない。しばらくの間二人の間に沈黙が流れた。
「やっと……言ってくれた。」
桜の呟くような声に、私は驚いて顔を上げた。
桜は優しい笑顔で泣いていた。
「舞花はさ自分で気づいているかはわかんないけどさ、時々さつらそうな顔してんだよね。その顔を見るたびにさ、何かしてあげられることないのかなってずっと思ってたんだ。それに親の話になるといっつも顔を歪めてたじゃん? なんでだろうって思ってた時にたまたまさ、見えちゃったんだよね。リスカの跡が。舞花がさ、隠し事してるのは気づいてたし、気づかれたくないと思っているのも分かっていたんだけどさ、それでも頼ってほしかった。話してほしかったんだ。だから話してくれてうれしかった。」
桜が私の顔を見つめながら話してくれた。知らなかった。彼女がそんなことを思っていたなんて。
「それに、」と彼女は続ける。
「舞花と初めて話したときに、私友達と喧嘩してたでしょ? それでさ私の話を聞いてくれた上に、友達との仲を取り持ってくれた。そのおかげでそのこと気まずい関係にならなかったし、舞花とも仲良くなれた。」
桜の顔はうつむいていて見えない。
「だから、舞花がつらい思いをしているのに気づいて、舞花まで死んでしまうのかと思って怖かった。どんなことをしてでも、止めないとって思って……」
桜が顔を上げて言う。
「舞花に話してもらうためだとしても、舞花にひどいことを言ってごめんね。嫌だったよね? 舞花の親のことまで悪く言っちゃったし……」
申し訳なさそうなぐちゃぐちゃな泣き顔で謝られた。確かに桜に言われたとき、とても悲しかった。けれど私のことを思って言ってくれていたなんて。桜の気遣いに泣いてしまった。
「わたしもっ……ごめんなさい。桜がっそんなことを思って言って……いたなんて知らずに強く言い返してし……まって。」
「もぉ~泣かないで~私まで泣いちゃうじゃん。」
桜と一緒に少しの間泣いた。「泣き止んでよ~」って言いあいながら、泣き止むまで抱き合ったいた。
それから、そのあとの私のことについて話した。借金を返し終わった後、本当に死んでしまおうと思ったこと。そんな時にお父さんの弟さんがわたしを引き取ってくれたこと。それから弟の
「今度さ、家に行ってもいい? 優也さんに会いたい。親友なんですって優也さんに言いたい。」
と、はにかみながら言ってくれた。
うれしかった。友達を家に招待をするのは初めてだったし、桜に親友って言われたから!
「うん! 私も優也さんに桜のことを紹介したい! 親友なんだよって!」
二人で家で遊ぶ予定を立てて一緒に帰った。桜と別れて一人になったときに「桜が親友でよかった」と改めて思った。学校に通えるだけで幸せだと思っていたのに桜のおかげでそれ以上の幸せを感じることができた。
優也さんに今日あったことを話すのと、桜が遊びに来てくれることを早く伝えたくて家路を急いだ。
暗くなった空には強く輝いている星が二つ浮かんでいた。
(終わり)
星たちが輝くまで マヤカ @onct2020bungei02
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