サイコパスをやめたくて⑫
翌日になり、日中は特に何もなく平穏に過ごし放課後を迎えた。 私物を片付けていると仲よくなったクラスメイトが寄ってくる。
「灰里ー。 明日は土曜日だけど、空いていたりする?」
「あ、うん。 特に予定は何もないよ」
「俺たちさ、毎週土曜日はゲーセンに集まるっていう約束をしているんだ。 よかったら灰里も来るか?」
「・・・え、俺もいいの?」
驚く灰里に男子も驚いていた。
「当たり前。 俺たちもうダチじゃん」
「ッ、ありがとう! 嬉しいよ」
「よかった。 詳しいことはまた連絡するから。 明日な」
手を振って友達と別れた。 今のところ上手くやれていると思い、ホッとした。
―――今日はあまり自分を抑え込まないよう素の自分を出していたけど、少し変わった人に思われたくらいで済んだみたいだしよかった。
―――さて、俺も帰りたいところだけどその前に・・・。
灰里はバッグを持つと教室から出た。 目的地は一階の理科準備室の、いじめっ子たちが言うところによる“穴場” 予想していた通り、中から人の声が聞こえてきた。
躊躇うことなくドアを開ける。 それも思い切りだ。
「まだそんなことをしているの?」
「ッ、またお前かよ」
男子たちは嫌そうな顔をして灰里を見ていた。 その中心にいるのは真白で、相変わらず抵抗の素振りすらしていないようだ。 だが灰里はもう分かっている。
この場所で最も危険なのが誰であるか、ということを。
「言っておくけどさ。 人よりも生き物をいじめる方が楽しいからね?」
「はぁ?」
「生き物は、人間に抵抗ができないから」
「ふん。 だったら俺たちからも言っておくが、このことを先生にチクっても無駄だからな? 俺たちは“手に負えない生徒”っていうことで既に目は付けられているんだ。
だから先生たちは止めるのを諦め、今ではもう見て見ぬフリをする」
何故かはよく分からないが、ドヤ顔を浮かべていた。 分からない理由、それは自分がサイコパスであるからなのかどうか、なんてどうでもいいことが頭を巡る。
いじめっ子は真白を顎で指し示しながら更に続けた。
「それにコイツは人に助けを求めないんだ。 何を聞かれても『自分は大丈夫』 それが口癖だから誰もここへは助けに来ない」
―――そこまでしてでも派手な仕返しを彼らにしたいのか・・・。
―――まぁいいや、そんなことはさせない。
―――これ以上いじめられないよう、止めるために俺は来たんだから。
母親の生き死にに感情を動かさない真白がその気になれば、おそらくは惨状になるだろう。 それは灰里にとっても都合がよくない。 新しい学校で新しい生活を平穏に送るのが今の目標だ。
「じゃあ俺も混ぜてくれる? えっと・・・。 あ、何? 今日は彫刻刀で遊ぶの? もしかして、彼を使って芸術作品でも作るつもり?」
机の上にあった彫刻刀を触りながら、標的である真白のことを見る。 何故か睨まれたが無視することにした。
「え? いや、ただコイツの目に突き付けて反応を楽しもうかと・・・」
「はぁ? 軽い軽い、軽過ぎるよ。 そんなことをして何が楽しいの? 彫刻刀は作品を作るためにある。 だから、彼の身体を使って素晴らしい作品を作り上げようよ!」
男子たちは完全に固まっている。 灰里は真白の全身を舐めるように見て、そして駄目だとばかりに首を振った。
「んー、いいアイデアが思い浮かばない。 やっぱり先に君たちの身体を使って試作品を作ってみてもいい? 君たちの身体を使うなら、いいイメージが既に沸いているんだ。
もっといじめて楽しめるように口を大きく切り開いてあげるよ。 多少血が出るけど、それくらいは我慢できるよね?」
両手に彫刻刀を持ち、いじめっ子三人組に近付いていく。
「なぁ、コイツやっぱりヤバいって」
「あぁ。 次からは場所を変えた方がよさそうだ」
男子たちは小声で囁き合うと、そそくさとここから去っていった。 灰里は彫刻刀を置きそちらを冷めた目で見ると一息つく。 同時に真白からも溜め息が聞こえてきた。
「はぁ? お前、一体何? 僕への嫌がらせ? 『邪魔しないで』って言ったよね。 それに君さ、もうサイコパスの気質はなくなったんじゃなかったの?
僕を助けたやり方は普通じゃないよ、サイコパスのやり方だ。 僕と考えることが一緒。 何も変わってない」
「うん、知ってる。 悪いことをしているっていう自覚はちゃんとあるよ」
「自覚はあるのかよ」
「いじめはよくないからね。 だから止めただけ」
「直接僕に手を出してはこない。 だから僕は本当にいじめられてなんかいないさ」
真白が表情を崩さずそう言った、が、灰里は失笑を我慢できなかった。
「いや、彼らが君をいじめているんじゃない。 君が彼らをいじめているんだろ?」
「・・・それを言われて、僕が止まるとでも?」
「そうは思わない。 だけど、何度だって横入りしてやるさ」
「それでサイコパスのような行動をしたっていうことか? 昨日は『普通の人に戻りたい』って、あれ程泣き叫んでいたのに」
「それはもう仕方ないって割り切った。 だって彼らも悪いことをしているんだ。 だから少しは怖い思いをさせてもいいかなって思っただけ」
「・・・はぁ。 お前、変わってんな。 僕の一番の敵はお前ということか」
「残念だけど無理だよ、俺に勝つのは。 サイコパスの心と通常の心の両方を持ち合わせている俺は、最強なんだから」
-END-
サイコパスをやめたくて ゆーり。 @koigokoro
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