第30話

「そんな話をしてたのに……」

 一連の話を思い返しながら、あらたは頭を抱えた。

「いや~悪い悪い!職員室で待ってたまでは良かったんだが……」

 言いながらも、めぐみは電話の向こうで「ん~」と何か疑問に思うような唸り声を発する。

「どうした?」

「いや……待ってたんだが、途中急にものすげー眠気に襲われてさ。結局そのまま寝ちまって。目が覚めたら電気は全部消えてるわ、鍵はなぜか掛かってるわで、訳わかんなくてよ」

 どうやらそこに至るまでの記憶がないらしい。

「……ちなみに、あかりに、保健室に来いっていうメールをした覚えは?」

「おーそれだそれ。さっきも言ってたが、保健室って一体何の話だ?そんなメールもした覚えはねーし……」

「それじゃあ、あの時保健室にいたのって……」

 あの存在こそが噂の正体ということだろうか。もっとも、結局それが何なのか、かいもく見当もつかないが。

「めぐねぇ、今どこにいるの?」

「なんだ突然?」

「いいから」

 恵は少しためらいながらも、仕方ないとばかりに白状した。

「あ~……あんまり暑いもんだから、ビールが飲みたくてよ、その買い出しにちょっくらコンビニに……」

 絶対バラすなよ、と恵は必死に念押しをしてきた。

 だが新にとっては、そんなことは意識になかった。

「めぐ姉、今日はもう、学校に戻っちゃダメだからな」

「あん、なんでだよ?」

「その……あの噂、どうやら本当みたいだから……」

「ほ、本当って、おい、まさか――!」

 そこで新は電話を切った。後のことは恵に任せるしかない。

 けれども、学校外に出ていたのは幸いだった。

 さすがにこの状況では学校に戻ったりはしないはずだ。

 事実、すぐさま恵からSNSでメッセージが届いた。二人の様子を見に、新の家に向かうとのことだ。

 新は自分のスマホをポケットにしまって、ダイニングテーブルに戻った。

「結構長かったね?早く食べないと麺伸びちゃうよ?」

 明はすでに半分ほど食べきっていた。

 電話の最初の時点で、怖い話かもと思い、一心に食べていたらしい。

 そうは言うものの、麺はまだ伸びることなく、温かな湯気を立ち上らせてた。

 ふと、保健室での場面が思い返された。

 これがなければ、今頃自分もどうなっていたかわからない。

 そう思うとなんだか感慨深いものがあった。

「いただきます」

 いつもよりしっかり、そう言葉にして、麺をすする。

 豊潤なスープが太めのちぢれ麺にしっかり絡み、口の中いっぱいにその旨味を広げる。

 口の中の細胞全体を刺激するかのようだった。

 温かく、そして美味い。

 ちゃんと食事をとれるということは素晴らしいことだ。

 そんな事実がチャーシュー麺のスープとともに体に染みわたるようだった。

「それで、お姉ちゃんと何の話をしてたの?」

 明はいつも通り、当たり障りのない世間話の気軽さで切り出した。

「――夜の学校には気をつけろ、って話?」

 そう短く答えて、新はまた、温かなチャーシュー麺をすすった。

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出前をとる幽霊 千里 歩 @calmcalm

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