見た目がどう見てもゴリラな心優しい女性リミちゃんと、その彼氏であるともくんの、日々の生活と夢のお話。
現代ファンタジーです。いやファンタジーなのか? いや作品のジャンル分けをいくら考えたところで詮無いことではあるのですけれど(それで中身が変わるわけでなし)、でも本作の場合はそこに謎の厚みがあるというか、「意外とどの枠でもいけるのでは?」みたいな感覚が面白いです。
主人公とリミちゃんの恋模様を見守る恋愛ものであり、でも最初から恋人同士なのでいちゃいちゃしたラブコメ的な楽しさがあり、そしてゴリラ要素を除けばそのまま現代ドラマでもある(ある意味ショートショート的?)。さらにはそのゴリラという非日常要素も、ただ単に理屈が書かれていないからファンタジーなのであって、アプローチとしてはむしろSFのようにも感じられるところ。総じて『ゴリラ』という要素のネタっぽさとコミカルさの割には、ものすごく真面目で読みごたえのあるお話なのが凄かったです。謎の手堅さに正体不明の厚み。なんなのだこれは……?
きっとその気になればいろいろな読み方ができそうな作品ですが、個人的に好き、というかどうしても惹きつけられてしまうのは、彼らの織りなす人間ドラマの部分。もっというなら個々のキャラクターがそれぞれに抱える、功罪や清濁のようなある種の〝割り切れなさ〟のような部分です。
率直に言って登場人物全員、「悪い人ではない」んですよ。悪い人じゃないけど、でもどうしても受け入られないし擁護すらできないような部分がある。部長の無神経さとその結果のハラスメント、清野さんの他者を傷つける役にしか立たない正義と、主人公にも(自覚はしているものの)微妙に偏見と敵味方で物事を見てしまいがちなところがあって、平時は一番まともに見えるリミちゃんでさえ、ひとりで溜めるだけ溜め込んでは勝手に爆発するという最低最悪の悪癖がある。
赤の他人と思えば全員そこそこにクズ、可能ならあんまり関わり合いになりたくないタイプの人間のはずで、なのにここが本当に不思議なのですけれど、どうやっても嫌いになれないんです。彼らの欠点は結局すべて我が身に跳ね返ってくる(人が誰しも持つ普遍的な邪悪さであるため、結局は同族嫌悪でしかない)、というのもあるのですけれど。でもそれ以上に彼らの愛すべき部分、いえ尊敬できるところをしっかり書いていたりするのが、いやもう本当に意地が悪い!(※褒め言葉です)
この座りの悪さ。架空の物語でしかないはずなのに、善玉悪玉を簡単には割り切らせてくれないところ。つまり読んでいてこいつらを好きになればいいのか嫌いになればいいのか、まったく判断がつけられない。この絶妙な人物の描き方に滲む、もう中毒起こしそうなくらいに生々しい〝人間〟の手触り。
やられた、というかもう、あてられました。見た目の軽妙さに比べてかなり複雑、というか癖の強い珍味みたいなところがあるお話だと思いますけど、そのぶん食べ応えはとてつもなくあります。きっと他ではなかなか食べられない、というのも強み。簡単に割り切らせてくれないという点において、間違いなく読者を〝問い〟の解答席に引きずり上げてみせる、ゴリラ並の腕力を感じる作品でした。