解凍

こめ処

始まり、続く

 病気になった。

 全てが発展した今では珍しい、治療法のみつかっていない難病だ。

 しかし、現代にはコールドスリープという技術が存在する。

 病人を死なない程度に冷凍保存し、病気の進行を遅くする方法。そして、病気の治療は未来の技術に託す。

 だがこの技術はまだ発展途上で、被験者になれば多額の謝礼が支払われる。

 家族も友人と言える人もいない私にとっては病気も治る、謝礼も貰える。

 一石二鳥だった。


「では、治療法が確立した場合、又は、こちら側の不手際があった場合にのみあなたを起こします。その時まで、おやすみなさい。」


 科学者が装置の扉を閉めた。

 しばらくして、意識は遠退いていった。




「被験者さん、おはようございます。」


 最後に聞いた時と同じ科学者の声がした。

 久しぶりに目を開けると、外の光が一斉に入ってきて思わず顔をしかめる。

 目が慣れるまでだいぶ時間が掛かった。


「体調には問題なさそうですね。あれから12年経ちました。申し訳ありません、こちら側の不手際で起こさせて頂きました。」


「じゅう、に……」


 12年間眠ったままだった驚きより、どんどん話を進めていく科学者の方に驚いてしまう。

 いや、まて。今、科学者はなんと、『こちら側の不手際』と言ったか。


「へ……?」


「戦争が始まります。他国との関係が悪化し、先日、宣戦布告が行われました。我が国もその戦争に参加します。たかが12年、されど12年です。今に至るまで、科学と技術は進化し、とても高度な戦争になると言われています。まぁ私が言ったんですけど。」


「あ……あ……」


 話に全く追いついていけない。

 声も上手く出すことが出来ない。

 私は目が覚めてまだ一時間も経っていないはずだ。

 それでも、私を眠らせ、私を起こした科学者はどんどん話を進めていった。


「私は国から作戦参謀役として駆り出されています。ですから、あなたの管理をできる者はいません。そこで、あなたには三択を与えます。」


「さん、たく……?」


「えぇ、あなたには『このまま戦争が終わるまで眠って待つ』『今この場で安楽死する』『今から訓練し戦争に参加する』この三つの選択肢があります」


 ようやく話と口が追いついた。

 さっきよりは喋れるようになった私を見て喜ぶかのようにペラペラと話していた。


「選んでください。私のおすすめは二つ目です。この研究施設は山奥の地下深くにありますが敵国に襲われる可能性があります。そのため、苦しんで死ぬ可能性があります。戦争に参加するのは、言わずもがな私は賛成しません。よって私は安楽死をおすすめします。」


「安楽死……」


 私が眠っている間に、世界はこんなにも大変なことになっていたのか。

 そんなことも知らずに私は、一石二鳥だと言って、他力本願に自分の生命を繋いでいたのか。


 嫌になる。なんて愚かなんだろう。


 私は、ふと科学者を見た。

 科学者は笑みを浮かべ、両腕を後ろに回している。私を見ている目元が黒ずんでいて隈ができていた。

 戦争が現実味を帯びてきたのはいつからだろうか。

 この科学者は、戦争の作戦参謀と私の管理をずっと担っていたのか。


 ……楽にしてあげたい。

 負担を軽減させてあげたい。

 でも、科学者の今までの努力を無駄にしたくない。

 

「……戦争の間……ここの管理は……」


「もちろん、私のチームが行います。余裕が出来ればですが私も様子を見に伺うつもりです。どうしますか?」


「…………」


「……なるほど……では、おやすみなさい。」




 徐々に意識が浮上してきた。装置の起動音、プシューと空気の抜けるような音が聞こえる。


「被験者さん、おはようございます。体調に問題はなさそうですね。あれから9年が経ちました。おめでとうございます、治療法が見つかりました。」


 装置が開き、外の光が強く射し込んできた。目を瞑っていても眩しい。


「…………」


「これから病院に向かいます。車椅子に乗れますか?」


 あの時とは違う展開。

 それでも、科学者はあの時と同じ様に淡々と話を進める。

 私は、動きにくい体を慎重に起こして科学者の手を借りながら車椅子に乗った。

 研究施設から出る間に、やっと体が慣れてきて、たどたどしくだが喋れるようになった。

 施設に傷はなく、私が初めてここにやって来た時と同じ状態だった。

 とても懐かしい。


「戦争は、終わったんですか?」


「えぇ、じゃないと、途中で止まっていた病気の研究を進められませんし、あなたをこうやって迎えに行くことは出来ませんから。」


「そうですよね……」


「大変でしたよ。特に戦争は『後処理』が。」


「その後に研究ですか……すみません……あの時、安楽死を選んでいれば……」


「そんなことありません。これが私の仕事ですし、あなたは貴重な被験体ですから。戦争が悪いんですよ。あなたは正しい判断をしたんですよ。むしろ自分を褒めるべきです。あなたのお陰で多くの難病患者が助かるんですから。」


「そうだと、良いんですが……」



 あの時、私が選んだのは一つ目。

 安楽死を選べば科学者の負担を減らせる。当の本人もそうすすめていた。

 でも、本当に私は、楽に死んで良いのかと思った。

 私は12年間、多くの人の手により生き永らえていた。

 そして、病気が治る可能性が低くなった途端「じゃあ安楽死で」と言える立場だろうかと思った。

 私は世の中に何も貢献できないまま死ぬのであれば、楽に死ぬという選択肢はないのではないか。

 私を生かすも殺すも彼ら次第なのではないだろうか。

 私の選択肢は、自分の病気を治す、この実験の被験体として。それだけだ。

 どうせ死ぬのなら、世の中に貢献できる方を選べば良いのだ。

 戦争に巻き込まれて死ぬ時は、のうのうと生き永らえていた今までの贖罪として。

 生きている時は、この研究に全てを捧げる。

 それで良いのだ。


 そうして私は、もう一度目を閉じた。



「…………そう思うことにします。」


「そうですよ。ほら、21年ぶりの地上、外の空気です。」


 施設は地下にあったが暗いわけではない。

 それでも、太陽の光があらゆるものを照らしている。

 そんな風景まで当時と何も変わっていなかった。


「先生、行きましょう」


 研究施設から出てすぐのところに、部下と思われる人物と車が止まっていた。それに乗せられ病院まで移動する。

 車内から見える風景もほとんど変わっていない。人気の多い所では発展しているようにすら見えた。

 戦争が本当にあったのかと疑ってしまうほどだった。


「私が思っていた戦争とは、違ったようですね。」


「言ったでしょう? 『科学と文明は進化した』と。爆弾はもう時代遅れですよ。」


「……そうみたいですね。」


「歴史上、最も人的被害の少ない戦争と言われているらしいですよ。まぁ、大規模な停電やサーバーダウンの繰り返しで、終戦間際はコンピューターのウイルスが完全に消滅したか、その他諸々調べていました。」


 なるほど……「後処理」ってそういうことか。


「サーバーダウン……人的被害がないのなら、それは、戦争ではなく、サイバーテロ……なのでは?」


「まぁ、そうですね。大袈裟でしたね。あの時は急いでいましたから、申し訳ありません。」


科学者が左右非対称に笑みを浮かべる。


「物理攻撃がないだけでやっていることは同じですよ……」


 科学者は、一瞬無表情になってそう言った。

本人はボソッと呟いた程度の小言なのかも知れないが、しっかりと耳に届いている。

 けれど、すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。


「でも、人が死ぬよりマシですかね。」


 確かに、全くその通りだと思う。

 もし、ここ一帯が焼け野原になっていたら私の治療どころではない。

 太陽に照らされ光りながら生い茂る木々も、行き交う人々の笑顔も、科学者の隈の酷いやつれた顔も、歴史に綴られている従来の争い方では見ることはできなかっただろう。

 私もきっと、無事ではすまなかった。

 思わず笑みがこぼれてしまう。久しぶりに笑った。


 良かった、生きていて。

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解凍 こめ処 @katori-senko

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