2.「デバッガーあれ」と神は言い 一日目
神は「お任せあれ」と言われた。するとお任せがあった。
「
青年は激怒した。必ずや、創世を行う上で明らかに不必要であろう、このよく分からないうっかりの産物を除かんと決意した。
青年は創世がわからぬ。あと、正直パソコンもあんまりよくわからぬ。
青年はエンジニアの端くれも端くれである。クレームを聞き、
なのでバグの匂いに関しては、人一倍に敏感であった。
「……ふーっ。いや待て。落ち着け。落ち着こう。まだ慌てるような時間じゃない。まあ、創っちゃったものは仕方がないよな。ちょっと手間だけど、この『何』と一緒に消し」
たった今目の前でいともたやすく行われたえげつない謎物質の創造から目を逸らして、青年は幾度か深呼吸をする。
目を閉じて指で眉間を揉みほぐしながら、しばし黙考。
まあ、厳密には今の彼は目も鼻も口も指もない意識体であるため、こうした動きは自己暗示のためのルーティーンという以上の意味を持たないのだが。
ともかく、少しして落ち着きを取り戻すと、おもむろに口を開きかけ──
「……あれ?あれあれあれあれ?」
そして。神はその名状しがたきものを見て首を傾げ、「……あれ?あれあれあれあれ?」と言われた。
すると『……』と『?』と『あれ』と『あれあれ』と『あれあれあれ』があった。
「ア゜ーーーーーーーーーーッ!!!!!」
青年は発狂した。
「だ、大丈夫ですか……?」
「ミ゜ッ」
「しっかりして下さい!」
「はい。しっかりしました」
神は青年を祝福して言われた。「しっかりして下さい!」──青年は正気に戻り、神はそれを見て良しとされた。
閑話休題。神が眼前で立て続けにやらかした人智を超越したうっかりミスの所為でストレスが限界を超えて発狂し、
甲高い叫び声を上げたかと思いきや祝福によって強制的に元に戻りと、正気と狂気の狭間を行き来していた青年だったが、
彼はややあって気を取り直し、周囲に視線を巡らせる。今の状況を観察し、とっ散らかった頭の中を整理する必要があった。
まず、この世界には神と、形さえ定かならぬ天と地と、まだ光が存在しないため、闇という定義すら与えられぬままの暗闇があった。
神の懐疑から生まれたあまりにも名状しがたき混沌の物体であるところの『何』があり、
神と青年との対話の中から、見つめる角度や時間、その時々の観測者の精神状態などによって、無限に形状と性質を変化させる『お任せ』が生まれた。
予期せぬ創造によって生まれた『お任せ』を見て、「おかしいなあ、そんなつもりじゃなかったんだけどなあ……」と首を傾げた神の二度目の疑問から、
『……』と『?』と『あれ』と『あれあれ』と『あれあれあれ』が生まれた。
『……』は無数にあり、決して音という音を立てる事なく、暗い水面に散りばめられていった。
『?』は捉えどころなく曲がりくねり、『何』と同じく混沌として、ただ天と地の狭間に浮かんでいた。
見るも忌まわしき『あれ』は深い水の淵へと沈められ、地の底へとその姿を隠し、
不可思議なモザイク模様に包まれた『あれあれ』と『あれあれあれ』もまた同様に打ち棄てられた。
これら全て、一日目のことである。
そう。まだ、一日目なのである。あまりにも先が思いやられる。知らず、長く重い溜息が口をついて出た。
創世を行うにあたり、あれらが存在する事で今後どのような不具合が生じるだろうか。
ゲームか何かならともかく、一つの世界の事となると乱数が多過ぎて、神ならぬ青年の身には判断のしようがない。
「余分なものが多すぎるし、全体的に挙動が気持ち悪い……!」
「そうですか?」
「そうだよ。なんであんなんで創れちゃうんだか。動かした覚えがないコードがうっかり走るとか、まだ本番環境じゃないにしたって不味いだろ。……『何』以降に創ったやつ、全部消そう。バグの温床になる」
しかし、蝶の羽ばたきが遠く離れた地の竜巻を引き起こすように、些細な事でも積み重なれば致命的な破綻を招きうる。不確定因子は早急に排除するべきだ。
眼前で目を丸くしている神を見据え、きっぱりとそう言い切ると、彼女は微かに頬を赤らめて俯く。
それからおずおずと上目遣いにこちらを見つめ、言い出しづらそうに何事か口ごもってから、こちらの耳元に唇を寄せて囁いてきた。
「は、初めて、なんです……。」
「なんて?」
「いえ、あの、世界を創るのが……という意味で!」
「俺もだけど?」
「……だからその、思い入れというか、意気込みというか……初めてあなたと二人で創ったものだから、できれば消したくないなあ、って。……ダメ、ですか?」
「…………なんでそういう事言うの!?!?!?」
青年は絶叫した。あざとすぎて目眩がする。重みのない意識体が、ぐらりと傾ぐような感覚を覚える。
相手の言い分を全面的に受け入れたい欲求が沸き起こってくるのを何とか堪えて、呼吸を整えようと鼻から息を吸うと、存在しない鼻腔いっぱいに甘く華やかな香りが広がった。
果実のような匂い。微かにだが没薬や乳香めいた、お香のようなフレーバーもある。重層的で、複雑で、今までに嗅いだことのないような。とにかく筆舌に尽くしがたいほどに良い香りだ。
このまま一生嗅いでいたい──そんな麻薬中毒者じみた感情を振り払って、彼女から一歩、二歩と離れる。それにしてもつくづく顔が良い。
青年は神の何気ない一挙動で、情緒とか性癖とか、心の中の色々なものを破壊されかかっていた。
このまま行けばガチ恋待ったなし、
「とにかく!君が被造物を安易に消してしまいたくないのは分かったけども、一日目なのにまだ作業が全く進んでないのは問題だ。まずは光。光を創ろう」
「お好きなんですね、光」
遅々として作業が進まないのに業を煮やして、青年が脱線しかけた話題を元の方向に戻そうとすると、神は眉根を寄せた。何故だかは分からないが、とにかく顔がいい。
形の良い唇をへの字に曲げて、少しむくれてみせる。ひょっとして自分は神に愛されているのではないか──と、青年はあらぬ妄想に駆られた。
俗に言うところの、『アイツ俺のこと好きなんじゃね?』というやつである。こういう思考は往々にして勘違いである事が多い。
「好きとか嫌いとかじゃなくて、創世と言ったらまずは『光あれ』なの!鉄板なの!」
「わたしも……光量、もう少し多くすればよかったかな……?」
「ねえ!!!!!ソレわざとやってるよね!?!?!?」
私より光の方が好きなんですね、とでも言いたげな、憂いを帯びた表情を浮かべる彼女。
青年はこれ以上妄想を悪化させない為に、目を逸らして天を仰いだ。神よ、救いたまえ──そんな祈りを捧げたい気分だった。
彼が再び情緒をめちゃくちゃにされて悲鳴を上げると、神は渋々といった調子で口を開いた。
「光あれ──言いましたよ。これで良いですか?」
紆余曲折あったが、神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
神はその光を見て、良しとされた。神はその光と闇とを分けられた。
神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。一日目のことである。
「デバッガーあれ」と神は言い〜ぽんこつ女神とバグまみれの異世界創世記〜 ぼんやりとしたななし @RGB_4u
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