第2話 新たな生活
その日、僕は早く眠りについたと思う。
何度も死の淵に立たされて精神的にも疲れていたのだろう。
僕の手には微かに薔薇のような香りが残っていたように感じた。気色悪いと思われるかもしれないが、僕は彼女から香る薔薇の匂いを感じながら眠りについた。
心なしか深く眠れた気がする。
次の日、僕は早く目が覚めた。
入学式は明日。だからと言って特にやるべきことはない。明日、魔力を測るクラス分け試験があるが予習しようがないし荷物も片付けた。今日はゆっくり過ごそう。
僕はダージリンティーを淹れて、作ったサンドイッチにかぶりつきながら昨日の少女のことを考えていた。
「何年生だろう...この辺りをよく知っているようだったし上級生かな。いつか学園内で会ったらお礼くらい言った方が良いだろうな。」
朝食を食べ終え片付けを済ませると、男子寮内を散策してみることにした。昨日みたいな災難に遭わないと良いのだが...。
寮内にはランドリールームや食事室、共有スペースなどがあるみたいだ。また、女子寮との連絡通路の中にはプールやジム、その他ふ諸々の施設があるらしい。
僕は一通り回ってみることにした。
部屋を出るとインフォメーションのプレートがあるので、それを見て大体の場所を把握した。
「ランドリールームと共有スペースは各階にあるのか。」
僕はまずランドリールームを見てみることにした。
ランドリールームは僕の部屋から少し離れた場所にあった。扉が開くと100台ほどの洗濯機が並んでいる。
遠くに長身で茶髪の男性が立っているのが見える。男性がこちらを向いたので無視するのは感じが悪いだろう。挨拶をしておこう。
「は、はじめまして。明日からこの学校に入学するルーシュ=ベルモアです。今日は暇だし寮内を散策しようかな〜なんて思ってここに....」
少しぎこちない感じの挨拶になったが、まぁこれでよしとしよう。
「.....あ。」
長身茶髪の彼はそれ以上何も言わない。コミュニケーションが苦手な人なのだろうか。
そう思っていると、やっと再度口を開く。
「回ってる物を見ると安心して.....」
洗濯機を見ながら、囁くように彼は言った。回っている洗濯機の中には何も入っていない。
「そうですか....」
それ意外の言葉が見つからない。話しかける人を間違えたか。
呆然と立ちすくんでいると洗濯が終わったようだ。
「あの....僕は....フィン...フェイザー.......同じ歳だと思う...。」
すごい小さい声だ。囁くように喋る。これが彼の性格なんだろう。
「フィン、よろしく。」
そのまま立ち去るのも気が引けるので、彼を散策に誘ってみることにした。
彼も時間を持て余してるようなので承諾してくれ、この階にある共有スペースに向かうことになった。
共有スペースは広々としており、大きなソファがたくさん並べられていた。他の学生たちもたくさん集まっていた。
僕らは控えめに壁側のソファに座った。
「フィンはどこから来たの?」
「僕はルーペリア出身だよ。」
「ルーペリアか、すごい綺麗な場所に住んでたんだなぁ。水晶玉の産地だよね。水晶の砂浜とクリスタルの森には死ぬまでに一度は行ってみたいと思ってたんだ。」
ルーペリアは呪術で使う水晶玉の産地としてよく知られている。クリスタルの都と呼ばれ、その街の殆どがクリスタルで出来ている。その中でもクリスタルの砂浜は人気の観光地だ。
水晶玉は職人たちが100年以上かけ作り上げていく。高級品だと5000年を超えてやっと作り上げることができる。
「そう...僕の父は水晶玉職人....それもあって呪術が少しだけ得意なんだ...。」
フィンは少し恥ずかしそうに下を向きながら、ズボンのポケット内を探り、手のひらサイズの黒くて丸い何かを取り出した。
「これ...僕のクリスタルなんだけどさ...父さんが作ってくれたんだけど、まだうまく活用できないんだ。」
そう言いながらフィンは、クリスタルを握った手を胸に当て目を瞑った。
すると、フィンの心とリンクするようにクリスタルが黒い光を放った。
「まぁ、まだ何も....できないんだけどね。」
フィンは少し恥ずかしそうに笑うとクリスタルをズボンのポケットにしまった。
「呪術かぁ。すごいな。僕はごく普通のことしかできないから尊敬するよ。」
「そんなことないよ...。ルーシュ君はどこ出身なの...?」
「僕はウォールノアだよ。ルーペリアに比べたら何もないや。」
「.....ウォールノアって....住む場所あるんだ.......。」
「初めて会ったのに失礼だなぁ。大穴の中に街が広がってるんだよ。」
「でもウォールノアの大穴には常に砂が流れ込んでるじゃない...。」
「砂が流れ込んでくるところだけ奥深くなっていて、穴の真ん中あたりは地面になってるんだ。そこに塔のような街が広がってるんだよ。言葉で伝えるのは難しいけど。」
「そうなんだ...初めて知ったよ。」
僕たちはたわいもない会話を小一時間ほど繰り広げた後、次のプランについて話し合う。
外を少し外を散策しようということになったので、昨日危険な目に遭ったことをフィンに話した。
「わざわざ夕刻に森へ....。」
先程まで殆ど変わらなかったフィンの表情が、心なしか憐れみの表情を浮かべている気がする。
「そんな顔するなよ。もう二度と危険な目に遭うような真似はしないと誓ったんだ。」
「でも、その勇敢な女の子に助けてもらえてよかったね。」
「まぁな...でもやっぱりダサいよなぁ...できればもうあの子に会いたくないなぁ。」
「大丈夫だと思うよ....この学校は広いし、人数も多すぎるから。」
僕は内心少しビビっていたこともあり結局こう提案した。
「だといいけど...。やっぱり...明日早いし、I日長いから今日は部屋でゆっくり休もう。」
フィンは少し考えたような素振りを見せると、そうだね と頷いた。
部屋の前まで来ると、フィンの部屋が隣だということが分かった。
「なんだ、隣なのか。」
「偶然だね.....少し安心。」
「だな、今日はありがとう。これからよろしくな。また明日。」
「うん、おやすみ...」
僕たちは挨拶を交わすとそれぞれの部屋へ入っていった。
————————————————————
次の日、少し余裕を持って朝早く起きると時計に目をやった。
6時か...
登校時間まで3時間。ゆっくり支度を始めよう。
僕は軽くシャワーを浴びた後、はちみつとバターを塗ったトーストにかじりついた。
「緊張するな....。」
もちろん新しい環境に身を置くことにも不安はあるが、今日は魔力試験もあることからかなり緊張していた。
僕の実力はそんなに高くない。平均かそれより低いくらいだろう。
特別な魔族家系に生まれたわけでもない、平凡な魔法使いだから。
だけど今まで真面目に生きてきたつもりだ。あまりに低い評価をされては、これまでの人生を否定されたような気持ちになる。
「あんまり気張りすぎも良くない...か。」
僕は不安を押し殺してトーストを頬張った。
この学園には有名な家系の生まれの学生がどの学年にも複数いる。魔族で最も有力とされるのはレペルカ家の娘が今年僕と同じ学年で入学するという噂もある。
そんな魔法のエリートたちと同じ場で学べる凡人の僕は喜んで感謝すべきだろうか。
いや、逆にプレッシャーになる。
自分の近くに賢い者がいればいるほど、自分の無力さ平凡さに落ち込みそうだ。
考えれば考えるほど不安になるので、少し早めだがフィンを迎えにいって学校へ行こう。
僕は身支度を終え部屋を出て、フィンの部屋の扉をノックする。
「...あれ。返事がないな。」
もう向かったのだろうか。まだ2時間前だ。
何回かノックしても返事がないのでもう向かったようだ。
僕は少し心細さを感じながら、1人で学校へ向かった。
早すぎたのか、学校へ向かう道には誰もいない。
まだ朝早く霧がかった道をしばらく歩いてると後ろから声をかけられた。
「おはようございます。」
振り向いて挨拶し返すと、ショートヘアの優しそうな女の子が笑顔で立っていた。
「不安で早めに来ちゃいました...そしたら全然誰もいなくって。でもあなたがいてよかったです...えへへ。」
「僕もです。試験あるし、不安で落ち着かなかって。」
「ですよね。私もおんなじです。あの、私サラって言います!」
サラは自己紹介をするとニコッと笑った。
「ルーシュ=ベルモアです。同じ1年...かな?」
「同じだね。ルーシュくんこれからよろしくね。」
「こちらこそよろしく。」
お互いに軽く自己紹介を済ませると、しばらく話題がなく気まずい空気が流れた。
とりあえず話を続けよう。
「今日の魔力試験、緊張するよね。おかげでこんなに早く起きちゃったよ。」
頑張って捻り出した言葉だったからか、どこか拙くなった。
「私、ハミオスの家系だから魔力試験は受けないの。元々測るほどの魔力もないしね。」
ハミオスというのは魔力を持ってないわけではないが、通常の魔法使いよりも低い魔力を持つ者の名称だ。物体移動や消滅などの基本的な魔法は使えるが、強い魔力が必要なことはできない。ある程度訓練を重ねれば多少魔力は上がるようだが限界がある。
魔力が弱いとはいえ、立場まで弱いというわけではない。あくまでも平等だ。
「校舎は別だけど同じ学年だし、仲良くしてくれたら嬉しいな。」
サラは微笑んだ。
「もちろんだよ。合同授業もあるし、食堂も共通だからきっとまたどこかで会える。よろしくね。」
「うん。また会ったらクラス分け、どこだったか教えてね。」
社交辞令じみた会話を繰り広げながら、聖堂の前を通りかかると中からフィンが出てきた。
祈りでも捧げていたのだろうか。
「あれ?フィン!おはよう!」
「...おはよ。」
「おはよう。こんな朝早くから何してたの?」
「困った時の神頼み....みたいなものだよ...。少々プレッシャーでね...」
「へえ、フィンにもそんな時があるんだなぁ。」
僕とフィン会話に入るタイミングを見計らっていたサラが問いかけた。
「あの、2人はお友達?」
「うん。昨日寮で知り合ったんだ。同じ1年。」
「そうなんだ。フィンくんよろしくね!サラって呼んで。」
フィンは照れているのか、真顔で軽く頷くだけだった。
大きな白い花の咲く並木道を抜け、巨人の門番がいる門をくぐり抜けると、宮殿のような大きな校舎が見えた。
「じゃあ、ハミオスはこっちだからまた今度ね。」
サラはそう言って僕の手を一瞬握って去っていった。
こういう女の子の行動に、男は勘違いするんだろうな。
僕は歳の高い妹がいるから普通よりも少しだけ女の子のことを理解している。だから勘違いはしないけど。サラの人間性が少しだけわかった気がする。
「あの子...本当はそんなに明るくない...」
フィンはいつの間にかクリスタルを握りしめていた。そしてそのクリスタルは薄暗い光を放っていた。
「何か感じた?無理してるのかな。」
何か悩みがあるなら可哀想だ。今度会った時に解決してあげられることなら協力してあげたい。
「うん...なんていうか、心の闇が深い..詳しいことはわからないけどね...」
「さすが、呪術師の家系だね。僕たちも行こう。」
僕とフィンは試験を受けるために、大講堂へ向かった。試験が終わったらクラスが振り分けられ、各教室に向かうスケジュールだ。
大講堂へ行くと、意外と人が集まっていた。
「なんだ、みんな結構早いじゃないか。」
自分の名前と番号が書かれた席を簡単な魔法で探し席についた。
フィンとは席がかなり離れていたようで僕の席からフィンの姿は確認できない。
周囲の生徒は皆緊張しているのか、会話をしている者は少ない。僕もその緊張感に巻き込まれるかのように、心臓が更に高鳴ってきた。
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小一時間が経ち、やっと試験官らしき者が大講堂へ入ってきた。
眼鏡をかけた少し無愛想な女性だ。
「これより、レベル分け試験を始める。今から配る紙の魔法陣に手を置き、魔力を放出せよ。合図をするまで紙は裏のままだ。」
おぉ...声も野太い...。
「...ん?ルーシュ=ベルモア、何か?」
読心魔法を使われた...!?
僕は急いで顔を下に伏せた。
こんな初日に悪目立ちするなんて最悪だ。
少しばかり周囲の視線を感じたが気にしないようにした。
無事試験用紙が配られ、試験官の「始め!」の声と共に紙が表になった。
紙に描かれた魔法陣に手を置き魔力を測る簡単な試験だ。
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定められた方法で試験を終え、自身のクラスが発表された。
100まであるうちの48組。可もなく不可もなく。案の定平凡だ。
クラスが決まったら各教室に移動する。
各教室とはいえ、この学園では殆どの授業を学年全体で大講義堂にて実施するため、あまり使うことはないらしい。
48組の教室に移動すると、100席ほどの席がずらりと並んでいた。
僕は自分の名が示された席に着席した。
クラスでは軽く担任の教師からの自己紹介と挨拶あり、すぐ解散となった。課題提出や連絡事項などは担任を通して行うらしい。
その為だけに存在するクラスのようだ。
それでは一体レベル別テストは何のために行ったのだろうか。能力の低い者への戒めだろうか。自分の能力に見合った者同士と連めということだろうか。
僕は少しの疑問を抱えながら教室のドアを開け、広場へ繋がる階段に出た。
改めて見渡すとかなり広い空間に数多の重厚なドアが浮かび、並んでいる。ここは1年生の空間なのできっと100クラス分のドアがある。
「やっぱり、すごい場所だな.....あれ?」
遠くに見覚えのある後ろ姿が見えた。
僕は思わずその背を追う。
レイジェントソード 第一章 青パプリカ @blue_paprica
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