レイジェントソード 第一章
青パプリカ
第1話 はじまり
あれは約1年前の出来事だろうか。
都会出身の僕が地獄の最果てと呼ばれる地、レイジェントにあるレディオラ魔法学校へ入学して間もない頃の話だ。
魔法使いは500歳になると魔法学校へ入学する。500歳というのは大人の一歩手前の年齢で、それまでは皆、自身の故郷で過ごす。
僕も魔界一番の都市、ウォール=ノアに住み平穏な日々を過ごしていた。だが、時は待ってはくれない。僕にも地獄の最果てに行かなくてはならない時が来てしまったのだ。
正直、レディオラ魔法学校での日々は環境的にも辛く厳しいものだという。生徒数は公表されてはいないが1500もの学年がある。人数は想像しきれないがきっと膨大な数だ。
そして、毎年その1割は様々な理由によって命を落とすという。時には自ら命を絶つ者、時には魔物に襲われる者、行方不明者も跡を絶たない。要するにレイジェントという場所も、レディオラ魔法学校も危険な場所なのだ。
僕が今から行く所はそんな場所だ。他にも穏やかな魔法学校は存在するが、僕たちに選択権はない。
なぜなら魔法議会によって決定されるからだ。知らない間に能力分析でもされているのか。国民には知る術もない。
話が長くなったが、僕がそんな”危険”なレディオラ魔法学校に入学して間もない頃、早速物騒な事件に巻き込まれた。
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自分の住む部屋の片付けを終え、時間を持て余していたので寮の周辺の散策に出掛けたのだ。これから長く暮らす地だ。少しでも早く知っておきたかったのである。
寮の周辺は綺麗に舗装され、途中に様々な花が植えてある庭園や巨大な噴水、売店などもあった。地獄の最果てと呼ばれている割には美しい場所だと感じた。
近くには湖もあり、見たことのない種類の大きな鳥が数羽浮いている。その奥には入ったらそのまま飲み込まれそうな巨大な森。
「本当に地獄に続いてるんじゃないのか?」
しばらく歩くと湖を渡ることができる橋が掛かっていた。年季の入った吊り橋だ。渡ろうとも一瞬思ったが、とてもじゃないが僕の始まってもいない学園ライフがこんなにも早く終わってしまうのは嫌だ。
よし、あたりも暗くなって来たから引き返そう。そう思ったとき、山の中で何かが光を放つのが見えた。「光線...?」
光は一度見えたきり見えなくなった。
僕は怖くて帰りたかったが、毎年生徒の1割が命を落とすこの学校の犠牲者を少しでも減らしたいという正義感が芽生えてしまった。震えながら吊り橋を渡り始めた。
所々足場の板が壊れて、湖が丸見えだ。高さは300メートルくらいあるだろうか。とにかく非常に高かった。真っ暗な空には竜らしき獣の鳴き声が響いている。脚の震えが止まらない。
あと少し...あと少し...。
魔法学校に入学するまで成長した男としては情けないが、そう唱えるように言いながら橋を渡った。やっと渡りきった頃には周囲は暗闇で、橋すらも見えなくなっていた。
「しまった...今日は一つも月が見えない...」
しかし今更後戻りはできない。何も見えないまま足場の壊れた橋を渡っても湖に叩きつけられるだけだ。そう自分を納得させながらさっき見た光を求めて森へ足を踏み入れていく。
しばらく森を進んで行くと、所々に生えている発光キノコや光る虫のおかげでかろうじて周囲が見えるようになった。なぜ僕はこんな危ない場所を一人で歩いているのだろう。疑問に思ったが今更引き返すわけにもいかない。少しの後悔を噛みしめながら森の中を進んで行く。遠くで丸く青白い光が2つ並んで見えた。さっき見た光とは違う。
「あれは、なんだ?」
目を細めて青白い光を見る。
その時!凄まじい轟音と共に2つの青白い光が迫ってくるではないか!!
僕は無我夢中で走った。まさか、僕がこの年度一番初めの死亡者になってしまうなんて!
無念を噛みしめ、少し涙が出ていただろうか。余計なことをしたばかりに僕の若い命は失われるのだ。全力で走りながら背後を確認すると2つの青い光は見えなくなっていた。
「はぁ...はぁ...」
こんなに走ったのは人生で初めてだ。苦しい。最初で最後であって欲しい。取り敢えず今回は逃げ切った...と思ったのも束の間。獣のようなものに横から襲われそうになり、僕は全力で地面に転がり込むようにして、その攻撃を避けた。
「イッタアアアアアッ!」
攻撃を避けたは良いが転がり込んだ先で顔を非常に硬い何かにぶつけてしまった。
僕は今日何度目かの涙を流した。
「何者だ!」
少女の声だったが、非常に逞しくもあった。その声に驚き、恐る恐る上を見上げると...
とんでもなく巨大で物騒な大釜....
その武器を持つのは、腰まで伸びた黄金色の髪にルビーのように深く煌めく真紅の大きな瞳、赤いリボンをつけた少女だ。
周囲は辺り一面に広がる草原になっていた。いつの間にか森の中心部にある草原に出ていたらしい。浮遊する綿のようなものが発光しており、彼女の姿が照らされてよく見えた。
僕はその美しさに驚愕し、まだ涙の熱さが残る目で呆然と彼女を見つめた。そんな僕を気に留めず、彼女は淡々と話し始めた。
「貴方、この学校の生徒?なぜこんな時間にここへ...。とにかく、ここは危険よ。ティーナが送って行くから早く寮に戻りなさい。」
彼女がそう言うと、彼女の背後から先ほど僕を襲ってきた巨大な獣が出てきた。
そうか、この獣は彼女のペットだったのか。少女は獣と鼻を擦り合わせ、「よろしくね。」と獣に言う。
この巨大な狼のような獣は、非常に彼女に懐いているようである。しかし、度々ちらつく巨大な牙は見ているだけで顔をしかめてしまうほどおぞましい。こんなのに噛み砕かれて死を迎えるのはごめんだ。そんな僕の想像が表情に出ていたのか、彼女は僕に言った。
「大丈夫よ。ティーナは大きいけれど襲ったりはしないわ。」
この少女は何を言っているのか。今僕は襲われたばかりだ。僕がそんなことを考えていると、大きな獣は身体を伏せた。
「さぁ、ティーナの背中に乗って。寮まで送って行くわ。」
彼女に促され、僕は獣の背中にまたがった。すると獣は立ち上がり、少女を見つめた。
「そうね。私もそろそろ帰ろうかしら。明日は早いもの。」
少女は、獣の思惑を汲み取ったように答え、「失礼。」と僕に言い、目の前に乗り込んだ。
「しっかりとティーナに掴まることを推奨するわ。」
僕はその彼女の言葉に従い獣に手を添えた。すると獣は遠吠えをし、ものすごい速度で森の中を駆け抜け始めた。
風の抵抗によって息がしづらいし、振り落とされそうだしで体勢を保つことが難しかった。僕がこんな状態でも彼女は一切姿勢を崩さずに美しく獣に跨っている。
これも慣れなのだろうか。そんなことを考えているうちに森を抜け、さっき通った橋が見えた。このボロい橋を大きな獣が渡ったら確実に壊れて川底へ落ちるだろう。この川をどう渡ろうと言うのか。
僕は生憎、物を出したり消したり動かしたりするような簡単な魔法しか使えず、空を飛ぶのも自転車や車などの乗り物に頼って生きてきた。この学園で習うつもりだったが、そんな難しい魔法をこの子は習得しているのだろうか。
ティーナという獣は橋から少し離れた場所で止まり、力を溜め始めた。
——まさか助走を付ける気か?
僕の予想は的中し、ティーナは助走を付け崖を飛び降りた。
僕の心臓は破裂するかと思うほど大きく鼓動を刻んだ。
——水面が近くなる。あぁ、僕の学園ライフもここまでか.....。余計な外出をしたばかりに....。
自責の念に駆られていると突然ティーナの背中から紅く光る翼が生え、上昇し始めた。
——なんだ。飛べるのか。余計な心配をさせないでくれ。
幸い、僕の学園ライフはまだ続くようだ。だが油断はできない。もう今日の夜だけで2度も死の危機に直面したのだから。彼女は相変わらず何食わぬ顔でいる。獣に乗り慣れているようだ。
しかしこの少女、まだ名前も知らないがかなりの美人である。僕は思わず彼女の横顔を覗き込もうとしたが、ぷいっとそっぽをむかれてしまった。
「何か。」
「いや、ごめんなさい。なんでもありません。」
彼女は僕に興味がないのか必要以上の言葉は発しないし、ずっと正面を向いたままだ。
まぁ生徒数も計り知れないこの学園だ、今夜一度きりの関わりだろう。もう会うことも無いかもしれない。
気まずさもあってか、僕は意味もなく無数の星が光る広い空を見上げた。
僕の住んでいたウォール=ノアは、都会だった為こんなに沢山の星は見えなかった。
そもそもウォール=ノアというのは大穴に形成された都市だ。見ることのできる空の範囲が限られているのである。だから一度に無限に広がる空を見上げる機会が少なかった。
もちろんウォール=ノアの頂上に行けば無限に広がる空を見ることはできるが日常的に行くような場所ではなかった。
「綺麗だなぁ...」
獣の背中にも慣れてきてぼんやりと空を見上げていたら、思わず手を離してしまった。
「うわああああ!!!」
僕は本日何度目かの死を覚悟した。
その時、冷たくなめらかな何かが僕の手に触れる。
「ちょっと、もういい加減にしてくれる?」
少女にまた救われた。
僕は一言ごめんと呟き俯いた。今日の一件のせいで僕の彼女からのイメージは劇的にダサい男だ。卒業するまで二度と顔を合わせたくないと思うほど恥ずかしい一日だった。
そんなしょうもないことを考えているうちに寮が見えてきた。
「あなたの部屋はどこかしら?」
「53階の1番左です。」
「1.2.3.4............18......ここね。あと、今日のことは忘れて頂戴。色々とね。」
少女は僕の部屋の窓の前まで送ってくれた。
僕は窓をよじ登り、部屋に入った。
「ありがとうござい.....あれ?」
振り向くと少女の姿はもうなかった。
「冷たいけど優しい子だったな...」
僕は少しだけ彼女にまた会いたくなった。
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