虚構の世界。

物語の中の登場人物として、私はあなたに出会った。

その中ではお互いに自分ではなく、

違う人間として、役として接し、そして生きている一人だった。


芝居が終わっても、私達は一緒にいた。

芝居をやる連中には、よくある話だ。

芝居をやりながら、公私混同してしまうということは。

私達もそういうタイプの人間だった。


だが、芝居は幻想で虚構。

もう役ではなく、そこにいたのは見知らぬ人間同士だった。

芝居の役では話したことがあるが、本当のあなたとは恐らく話したことがなかったに違いない。


幻想の中のあなたと現実のあなたは、明らかに違っていた。

「お前」と呼ばれる事に何故かあの時は喜びを感じていた。

だけど、今はちゃんと名前があるのに何故読んでくれないのか、疑問に思っていた。


 だが、それと同時に私も彼の事をちゃんと名前で呼べなかった。

「ねぇ、ねぇ」とか「ちょっと」とか、そう彼を呼んでいた。


今思えば、お互いに名前で呼ぶ事に違和感を感じていたのかもしれないし、呼びたくなかったのかもしれない。

恋人になったはずだったのに、芝居の中の恋人を演じていただけで、私達は本当の恋人にはなれていなかったのだ。


それは全て芝居だから。

芝居の中のあなたに恋をしていただけで、

あなたを好きになったわけではなかったのだ。


だから、今はっきり分かった。

今のあなたは好きではないのだと。

あの物語の中のあなたが好きだったのだと。

所詮、全ては幻で、全ては虚構なのだと。

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日常短篇集 星乃ユウリ @buruu6060

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