第3弾『反撃の雪城千隼!』

 かすかな陽光が差し込む、旧寮のガレージ。

 置かれた資材たちの中で一人、クルルは立ち尽くしていた。

 視線の先には、石とオリハルコンで作られた一体のゴーレム。

 魔法機関の誇るエリートチーム・アストラ。その最強魔術士であるフェネクスとの勝負には勝ったものの、ゴーレムは全身傷だらけだった。

「……クルル」

 なんだか寂しそうに見える背中に、思わず声をかける。

「見てください……千隼さん」

 クルルは振り返らない。

 ただ静かにゴーレムを指さすと――。

「実戦でついたリアルな傷…………最高にカッコいいです」

「お前は本当に筋金入りだな……」

 そっと顔をのぞき込んでみる。

 薬でもキメてんのかってくらい、ヤバい顔をしていた。

「なあクルル、アレの準備はできてるか?」

「……はい。万全です」

「よかった。それじゃあ、行こうか」

 俺たちは並んでガレージを出る。

「あれ、どこに行くの?」

 すると旧寮前キャンプ地にいたひかりたちが、声をかけて来た。

「ああ。電気使いの機関員に迷惑をかけたみたいだから、クルルを連れてあいさつに」

「電気使い?」

「迷惑と言っても、『ただバカみたいに口を開けたまま電気をたれ流す装置になってください』と頼んだだけですよ。七回ほど」

「……お、お詫びに行くってことだよね?」

「まあそういうことだな」

「ほう。二人にも意外と常識的なところがあったのだな、見直したぞ」

 なぜかマリーは満足げにうなずいてみせた。

「意外とってなんだよ」

「千隼はいざとなれば手段を選ばなくなるし、クルルは……どうかしてるだろう」

「なんてことを言うですか、失礼な」

「でもいいことだよ。二人とも偉いなぁ。許してもらえるといいね」

「しっかりとやるのだぞ。我が臣下として恥ずかしくないようにな」

「臣下じゃねえっての。とにかく行ってくる」

「行ってくるですよ」

 こうして俺たちは、マリーとひかりに見送られる形で旧寮をあとにした。


   ◆


「あ、いたですよ」

 先行するクルルに付いて行くと、そこには俺と同い年くらいの機関員がいた。

 彼が例の電気使いか。

「さて、許してもらえるかな」

「はい。問題ないと思うです。ちょっと頼み方がしつこかっただけなので」

 まあ普通に考えればそうだよな。ちゃんと謝れば大丈夫だろう。

 クルルは電気使いに、軽い感じで声をかける。

「ちょっといいですか?」

「うわああああッ!! ままままた来やがったな! ここここのサイコ女ァァァァ――――ッ!!」

 お、おい、めちゃくちゃ狼狽えてるぞ!?

「ちょっと落ち着いてくれ、今日は話したいことがあって……」

「今度はサイコフレンドと一緒かッ!!」

「誰がサイコフレンドだ! 俺たちは謝罪に来たんだよ!」

「嘘をつくなッ! そうやってまた隙を突いて俺を拉致するつもりなんだろっ!!」

「違うって!」

「問答無用! サンダーバレット!」

「うわッ!!」

 真横を駆け抜けていく閃光。

 こ、攻撃してきやがったッ!?

「サンダーバレット! サンダーバレット! サンダーバレットォォォォ!!」

「うっ、うお、うおおおおッ! おいクルル! お前どんな頼み方してたんだよ! 怒り狂ってるじゃねえか!!」

 慌てて近くの木陰に逃げ込んで、クルルを問い詰める。

「たいしたことないですよ! 落とし穴とか、とらばさみとか」

「お前なぁ」

 それならあの慌て方もムリねえよ。

「あとはゴーレムで追い駆けまわしたり、投げ縄で捕まえた後にゴーレムでちょっと引きずっただけですよ」

「ほとんど凶悪犯じゃねえか!」

 バリィッ!!

「うおおおっ!!」

 俺たちが背にした木に、雷光が直撃した!?

「おいクルル! このままじゃ死にかねない! とにかく一度謝ってみろ! 流れが変わるかもしれない!」

「あばばばば」

「うっすら感電してんじゃねえよ! この役立たず!」

 マズいぞ。このままじゃ許してもらうどころの話じゃない。

 何か考えないと。

 何か、何か彼の気を引けるようなネタはないか。

 クルルへの恐怖や怒りが一転するような何か…………そうだ!

「たっ頼む、話を聞いてくれ! 実はクルルが、電気使いが一番強くてカッコいいって言い張るんだ!」

「…………なんだって?」

 俺の言葉に、電気使いが動きを止めた。

 よし! 今がチャンスだ!

「俺はそんなことないって言ってるんだけど、クルルは電気使いが一番だって聞かなくて」

「ほ、ほう」

 ほらクルル、話をつなげ!

「そ、それで見せてあげて欲しかったのですよ。この分からず屋の千隼さんに」

 いいぞ! うまくつないできた!

 電気使いの顔つきはまだ怒ってる感じだ。でも――。

「……そういうことなら、早く言えよ」

 食いついた! よーし、ここで一気に勝負をかけてやるっ!

「分からず屋? 違うな。電気が一番だなんて勘違いもいいところだって言ってるんだ」

「そんなことないですよ! そうですよね!?」

 クルルが電気使いに問いかける。すると。

「ああ。それなら俺が見せてやる。電気のすごさを」

 よし! 成功だ!

「ありがとうございます! あっちに避雷針代わりの鉄棒を用意してるですよ。そこにド派手な一撃をお願いします!」

「おう! 任せろ!」

 気合を入れる電気使い。

 クルルを先頭にして向かう先には、コードのつながった一本の鉄棒が設置されていた。

 さあ……ここからが勝負だ。

「お願いします。電気のすごさを見せてやってください!」

「ああ……見てろよ、電気使いの本気を。いくぞっ! サンダーブレーク!」

 放たれた青白い電撃が、鉄棒に直撃する。

 これはなかなかの威力だ! ……でも。

「なんだ、やっぱりこれじゃ一番とは言えないな」

 俺はまだ、認めない。

「電気使いの力はこんなものではないですよ! もっと出力を上げてください!」

「ああ! 言われるまでもねえッ!!」

 おお、一気に電力が跳ね上がった! これならイケそうだぞ!

「やるな……でもまだだ! まだ一番じゃないっ!」

「もっと! もっとです!」

「任せろおおおお――――ッ!!」

「す、すげえ! でもまだだ! まだ足りない! 一番を謳うなら、限界を超えたパワーを見せてみろッ!」

「お願いします! 最高にして最強の電撃を見せてくださいっ!」

「うおおおおおおおおおおー―――ッ!!」

「「……もっと、もっと、もっともっともっとおおおお――――ッ!!」」

「うっおおおおおおおおおおおおおおおおおおー―――――――ッ!!」

 激しい音と共に放たれる強烈な電撃! 炸裂するまばゆい白光!

 これはすごい! とんでもない威力だッ!!

 そして――――バチーン! と、はじける音がした。

「見たですかっ! これが電気使いのすごさですよ!!」

 即座にクルルは俺の目を見て、力強くうなずいてみせる。

「ちくしょう……悔しいけど、最高にカッコいいぜ!」

「ハアッハアッハアッ。見たか……っ」

 電気使いは肩で息をする。

「どうやら……認めざるをえないみたいだな。電気使いが……一番だと」

「やったですね!」

「見たかああああっ!! これが電気の力だああああ!!」

 あがる雄叫び。

 俺はすかさず『お前の勝ちだ』と、称賛の笑みを浮かべる。

 すると電気使いは指先に軽く雷光を閃かせ、それを華麗に払ってみせた。

「……まあ、なんだ。最高にカッコいい電気が必要な時はいつでも――――オレ様を呼ぶといい」

「追い回したりして、すいませんでした」

「気にするな。クルルといったか。お前の電気への熱い思い……確かに伝わったぜ」

 電気使いはそう言い残すと、満足そうに、肩で風を切りながら去って行く。

 やがてその後ろ姿が、見えなくなったところで――。

「やったですよ!」

「ああ! やった! やったな!」

 作戦成功だ! せーのっ!

「「――――イエスッ!!」」

 俺とクルルは、とびきりのガッツポーズを決めたのだった。


   ◆


「ちょっと千隼くん! 聞いた?」

「何を?」

 電気使いとの一件の翌日。ひかりは憤慨していた。

「羽山さんの車の内装とかが豪華になってるんだって! エクスカリバーの報奨、すごく少なかったよね? あれって羽山さんも一緒に希望を出したからだよ!」

 一緒に希望を出した。要は俺たちの手柄にタダ乗りしたってことだな。

 そうなれば、その分だけ俺たちの分け前は少なくなる。

「そうだったのか。それはまるで知らなかったな」

「私も、まるで全然ちっとも知りませんでした」

「でもね、その車が昨日動かなくなっちゃったんだって。なんか急に電気系統が壊れたとかで、まとめて修理交換しないといけなくなったみたい。まだ新しい車だし、雷に打たれたわけでもないのに……悪いことはできないね」

「ふーん、それは……運が悪いなぁ」

「はい、まさに不運です」

「でもまあ、あの人は大丈夫だろ」

「私もそう思うですよ」

「どうして?」

「だって羽山には……根性があるからな」

「はい、電気も根性でつけると言ってましたからね。車だって根性を燃料にして動かせば問題ないですよ」

「……でも、どうして急にそんなことが羽山さんの車にだけ起きたのかな」

「さあなぁ。何か証拠でも見つからない限り、原因は分からないだろうなぁ」

「そうですねぇ。明確な証拠でも出ない限り、原因は分からないでしょうねぇ」

「こらこらクルル不謹慎だぞ。あまり笑うんじゃない」

「千隼さんこそ、口もとがニヤついてるですよ」

 俺たちは、こぼれる笑いをかみ殺す。

「……ね、ねえマリー。どう思う」

「ひかりと……同じことを考えていると思うぞ」

「怖いのはアーティファクトなんかより、手段を選ばない時の千隼くんなのかもしれない」

「証拠を残さず大切な物だけをこっそり破壊するとは……やり方が下手な貴族よりえげつない」

 マリーとひかりがチラチラこっちを見ながら何やら話している。

 でもここは聞こえないフリ知らないフリだ。

「とんでもない化物を臣下にしてしまったようだ、わたしは……」

 戦慄するマリー。

 それを見てひかりは、苦笑を浮かべながらうなずいた。

「うん。本当に――――恐ろしい反撃だよ」

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反撃のアントワネット! 「パンがないなら、もう店を襲うしかないじゃない……っ! 」「やめろ!」 高樹 凛/電撃文庫・電撃の新文芸 @dengekibunko

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