第2弾『買い出しのアントワネット!』
「お、おお……これはすごい」
青いドレス姿のマリーは、並んだ洋服たちにその目を輝かせた。
「これが今のファッションか……面白い! 面白いぞ!」
「問題は起こさないでよ。マリーはアーティファクトなんだからさ」
旧寮に住むことが決まって、ボクたちは買い出しに出ることにした。
そしたらクルルが『私は食料品部隊です。これは譲れません』って千隼くんとスーパーに行っちゃって、ボクとマリーは着替え担当に。
下着のこともあるし、ボクとしては助かった部分もあるんだけど……。
「マリー・アントワネットだってバレたら大変なことになるからね。マリーは封印されちゃうし、一緒にいるボクたちもどうなるか……とにかく目立たないよう、普通にしててよ」
「ああ、任せるがいい!」
「大丈夫かな……」
ドレスが目立ってしまわないよう、マリーには早急に普段着が必要。
意気揚々のマリーと一緒に洋服店に入ると、中にはどこか気だるげな店員さんが一人きり。
「あー、お客様。何をお求めですかー」
雑誌に目を向けたまま、お決まりのセリフを口にした。
「決まっているだろう? ――――この店のものすべてだ!」
「ちょっとマリー! 言ったばっかりでしょう!」
「おっと、そうだったな。冗談だ」
「もう、マリーってば」
「半分でよい!」
「ほんとやめて!」
そんなめちゃくちゃな言動に、店員さんがボクたちの方に視線を向けてくる。
「なっ……!?」
そして、マリーを見て硬直した。
「な、なんという……なんという圧倒的な華やかさ!」
「ほう、分かるか」
「は、はい。お客様、何をお求めでしょうか……っ」
「それは着てみて決める! とにかくドンドン持ってくるがいい!」
「は、はいっ! 試着室にどうぞ! ではまず……こちらから」
「うむ! …………おい、何をしている?」
「……はい?」
「早くわたしの服を――――脱がすがいい」
「ちょっとマリー! 何言ってるのさ!!」
「わたしは自分で脱ぎ着する方がいいのだが、着替え一つも貴族たちが世話をすると聞かなくてな。脱がせてやるのも仕事のうちなのだ」
「ダメだよそんなの! お願いだから目立つようなマネはしないでっ!!」
うわ、店員さんが驚きで硬直してるよ!
「ち、違うんです! これは冗談なんです! なんかそういう設定を本気にしちゃってるちょっとアレな子なんです!!」
すると店員さんは一つ、息をついた。
アレな子ってことで、納得してもらえたのかな……?
「では……脱がさせていただきます」
「やるの!?」
「かつて私は、確かな夢を持ってこの業界に踏み込みました。でも、いつの間にかそれを忘れてただ毎日、服を売るだけの機械になっていた。同じ志を持った友人の店には最近、外国人モデルのような子が来てやる気を取り戻したそうです。でも私は……そのままくすぶり続けていて……っ」
そう言って店員さんは、試着室に踏み込んで行く。
「今日で、何かが変わる気がするんです!」
「なんの話ですか!?」
「さあ始めましょう! 麗しの我がお客様!」
「うむ!」
閉められる、試着室のカーテン。
どどどどどうしよう……い、いやな予感しかしないよっ!
かといって男子モードのボクが試着室に入るわけにもいかないし……っ。
お願いだからマリー、何事もなく済ませて!
「お、お客様、華奢なのになかなか……っ」
「む、あまり見とれるでない」
「ああ、腰は細いのに胸は大きくて……」
「当然であろう」
「お、お客様。目がきれいです! 髪がきれいです! 肌は真珠みたいですっ!!」
「なんだ、鼻息が荒いぞ」
「きれい、かわいい、いい匂い! ああああ胸が当たっております! このままでは私、何かに目覚めそうです! あ、あああ! ああああああああッ!!」
「ねえ! 本当に何をやってるの!?」
「ああ、まるで――――マリー・アントワネットのようです」
ギクッ!
ちょ、ちょっと待って! 今思いっ切り核心に迫られているよ!
マリー、お願いだからなんとかごまかして!
「見る目がある!」
マリィィィィィィィィッ!!
「よし、次はその服を着させるがいいっ!」
「はいっ!!」
…………セ、セーフ。
「と、とりあえずは大丈夫、だったのかな?」
あのままマリーが「その通り!」とか言っちゃってたら、どうなってたんだろう。
服に夢中になっている二人に、安堵の息がもれる。
……それはそうと。
ここの服っていくらするんだろう。
マリーたちが試着している物の値札を、何気なくのぞき見て……何この値段!?
こんなのボクの所持金がまとめて消えちゃうよ!
これから先どうなっちゃうのか分からないのに、こんなに払えるわけがない!
「素敵ですお客様! 私も……新たな野望に心が燃え始めています!」
「ふむ、これも面白い! よし次の服だ!」
「はいっ!!」
で、でも、今さら「もっと安いお店に」とか言いにくいテンションに……っ。
困っていると、勢いよく開かれる試着室のカーテン。
「ひかり、わたしはこれに決めたぞ! どうだ?」
マリーの格好は、白色のシャツに鮮やかな青のスカート姿に変わっていた。
「う、うん。すごく似合ってるよ」
「ふふ、そうであろう」
で、でもこのままじゃ困るよ。
なんとか、なんとかやめてもらわないと。
なんだか嫌な予感がするんだ。
ここでお金を残しておかないと、後で大変なことになりそうな予感が……っ!
「ね、ねえマリー」
「なんだ?」
「あっちにいいお店があるから、そっちにしよう」
「ほう、なんという店だ?」
「…………」
「ひかり?」
「…………ワークマン」
「ワークマン?」
「と、とにかく雨とか風にものすごく強いんだよ! それにしよう。ね?」
「雨風に強い服というのがあるのか……それは興味深いな」
「うんそう! そうなんだよ!」
やった! マリーが興味を持った! うまく誘導できそうだ!
あとはこのままお店から連れ出して――。
「準備ができました。お客様、こちらでお会計をお願いします」
お、遅かった……っ。
あと少しでマリーを連れ出せそうだったのに。
……こうなったらもう仕方ない。ここはハッキリと断ろう!
このままだと本当にお財布がすっからかんになっちゃう。
今後のこともあるし、お金は少しでも残しておかないといけないんだ!!
「あー、すいません。ええと、その、一応他のお店も見て――」
「……あれ、もしかしてプレゼントなんですか? 素敵な彼氏さんですね」
うっ、勘違いされちゃった。
でもここで流されたら負けだ! ちゃんと断らないと!
「え……ええと、その。プレゼントっていう形にはなるんですけど、でも他の――」
「彼女さんもよろこばれますね」
ううっ、ダメダメ! いくら押されてもダメ!
ここは何があっても絶対に譲らないッ!! キッパリ断るんだ!!
「すいません! だからボクたちは他の――ッ!」
「何よりその姿勢がとても…………カッコいいです」
「――――買います!!」
◆
「おいクルル、こっそり買い物かごに商品を忍ばせて買わせるイタズラだけどさぁ。やるんなら菓子とかにしろよ。いくらなんでも米(10kg)は欲張り過ぎだろ。かごに入れられた瞬間肩が砕け散るかと思ったぞ」
「……はい。それにどうせイチかバチかの勝負をするなら肉塊にするべきでした」
「ブロック肉って言え。なんだよ肉塊って……ん?」
「待たせたな千隼! どうだこの服は!」
「お前、まさかマリーか?」
「もちろんだ!」
「……すげえ。貴族のお嬢様感は残しながらしっかり今風になってるし、それでいてそこそこ動きやすそうだ。これならそうそうバレないんじゃないか?」
「ふふ、そうであろう。この時代のファッションはとても面白い! 脚を出すのが当たり前になっていたとは驚いたぞ! それでわたしもさっそく挑戦してみたのだ!」
「なるほど、たいしたもんだ。これでとりあえず買い物は無事終了だな。よし、帰って夕飯にしよう」
「うむ!」
「ところで……マリー」
「なんだ?」
「なんでひかりは――――泣いてるんだ?」
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