反撃のアントワネット! 「パンがないなら、もう店を襲うしかないじゃない……っ! 」「やめろ!」

高樹 凛/電撃文庫

本編発売記念! 特別掌編公開中!!

第1弾『ワガママ貴族のしつけ方』

「さあ行くぞ千隼っ。今日こそアーティファクトを回収し、我が汚名を返上するのだ!」

「ちょっと待てよ、まだ準備が終わってないから」

「……まったく、世界一の貴族を待たせるでない」

「おい、あんまり世界一の貴族とか口にするなよ」

「むぐ」

 マリーの口をつまんで黙らせる。

 封印城から世界中のアーティファクトが逃げ出したこの魔法都市では、機関員がその封印回収に駆け回ってる。

 そしてマリー・アントワネットも、アーティファクトの一人。

 正体がバレたら封印される側だ。

「気を付けないとマジで封印されんぞ。もっと現代のことを学んで、庶民・安藤まりあの設定を固めるんだ」

 そういうとマリーは、あからさまに嫌そうな顔をする。

「冗談ではない。そもそもわたしは勉強など嫌いなのだ。庶民のフリをするのに現代の知識など必要ない。このままで十分通用する」

「本当だな?」

「当然だ。わたしを誰だと思っている。シェーンブルンにいた頃には舞台にも立ったのだぞ。演技など容易いものだ」

 そう言ってマリーは胸を張る。

「……分かった。それならアーティファクト回収に向かおう。実は、超大物の情報を手に入れたんだ」

「超大物だと?」

「こいつを回収できれば……一気に名声が知れ渡るな」

「今すぐに向かうぞ! 我が汚名は早くも今日で返上だ!!」

「ただ、ここからだと少し距離が遠いんだよな」

「よし、ならばすぐに――――馬車を用意せよ!」

「はい貴族」

「うぐっ!? 急になんだ!?」

 駆け出すマリーの襟首をつかんで止める。

「馬車を出せなんて貴族しか言わねえんだよ。いきなり正体をばらしかけてんじゃねえか」

「こ、今回はたまたま間違えただけだ。問題ない」

「そのたまたまでバレるんだよ」

「大丈夫だ! 口を滑らせた時は顔を隠せばいい!」

「顔を? どうやって隠すんだよ?」

「もちろん仮面だ。蝶の形のな!」

「はい貴族」

「と、とにかく、すぐにアーティファクト回収に向かうぞ!」

「あ、それウソだから」

「なっ!? このわたしを弄んだというのか!? ゆ、許せぬ!」

「へえ、許せない相手をマリーはどうするつもりなんだ?」

「決まっている! 決闘だ!」

「はい貴族」

「待っているがいい! すぐに手袋をぶつけて――!」

「だからそれも貴族なんだよ! 庶民はやらねえやつなんだって!」

「そ、それなら……」

「それならなんだ? 決闘になる前に得意の『君のお父さんの工場がどうなってもいいのかな?』って脅すやつをやるのか? この悪徳貴族め」

「わたしはそんなことやってない! と、とにかく、いざとなったら頭を切り替えて演技をすればいいだけだっ。何も問題ない!」

「切り替える? それならアーティファクト回収に成功したフリの即興劇にも対応できるよな?」

「当然だ。わたしに不可能などないっ」

 よーし、そこまで言うならやってやる。

「やった! ついに最高のアーティファクトを回収したぞ! これでどんな報奨だってもらい放題だ! マリー、お前は何がしたい!?」

「もちろん舞踏会だ!」

「はい貴族!」

「ならば旧寮前をバラの庭園にしよう!」

「それも貴族!」

「そうだ! 分かったぞ!」

 マリーはポン! と大きく手を打った。

「画家にわたしたちの肖像画を描かせよう!」

「お前もう隠す気ないだろ! よりによって古い貴族が一番やりがちなやつじゃねえか!」

「そんなことはない! 一体何が問題だというのだ!」

「それが分かんねえから問題なんだよ!」

 マリーの襟首をつかんでガクガク揺すってやる。

 しかしマリーは顔を背けたまま、話を聞こうともしない。

 こ、こいつはぁぁぁぁ……っ。

「――――このアーティファクト、あなたが回収されたのですか?」

 するとひかりが、フラっとマリーの前にやってきた。

 美少年らしい爽やかな仕草で、マリーの前にひざまずく。

「こんな煌びやかで気品のあるお嬢様がアーティファクトを回収した……すごい、すごすぎます! あなたは一体どこのどなたなんですか!? ぜひ、ぜひお聞かせください……っ!」

 するとひかり迫真の演技にマリーは大きく胸を張り、両手を腰に当てた。

 お、おい、こいつまさか……っ!?

「フハハハハ! 何を隠そうわたしはかの大貴族ハプスブルクが姫! マリー・アントワネットだ!」

「テメエもうバレにいってんじゃねえか!! 設定決めたんだから安藤まりあって言えやボケーッ!!」

「ッ!」

「よーしもう十分だな。おとなしく勉強しろ!」

「断る! 大体まだ正体がバレたわけではないのだから問題ないだろう!」

「バレてからじゃ遅いんだよ! このワガママ貴族!」

「ワガママではないっ!」

 マリーは思いっきり顔をそむける。

 これが生まれも育ちも世界一の貴族か。なんて面倒なんだ。

 こんなんじゃ機関員に見つかって封印されるのも、時間の問題だぞ。

 とはいえ本人に勉強する気がないんじゃどうしようもねえし、一体どうすればいいんだ……。


「……まりあさん」


 俺が途方に暮れかけていると、突然クルルが割って入ってきた。

 しかもなんだか、いつもと雰囲気が違う。

 妖精の様な外見の少女は、なぜか面倒見のいい母親の様な笑みを浮かべてる。

 一体、これはなんだ?

「ごめんなさい。この子は自分をマリー・アントワネットだって言い張ってる、ちょっとアレな子なのですよ。でも普段は本当にいい子で、今はお薬が切れているだけなのです。本当に申し訳ございません」

 そう言ってクルルはマリーの手を取って、「ほら、施設に帰るですよ」と、引っぱって行く。

「お、おいっ。何をするのだクルル。その手を離せ」

「……その手があったか」

「……その手があったんだね」

「確かに俺たちが『アレな子の面倒見てるっていう演技力』を磨けば、何とかなるかもしれない」

 要は、マリーをアレな子に仕立て上げればいいんだ。

「ちょっと待て! それではワガママ姫の汚名返上どころではなくなるではないか! 貴族を騙る頭のおかしな女という新たな汚名の爆誕だ!」

「ほらまりあさん、早くお薬を飲むですよ」

「やめろクルル! その必要以上に優しい目でわたしを見るな!」

「まりあ、行くぞ」

「まりあちゃん、行くよ」

「千隼たちまで!? わ、分かった! 気を付けるからもうやめろ!」

「まりあさん」「まりあ」「まりあちゃん」

「だからやめろと言っているだろう! 悪かった! これからは現代のことも学ぶから、その目をやめてくれ――――っ!!」

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